第11話 罪の意識
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ユイはもともとミュージシャンになりたかったわけではなく、大好きなシマ唄を唄うことで、自分自信の魂を解放しているにすぎず、彼女にとって、
おれはおれで、ユイに「あんたのそのシマ唄につきあうぜ」と約束したことを反故にしたくなかった。彼女がReveとしておれの夢の手伝いをしてくれるなら、おれもそれにこたえる必要はあると思っていたんだ。
だから、Reveとしての活動が本格的にメディアで取り上げられるようになってからも、おれとユイはときどき事務所に内緒で、路上でシマ唄をうたうことがあった。
「アキくん、明日のオフなんだけど、時間取れる?」
ユイから電話があったのは、ゴールデンウィークも終わった、気怠さの残る五月の終わりだった。
もちろん、ミュージシャンにゴールデンウイークなんてものはない。
シングル「ありがとうを花束に」のプロモーションがようやく一段落し、おれは次の曲とアルバム制作に必死だった。オフもあくまでスケジュールが空いているというだけで、なにもしない自由な日というわけではなかった。
「まあ、あるにはあるんだけど、ちょっと次の曲のことで行き詰まっててさ」
少しばかり弱気な発言だったが、ユイはいつものようにころころと気楽な笑い声をあげていった。
「じゃあ、ちょうどいいじゃない。気晴らしに隠れてうたおうよ。どうせわたし達だってバレないんだから」
思った通り、ユイからの路上ライブの誘いだった。油断しすぎだろうと思ったが、否定はしなかった。事実、メジャーデビュー後にやった路上シマ唄ライブで、おれたちがReveだって気づいた観客はいなかったのだ。
「それと、ちょっと相談っていうかさ、話したいこともあるし」
「事務所でじゃだめなのか?」
「ダメじゃないけど、アキ君の意見を聞きたいし。とりあえず、夕方の五時に新宿のいつもの場所でいいよね」
ユイは一方的に約束を取り付けて電話を切った。
おれは大きなため息をついで、ぼんやりと電話の画面を眺めていた。
このとき、おれは本業の作曲で行き詰っていた。書いても書いても、曲が却下され、ここ数日、曲作りのために徹夜続きだったのだ。
明日の夕方にユイとの時間をとるなら、それまでにせめてデモ音源くらいは作っておきたい。
結局、この日も明け方ごろまで曲を書いて、自分のパソコンで音源を完成させたのは、昼前だった。なんとか音源が形になったことに安心したおれは、ユイとの約束の時間まで、ほんのちょっと仮眠をとることにした。
ユイからの着信に気づいたのは、部屋に差し込んできた西陽の眩しさのおかげだった。
「もう、わたしの唯一の楽しみに遅刻するなんて」
電話口でむくれるユイに、おれは電話口で何度も謝った。すると、ユイは途端にころころとした笑い声をあげた。
「なんてね。ごめんね、アキくんにばかり負担押し付けて。わたしは新宿で適当に時間つぶしているから、近くまで来たらまた電話ちょうだい」
新宿へは赤羽で埼京線に乗り換えれば半時間とかからない。いつもより少し遅れるけれど、夕方の路上ライブをするのにはまだ十分に余裕のある時間だ。
機材を抱えアパートを出たおれは、ダッシュで駅に向かうと、ホームに滑り込んできた電車に飛び乗り、赤羽で乗り換えの合間にいったんユイに電話を入れた。
ユイは外にいるらしく、人々のざわめきや、時折、大きな車が通り過ぎる音が聞こえた。
「今、赤羽。あと十五分ぐらいでそっちに着く」
「りょうかーい。じゃあ、いつもの場所で」
ユイがそういったときだった。
おれの耳元でまるで爆弾が爆発したような轟音が響いた。それが、おれの電話から聞こえているのだと理解するのに、時間はかからなかった。そして次の瞬間、何か硬いものに勢いよくぶつかったようなガツンという音が聞こえ、遠くのほうで誰かがあげた悲鳴が空気を切り裂いた。
心拍数が急激に上昇する。
心臓がばくばくと鼓動を打ち、胸の奥から苦く重苦しいものがこみ上げる。
「ユイ!? おい、ユイ! 返事しろ!」
しかし、返事は返ってこず、そのかわりに、男の叫ぶ声が電話口の遥かむこう側から聞こえてきた。
『救急車だ! 救急車をよべ! 女の子がはねられたぞ!』
その声は、いくつもの波紋を残しながらおれの体を突き抜けていった。おれは頭の中が真っ白になって、思考は完全に停止していた。
彼女は無事で、事故を目撃して電話を放り出して救助に駆け付けたんだ。
新宿に着いたおれをユイは「もう、大変だったんだよー」と笑って出迎えてくれる。
そんな風にとにかく自分の中で都合のいいように考えた。
しかし、そんなおれの願いを、現実はあっさり打ち砕いた。
新宿駅の南口、警察によって封鎖されていた事故現場には、見覚えのある鞄、そして三線のケースが血痕が残る路上に放置されたままになっていた。
遠ざかる救急車のサイレンと野次馬たちのざわめきの中、おれはその場に膝をついて崩れ落ちた。
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そこからどうやって家に帰ったのかは覚えていない。
夜中に事務所からの電話で「結衣が交通事故にあった」という、なんの有益性もない情報だけが伝えられた。
おれは、翌日の仕事をキャンセルしてマネージャーとともにユイが搬送された病院にむかった。
しかし、彼女は搬送後ずっと集中治療室に入院していて、おれたちが面会することは叶わなかった。
病院の薄暗いロビーの一角で、彼女の父親に呼び出されたおれは、彼から今のユイの状態について聞かされた。
「ユイは頭部に強い衝撃を受けていて、脳に損傷がある可能性がある。現在も意識は戻っていない。医者がいうには生還の確立は五分五分だそうだ」
父親はおれとマネージャーにむかって、取り乱す様子はなく、しかし強い拒絶の色をにじませながらいった。
「今、あなた方にできることは何もない。悪いが今日はお引き取りください。容体がどうなるのか、今はまだわからないが、たとえ戻ったとしても私はあなた方に娘を預けるつもりはない。私たちが娘との平穏な日々を失ったように、あなた方もアーティストとしての結衣を失った。そう思ってください」
おれは反論したかった。ユイは事故に巻き込まれたのであって、おれたちが事故に巻き込んだのではないと。しかし、その思いが口をつく前におれは言葉を呑みこんだ。
――もしあのとき、おれが寝坊していなかったら……
その思いがおれの中に深く、消えることのない罪の意識を刻みつけていた。
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