第5話 さよなら世界

 殺意が無い、けれども殺そうとしてくる相手。そんなロックに対し【WORLD】は恐怖すら抱いた。自らの取り柄である優しさ。それに時には絶望し、時には希望を持ち、時には執着した男。世界で唯一、マイを殺せる人間だ。


「何が優しさだ!? 被害者であるお嬢様を救済せず殺すだと!? そんな優しさなんて全てが偽りだ!」


 ロックは優しさでイアを死なせてしまった。だからこそロックはマイの願いを聞き入れる事にした。


「来るな!!」


 過去に一度優しさでイアを死なせてしまった自分だからこそ、殺意をもってジャムを殺した自分だからこそ、殺意を優しさで押さえ込みナイドを殺さなかった自分だからこそ、殺意を持たず優しさでマイを殺せるのだと。


「死ね!!」


 風の弾丸が飛んでくる。バイクに飛び乗ったロックは壁の方へ走らせ【FLAME TUSK】の能力である自身への重力操作を使用。壁伝いにマイの方へと向かった。すると同時に【INSIDE】から一旦【GLORY】に切り替えた。壁を走りながらスピードを上昇させる。乱射される風の弾丸は回数を重ねる毎に狙いがぶれ接近を許してしまう。


「【INSIDE&OVERLOADING MODE】だ」


 距離が縮まったところで青色と水色の力に切り替えた。分厚い氷の板を目の前に出現させ破壊能力でばら撒く。鋭い氷の数々がマイの身体に突き刺さった。涙を浮かべていた左眼にも刺さり破裂。鮮血が撒き散らされマイの意識が出てくる。


「あ、あぁぁぁ…………! はやく、死なせて!! ころして!!」


 それでもマイの身体は動き続ける。痛みを無視した動作だったが華奢な少女の身体だ。脚が限界を迎えて尻もちをついた。願いに応えるためにロックは歯を食いしばりながら轢き殺そうとする。しかし黄色のランドセルである【ENERGY BELIEVER】を投げつけられ、ロックの身体全体に電撃が走った。


「決まった! 死ね!!」


 すかさず風の弾丸が乱射された。【ROCKING’OUT】は強化されたとはいえロック自身の身体能力を上げるものや自動防御能力なんてものはない。身動きの取れない状況下で弾丸を凌ぐ力はなかった。だがここでダムラントが痛みを抑えながら走り出す。


「【KINGDOM・KNIGHT MODE】をロックに!」


 植物の鎧を装備させる事により風の弾丸は防がれる。鎧の無い頭部へと向かう風もあったが、ダムラント自身が【KNIGHT MODE】の槍で弾いた。更にランドセルを貫き人形ドールとしての機能を完全に崩壊させる。


「あっ……ありがとうございますダムラントさん」

「本職はっ、問題ないっス……それよりもはやく、トドメを……!」


 槍で貫いた際、電撃が伝わってしまいダムラントも限界を迎えた。意識を失い倒れると同時にロックに装備されていた鎧も消失。息はあったが戦える状態ではなくなった。これでロックを守るものはない、けれどもロックの動きを止める【ENERGY BELIEVER】もなくなった。間を開ける事なくロックは【GLORY】と【FLAME TUSK】の同時使用に戻した。


「ころして……殺してよ……」


 言葉に反してまたしても風の弾丸が放たれる。当然、超スピードのロックに命中するはずもなく突進をまともに受けた。薙刀では受け止められず血を吐きながら吹き飛んでいく。


「あっぐ……あがっ」


 頭からの不時着で出血。それでも致命傷ではなかった。【WORLD】もまだ諦めておらずボロボロのマイを無理やりに動かし、震える手で薙刀を握りしめる。


「もう、やめてくれ……マイの願いは俺が叶えるから」

「何度も言っているだろう……! お嬢様が可哀想だとは思わないのか! もっと生きていて良いとは思わないのか!?」


 立ち上がろうとしていたが両足も骨折していた。膝をついてじたばたと足掻く。哀れ過ぎる存在だ。自分の人生に意味なんてない、早く死んだ方が良い、マイはそう思っている。安心していた。もうすぐようやく死ねると実感したから。


「嫌だ……死んではいけない。殺されても良い道理なんて」


 ロックは能力の同時使用をやめ【INSIDE MODE】のみに絞った。最後の一撃を決めようとバイクを走らせ、ボートの船首部分を当てる事に意識を集中させる。咄嗟に【WORLD】は薙刀を前に突き出したが、破壊能力によって【ILLUMINATION】の部分が壊され【SAMURAI】も吹き飛び転がった。続けざまにマイの胸に船首が直撃、骨が折れる音を響かせつつ飛んでいき、床に後頭部と背中を強打した。


「薙刀が挟まれたせいで……内部を破壊できなかった」


 ロックは感覚で理解した。【INSIDE】の破壊能力の位置調整は難しく、イーサンの経験があってこそ細かい調整が可能。過去にタスクの体内に埋め込まれた爆弾を破壊できたのも歴戦のイーサンだからこそだ。ロックはマイの肋骨を粉砕する事しかできなかった。


「駄目だ……お嬢様が死ねば、世界中の人形ドールは消失する! 世界のバランスが壊れるんだぞ……!?」


 この情報をロックが聞くのは初めてだった。思わず止まってしまう。現代社会に溶け込んでいる人形ドール達が突然なくなればインフラに支障が出かねない。そして【ROCKING’OUT】にも限界が来た。この戦いだけではない、ナイドとの戦闘でも能力の同時使用を行っていたためエネルギーが切れてしまう。


「ここでか……」


 武器がなくなったも同然だったが、マイの命を奪えるものがそばに落ちていた。先程吹き飛ばした【SAMURAI】だ。人形ドールが消失するという話を聞いてもロックは再び足を動かし、刀剣を拾い上げた。


「……ロック」


 マイの声が表れる。


「殺して、くれるんだよね。ありがと……」


 歪過ぎる感謝の言葉がロックを蝕む。

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