第4話 殺意のなか

 ここに来るまでの道中、ダムラントはラディの背中に掴まりつつイーサンの死体を見ていた。一瞬で通過したために傷や顔色は確認できていなかったが、ダムラントの心には大きな傷が生まれた。


「それでもマイ、君を殺す気は生まれてこなかったんだ」


 ダムラントは話していた。イーサンこそ、局長の座に相応しいと。イーサンは他人のために人を殺せるから。しかしだからこそ敗北してしまった。


「【KINGDOM・BISHOP MODE】だ」


 バイクから降りたダムラントは植物の杖を手に取った。同時にロックとラディは自らのバイクを発進させ、左右別々の方向から攻めようと考える。【WORLD】に残された武装は【SAMURAI】と【ILLUMINATION】を合体させた薙刀のみであったが、ダムラントと対峙した事で復活する手札があった。


「【ENERGY BELIEVER】を戻す!」


 黄色のランドセルがマイの背中に現れた。ダムラントがここに来たという事は足止めに使っていた【ENERGY BELIEVER】を戻しても問題は無いという事。背中の守りを固めつつ正面は自力で切り抜けようとしていた。


「うわ、ホントに攻撃が届かない!」


 ラディは試しに電撃をマイに差し向けていたが当たる直前で方向を曲げられている。やはり有効打を与えられるのはロックのみなのだと再確認。ロックと視線を合わせた。


「ボクは援護ってことで!」

「頼んだ」


 楽観的なラディの笑顔とは対照的に、険しい表情のロックはスピードを落としラディを先に行かせた。最高速度は【DESTRUCTION】の方が上だ。電撃と組み合わせれば撹乱にも適している。


「攻撃は届かない。でも、こうやれば目くらましになるよね」

「本職も同じことを考えたっスよ」


 殺意を伴った事象を近づけさせない【ENCOUNTER】の能力。だが最初からマイに当てる気の無い、周囲の床や壁に向かって放たれる攻撃は対象外だ。ラディの放った電撃とダムラントの杖から撃たれた種子が床に当たり、雷のカーテンと成長する植物がマイの視界の大半を覆う。


「小賢しい手を……ならば聴き分けるまで」


 【DESTRUCTION】と【ROCKING’OUT】のエンジン音には違いがある。ラディの【DESTRUCTION】が性能は上であり、音も派手で目立つ。どの方向から襲ってくるのかは簡単に分かる。問題はそのスピード。室内とはいえ閃光と呼べる程のスピードは出せる。殺意を伴った攻撃は防げるとはいえ薙刀が壊されてしまえば敗北は確定する。集中を始めた【WORLD】だったが想定外の車両が向かった。

 4つの車輪からくる重低音。勘づいた時にはもう遅かった。電撃と植物を突き破ってきたのは軍用車両の【KINGDOM】だった。負傷したダムラントの代わりにラディが運転している。殺意を伴っているため進行方向は逸らされるが、大きな車体によって視界は更に埋まった。


「今だよロック!」


 突然の右折によって横転しそうになった軍用車両は寸前で粒子となりカプセルに収納されていく。無事に着地したラディが叫んだ通り、ロックは既にマイの背後に回り込んでいた。電撃と植物がなくなり道を阻むものもなくなった。マイの身体が振り向いた時には、視界はバイクの前輪で埋まっていた。勝負はついた。これでマイはようやく死ねる。その場の誰もが確信したその時。


【ENCOUNTER】の能力が発動した。僅かな殺意を抱いてしまっていた。進行方向は上に逸らされ、浮いたロックの隙は見逃されなかった。薙刀から発射された風の弾丸がロックの右肩を貫く。


「があっ……」

「ロック!」


 バイクと共に不時着したロック。【WORLD】はチャンスを見逃さず動揺したラディにも風の弾丸を放った。回避は間に合わず左足首に命中、貫通。


「……運が良かった。やはりお前も、殺意を捨てきれなかったんだな」

「くそっ、俺が……俺がやらなくちゃいけなかったのに」

 

 目の前で倒れるロックとは睨み合いだ。他の3人も傷が深く、邪魔はされないと判断。この中でマイを殺せる可能性があるロック、もう一度攻撃の機会があれば今度こそ優しさのみをもって殺そうとしてくるかもしれない。いち早く始末しようと【WORLD】は薙刀を持ち上げた。


「───ロック!!」


 背後から耳に入ってきたのは聞き覚えのある友の声。ロックは一瞬で理解した。


「……レイジ、分かった」


 声の主はレイジだった。涙を浮かべながらも握っていた2つのカプセルを投げ、ロックへと希望を託す。無意識のうちにロックは両手を上げキャッチした。薙刀が脳天に辿り着く直前に人形ドールの名を叫ぶ。


「【ROCKING’OUT・INSIDE&FLAME TUSK MODE】!!」


 ロックとマイの間に挟まるようにして人形ドールは再構成された。ヘッドライトがなくなった代わりにボートの船首があり、ホイールからは鋭い刃が伸びている。マイの頭部に船首が当たりそうにはなったが咄嗟に飛び退き逃れた。今度は【ENCOUNTER】の能力が発動しなかった。


「くっ……!」

「俺を信じてくれるんだな、レイジ」

「当たり前やろ」


 2人の声色は優しい。レイジは前もってイーサンとタスクのカプセルから人形ドールの情報を貰い【ROCKING’OUT】と合体できるように改造していた。痛む右肩を抑えながら立ち上がったロックは深呼吸の後、再びマイと見つめ合う。睨んでなどいない、穏やかな。優しい瞳で。


「……他の皆の願いは叶わなかった」


『孫の活躍聞かせながら元気にさせてやるからな……おばあちゃん』

 祖母を救いたいというイーサンの願い。


『そっ、か。モントが……ウチのこと考えてくれて?』

 モントが薦めた保安局に身を置きたいというタスクの願い。


『もう“死にたい”だなんて、言わないで……!』

 生きていて欲しいというラヴちゃんの願い。


『僕、皆さんと一緒にこれからも過ごしていたいんです。楽しいことも、悲しいこともぜんぶ一緒に』

 まだ生きていたいというモントの願い。


「だから、せめて、俺が」


『私には、死んで欲しくない人がいる。だから私は、その人のために動かなきゃならないの』

 ラヴちゃんとマイに生きていてほしいというキーネの願い。


『他人を殺した……その事実はな、お前が思ってるよりも…………引きずるんだ、よ』

 自分の興味のまま動いていたいというジャムの願い。


『殺して、やる……! 家族の仇!』

 ジャムに復讐をしたいというロォドの願い。


「マイ。お前の願いは、俺が叶えるから」


『ロックは心の底から私を心配して、優しくしてくれた……! 迎え入れてくれた! だから大好きなの……ロック。この想いは嘘じゃなくて本当、だから』

 ロックと本音を見せ合って生きていきたいというイアの願い。


「それが俺の“優しさ”なんだ」

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