第6話 優しい、世界

 なぜ、人を殺すのに。今から殺そうとしている人物に感謝されなければいけないのか。理不尽にも優しさで、殺意を押し殺さなければいけないのか。


「くっ……ごめん、マイ。俺が、俺がやるから」


 決めた事だ。自分以外にマイを殺せる人間がいないから。【WORLD】を野放しにすれば更に人を殺めるかもしれないから。殺す事がマイにとっての救いになるから。


「やめっろ……来るな!」


 まだ【WORLD】は抗っている。爪が割れた左手を振り回している。武器はもう何も無い。抵抗する手段すらなくなり無様な醜態。マイとロックの眉と口角は垂れ下がり、息も荒くなる。


「来るな! 来るなぁぁぁぁぁぁ」


 足はもう動かないため、両手を使って這いずり始めた。マイが死ねば人形ドールである自分も死ぬ。今になって、【WORLD】は自分自身の命が惜しくなってきたかのように見えた。ロックは走れず、ゆっくりと歩いて追う。勝負はついた、それに走る気力も残っていない。


人形ドールがなくなった責任も、俺が……背負わなきゃ」


 マイを殺した後。世界に向けてどう伝えればいい? マイの父親であるドイルにはどんな顔をして向き合ったらいい? マイを殺した影響で赤の他人が死んだら?


「マイ……これがお前が感じた辛さなんだな」


 人形ドールはマイの願望と経験によって生み出されていた。世界に影響を与えている。人形ドールによって人が死んだケースは数え切れないほどあった。イアもその一例だ。ロックがマイを殺した場合、マイと同じ罪悪感も背負う。


「でも、俺がやらなきゃ。俺は優しいから」


 半ば言い聞かせていた。自分のアイデンティティ、今まで自分を作り上げてきたもの。仲間達がロックを信じる事ができたのも彼の優しさのおかげだ。捨てきれない。


「───ロック」


 その時、彼の視界の右端から人影が割り込んだ。ナイアが脇腹を抑えながら歩いてきていた。


「ナイア……? 何を」

「大丈夫。私は選ぶから、人形ドールが消えない選択肢を」


 何度も殴られたり蹴り付けられた顔面は血だらけでへこみもある。それでも笑顔を、薄い笑みをロックに向けながらマイへと向かった。


「な、なにするんだ、離せ!」

「ロック、お願い」


 足掻くマイの身体を抱きしめたナイア。不可解な行動にロックは困惑を極める。


「“マイちゃんが死ぬと世界中の人形ドールが消失する”……これは、全てが本音ではないから。抜け道が、あるんでしょ?」

「……っ! そんな、それでも、お嬢様は救われない!」

「あるんだね」


 お互い瀕死の状態で絡み合う。【WORLD】が把握している情報については予想するしかなかったがナイアにはあてがあった。


「人が死んだら、その人の人形ドールは機能停止する……カプセルも透明になる。でも『白』は違うよね? イシバシって人から、“渡された”んだよね」


 20年前に『人形の白』をマイに渡した謎の人物イシバシ。マイが記憶を失っていたため詳細が語られる事はなかったが『白』そのものである【WORLD】はその特異性を知っていたようだ。


「マイちゃん。今度はマイちゃんの方から渡してほしいんだ。私が『白』を受け継ぐから。だから……ロック。私ごと、お願い」


 抱きしめてマイを押さえつけるナイアは、背後にいるロックに向かって無慈悲な提案を投げつけた。理解できなかったロックはついには震え始めてしまう。


「なにを、言ってるんだ……!」

「兄さんが植物状態になるかもってことを思い出したら……思いついたんだ」


 ナイドは先程、ロックとの戦いで頭を強打しバイクでの圧迫もあり意識を失った。何も感じない、考える事もできない植物人間になるかもしれないと。その原因は出血や外傷からくるショックにより血液の量が低下、心停止を起こした事からだ。今のナイアも、ナイドと同じように傷を負い血を流している。


