第7話 LIFE DRIVE

 その日の天気は一日中曇り空だった。自宅のガレージで人形ドールの整備を行っていたのはレイジ。ダムラントの【KINGDOM・KNIGHT MODE】の槍を修理している最中だった。

 マイが死亡し、新しい人形ドールが現れる事はなくなったあの日から一週間。ロックの姿は跡形もなく消えていた。マイの亡骸を抱きしめるナイアを残したまま。


「ふぅ……終わった終わった。ダムラントさんに連絡せぇへんと」


 ダムラントもあれから丸一日寝たきりだった。負傷が回復するまでは安静にしなければならなかった。ロックは消え、ナイアは植物状態となりベッドの上、モントは記憶の中にのみ残っている。


「ラディもいつの間にかどっか行っとったからなぁ……エンジン音は聞こえたらロックみたいに消えたわけじゃないんやろうけど」


 一連の件について相談できる相手はダムラントしかいなかった。通話を開始しようとスマートフォンを取り出したところで、ガレージの引き戸が動き出した。事前に登録しておいた車両が近づくと開く仕様。今までに登録してきた人物はレイジ、レイジの両親、そしてロック。両親は同じく整備の仕事で全国各地を回っている。帰ってくる時は必ず前もって連絡を寄越すはずだった。レイジの心臓の鼓動が早くなる。いつもよりも扉の開きが遅いように感じる。


「…………ロック?」


 聞きなれたエンジン音。ややすり減ったタイヤと灰色のボディ。【ROCKING’OUT】だ。だがそこに跨る人物から放たれる雰囲気は、以前のものとは違っていた。


「本当に、ロックなんか?」


 服も体格も顔も親友の、ロック。バイクはカプセルに収納され2人は見つめ合った。ロックの頭髪は先端が白く変色していた。灰色から白へのグラデーションは美しくもある。何よりの変化は表情だ。“無”の、何も無い顔を向けてきた。


「一週間ぶりだな。レイジ」

「変わっ……たなぁ。いや嬉しいんやけど。何があったんや」


 目の前に立つロックの肉体は間違いなく、一週間前まで一緒に過ごした親友そのもの。しかし中身がないように思えた。


「俺は白い光に包まれて。“違う世界”で『白』の情報を知ったんだ。マイはナイアだけじゃなくて、俺にも『白』を授けたんだと」

「せ、せやけど。もう新しい人形ドールは生まれとらんぞ?」

「そう、か。良かった……ナイアの狙い通りになって。俺には『人形の白』の半分の力があるから。人形ドールを生み出す力はナイアの方に行ったんだろうな」


 12の色のうち、6色の力がロックには備わっている。だがレイジが気になったのは“違う世界”という言葉だ。


「“違う世界”って……ロックは一週間そこに居たんか」

「あぁ。俺がマイを殺した直後に飛ばされた。その時に気がついたんだ。俺から“感情の起伏”がなくなっていたことに」

「感情の、起伏……!?」

「何かを考えることも、願うことも俺にはできる。でもそれだけなんだ。感情が動かないんだ。無理なんだ。笑ったり、泣いたりも」


 先程から感じていたロックへの違和感の正体が分かった途端、レイジは胸が苦しくなる。

 全てが終わってからロックにも笑ってもらう。そんなレイジの希望は砕かれた。


「『人形の白』は他の誰かに渡すこともできるが……元の所有者が死亡することでようやくそれが出来るんだ。そしてマイは死ぬその時、最後の願いを俺に託した。

『もっと生きたいって思ってる人を、助け続けてほしい』って願いだ。俺はそれを受け入れた。だから俺は“人を助け続ける”……そんな能力を持った人形ドールみたいな存在になったんだ」


 自分の握り拳を見つめるロックの声には緩急がない。マイの残した最後の願いがロックを変えたのか。マイの願いを聞き入れようとロックの心が自ら変質していったのか。真実は誰にも分からない。


「……ロックらしいって言えるかもしれへんけど。俺は心配や」

「この状態から抜け出せる可能性自体は、まだある」

「ほんまか?」

「“白を抹消する”……これを成し遂げれば、ナイアはまた目を覚ましても良い。そして俺の『人形の白』も消えたらまた、心から笑える気がするんだ」


 ここでようやく、ロックの声に寂しさが宿った。感じ取ったレイジは安堵の微笑みを零す。ロックの感情は完全にはなくなっていない。変わらない優しさを持つ親友。


「せやな! ナイアを助けたら、きっと笑える。また……皆で」


 レイジの脳裏にはモントの横顔が過ぎる。また目を覚ますかもしれない希望があるナイアとは違い、もう戻らないモント。彼の生涯に大きく跡を残す事となる。


「それで、その方法は見つかったんか?」

「いいや。見当もつかない……が、俺は違う世界を回れるんだ。白を消す手段はきっとあると信じている。そこでだレイジ。お前にはこの世界でも探して欲しい」

「白を消す手段を、なんか?」

「マイがそんなことを願っていた可能性はゼロじゃないはずだ。だがほぼ全人類の中から探し出すなんて砂漠の中から一本の針を見つけるようなものだ。至難の───」

「任しとけや!」


 ロックの話を遮った。そんな態度はロックにとっても頼りがいがあったようで不満の色は見せない。


「俺の願いはロック達と一緒に笑い合う事や。俺に出来ることは全力でやったる。俺はこの世界で。お前には違う世界とやらを頼んだで」

「レイジ……ありがとな」


 それでも笑顔にはなっていない。しかし長年の親友との一週間ぶりの会話だ。雰囲気はむしろ良い。するとロックは人形ドールの名を呟いた。


「【ROCKING’WORLD】」


 マイを殺した事を背負い続ける名を名乗る。現れた人形ドールは普段のバイクとそう変わりはなかったが、次の瞬間。白鷺の右翼がハンドル部分から伸びてきた。


「もう行くんか?」

「俺には他にもやりたいことができたんだ。助けるべき人間が増えたからな」


 再びバイクに跨ったロックと顔を合わせない会話。エンジン音が鳴り始め、別れの時を知らせる。


「なぁ、レイジ」

「おう」

「…………またな」


 そう言って走り始めた。相変わらず無機質な喋りだった。それでもレイジには暖かいほどに優しさを感じられた。


「またな! 次会う時は! 全力の、笑顔でなぁ!!」

 

 嘘なんて混じっていない、透き通った本音。

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