第23話 ゴミ屋敷
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医療懇親会から一週間ほどがたった。あの日以来、先生からもミサキからも連絡はなく、結局はあのチームへの誘いも、いわゆる社交辞令みたいなものだったのだろうと思い始めていた。
コウジから電話があったのは、ちょうどそんなタイミングだった。
『よう、調子はどうだ?』
「今日の天気みたいに絶好調だ」
おれは事務所の安物のオフィスチェアから、深い鉛色の空が広がる窓の外を眺めた。午後に入ってから、風が強くなっていて
『少し手伝いをしないか? なに、簡単な掃除みたいなもんだけどさ』
この程度の皮肉ごときでは、奴はまるでひるまない。おれは電話口のむこうにその吐息が届くのではないかというぐらい、盛大にため息をつく。
「コウジの依頼はろくでもない結果ばかりで、いいことがあったためしがない」
『例の医療チームにも関わってくる仕事なんだよ』
おれは一瞬奥歯をぐっと噛んだが、すぐに脱力しながら「それで、何をするんだ?」と投げやりに問いかけた。あのとき、やるといった手前、断れなかった。コウジからにやけた口元が容易に想像できそうな声が返ってきた。
『じゃあ、ゴミ屋敷を片付けるぞ』
夏の間、気温調節機能が壊れたのではないかと思えるほどに蒸し暑かった気温は、十月に入った途端にまるで嘘だったように穏やかで過ごしやすくなっていた。そのかわりといっちゃなんだが、立て続けに発生した台風が、毎週のようにテレビの天気予報の話題を独占していた。
今だって、沖縄近海で発生した台風が数日のうちにこの島を暴風域に巻き込むという予報が出ているところで、島民はだれしも台風に備えて食料や水の確保に余念がないというのに、誰が好き好んでゴミ屋敷の片付けをしたがるというのだ。
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騙されたような気分でむかったのは、市内から車で南に三十分ほどの所にある小さな集落だった。
そこで見たのは、よくもまあこんなに見事に積み上げたなあというゴミ袋の山が、トタン板葺きの屋根の軒先で板壁を押しつぶさんとしている古い平屋建ての家だった。
「すまんな。手伝いに来てもらって」
作業着姿のコウジがおれに手を振る。すまんな、という割には悪びれる様子は一切なかった。コウジ以外にも数人の作業着姿の男たちがいた。おれは奴にむかってあからさまに迷惑そうに眉間にしわを寄せながら、「とりあえず、どういうことか説明しろ」と迫った。
「まあ見ての通りのゴミ屋敷なわけなんだが、近所からも何度も役所にクレームがついてるんだ。役所も何度かゴミを処分するように指導はしたんだが、一向に片付く様子がなくてな。本格的に台風が上陸する前に、予防的措置をしようと思ってな」
「それが医療チームとどう関係があるんだ?」
「ここの主人が在宅看護を受けてるんだが、それが城医師の受け持ちでな。さすがにこの状況で、適切な医療行為は難しいだろう? それで、城先生からも頼まれたんだよ。家主には許可は得ているから、片付けたゴミの中でほしいものがあったら持っていって構わん。それが今回の手伝い料ってことで」
「ゴミならいらねえだろう……」
ゴミ屋敷の片づけにかり出されただけのような気もするが、確かにこのゴミの山では看護どころではないだろう。結局、おれができるのはこの程度の手伝いってことだ。
おれはヤツの放った軍手を受け取り、不承不承それを両手にはめた。
コウジとその同僚たちで、どこをどう片付けるべきかと玄関先で思案していたところ、中から大きな声で「オカモトさん! オカモトさん!」と年配女性の声が響いた。ほとんど怒号に近いその声に、コウジの同僚の一人が「うげっ」と心から面倒くさそうに顔を歪めた。
「トシおば、ボケとるから面倒なんだよなあ。すまん、ちょっと相手してくる」
そういって、オカモトさんと呼ばれた男性は、ゴミ屋敷の主、トシおばの元へとむかった。おれはコウジの耳元でそっとたずねる。
「訪問看護受けてる割には元気そうな声だな」
「違うんだ。ここの爺さんが末期ガン患者なんだよ、トシおばはその娘」
「こんなゴミの山に二人も住んでいるのか?」
俺が目を見開くと、コウジも肩をすくめた。家の中には足の踏み場もないのだ。
家の中からはトシおばの賑やかな声が続いていた。どうやら同じ話を何度も繰り返しているようだ。薬や医者に頼らなくても、ガンは治る、ということを力説しているようだ。なるほど、オカモトさんが「ボケとる」というのもうなずける。
結局、おれは家の中を、コウジたち三人が家の周囲のゴミを撤去することに決め、早速作業に取り掛かった。
正直いって積み上げられたゴミ袋を前に、まったくやる気はおこらない。家の縁側とブロック塀の間はいわずもがな、家の中も段差という段差の上すべてに、雑誌や古新聞、衣類に空き缶、ペットボトルなど、ありとあらゆる種類のゴミが散乱している。
おまけに奥の部屋から時々、トシおばが大声でオカモトさんを呼び、そのたびにオカモトさんは「ちょっとごめんよ」といっておれの横を通りぬける。なんともやりにくい現場だ。
「なんだか、大変そうですね」
トシおばの相手を終えたオカモトさんにおれがそう話しかけると、彼は心底迷惑そうに肩をすくめた。
「すまん、ちょっと外でタバコ吸ってくるわ」
オカモトさんがポケットから煙草を抜いて、一服しようと玄関の外へむかったときだった。
「こんにちわ! 城内科クリニックです」
玄関のほうから男の声がしたかと思うと、立て付けの悪い引き戸が開いた。
現れたのは、医療懇親会にも参加していたドクターの城だった。
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