「まさか、そんな……」

「マイちゃんを殺すのと、私が『白』を受け継ぐのを同時にやる。上手くいくかは分からないけど……そうすれば植物人間になった私に『白』が渡る。何も感じない、何も願わないなら、もう人形ドールは生まれない。悲劇も生まれない。いつかは20年前までの人類に戻るんだ」


 マイだけではない、ナイアも刀剣で突き刺さなくてはいけない選択。

 人形ドールがなくなる事による恐慌か。

 ナイアをも、ナイドのように傷つけるか。

 究極の選択だった。ようやく、ようやく終われると思った苦しみは終わらない。ロックも涙を溢れさせる。右手で持っていた刀剣は震え始め抑えるために両手で構えた。


「お願い、ロック」


 ナイアはロックに背を向けている。表情は見えない、声色だけの会話。


「あのね、私はロックに会えて……良かったって、思えたの。もちろん辛いことも痛いこともあった。それでも、兄さんの悪事を暴けて、皆と本音で接することもできて……………………ごめん。やっぱり、辛いかも。涙も出て、きちゃった」


 勇気を出して飛び込んだ。しかし本音も打ち明けた。二度と目を覚まさない方が良い、そんな選択だ。


「でもっ、でもね……ロックなら。私はロックのことも信じてるから。もうひとつの、お願い。聞いてくれる?」


 声は小さくなっていく。聞き入れるためにロックは近づく。近づいていく度に、これから2人の少女を刺さねばいけないという緊張と罪が襲う。


「────…………だよ、こういうの、ちょっと、照れる」


 ロックとマイにしか聞こえないほど小さい声だった。そしてロックの覚悟も決まる。震える両手で刀剣を握り、マイを押さえつけるナイアに切っ先を定めた。


「……ねぇ、ロック」


 マイの声だ。


「今まで、ありがと。ごめんね、ごめんね。ありがと……私を、死なせてくれて。ロックには……私とは違って、もっと生きたいって思ってる人を、助け続けてほしいな……私の、最後の、願い」

「……マイ。わかった、わかったよ。俺が」


 簡単な言葉しか話せなくなったロックは、ついに刀剣を2人の身体に突き刺した。ナイアの背中を突き破り、先端が腹を破った直後にはマイの胸に刺さる。心臓に辿り着いたところで刀剣の長さは限界を迎えた。鍔がナイアの背中に当たる。肉を破り、骨に弾かれ、肉を破り、臓器を刺した。刀剣越しに鼓動と感触を、ロックは感じた。2つあった鼓動は、間もなく1つが消えた。


「あ、あぁ。あぁぁぁぁ」


 それでもロックは手を離さなかった。自分への戒めの意も込めていた。自分が背負わなければと。ナイアがマイを抱きしめていたため、2人の顔はロックには見えなかった。

 笑顔? 険しい嫌悪の顔?

 どちらだとしてもロックは確かめられなかった。


「うぅぅぅぅ、あっあぁぁぁぁ」


 これでナイアが死んでしまったら、全てが泡となって消える。ナイアが死んで、人形ドールも消えてしまったら、ナイアの犠牲は無駄になる。


「ナイア、ナイア……?」


 ピクリとも動かないナイア。だが死んではいない事は分かっていた。僅かな心臓の鼓動が感じられる。今すぐにでも医療機関に連れていきたいところだったが、今のロックはまともにバイクを運転出来る精神状態ではない。ダムラントとラディは負傷している。唯一無傷のレイジに頼もうと、声を出そうとした瞬間だった。

 ナイアの髪が、白く変わりだした。それだけで済めば『白』が継がれたのだと確信できたのだが。白くなったのは髪の根元部分だけだった。


「……は?」


 それだけではない。ロックの視界に入っていた前髪も白くなる。ロックの灰色の髪は、先端部分だけが白くなっていく。


「そんな、これは……!?」


 次の瞬間、ロックは白い光に包まれた。まるでラヴちゃんの能力【LOVE CALL】の能力のように。そして光が収まった時には、ロックの姿は消えナイアとマイだけが残されていた。【SAMURAI】もなくなっており傷口が空き2人の身体を赤く染め上げる。

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