第3話 最後の一戦

「【ILLUMINATION】!」


 最後の切り札が提出される。【WORLD】が出現させたのは『紫色』の人形ドールだ。ジャムの【JUMP COMMUNICATION】と同じ形、巨大ブッチャーナイフをひとつ出現させた。マイの右腕は既に破壊されてしまっていたが、【SAMURAI】と柄から合体する事により薙刀として扱える武器に変貌。今までのものとは違い“子供の扱うもの”ではない。【WORLD】は最後の一線を超えた。


「ナイア!」

「分かってる! もう1回投げるよ!」


 挟み撃ちにはなっているが接近するのはロックだけだ。再びバイクを加速させ破壊を試みる。新たな【ILLUMINATION】の能力がジャムと同じく思考を読めるものだとしても、手数の減った【WORLD】では対応にも限度があると見て多数の氷柱と共に突っ込んだ。


「この【ILLUMINATION】は単にジャムの人形ドールを模しただけではない……!」


 氷柱は全て【SAMURAI】の風を纏った斬撃に叩き落とされたが、バイクの前輪と衝突し膠着状態に。武器は抑えた。ナイアの車輪攻撃がもう一度決まれば勝負はつくはずだった。【ILLUMINATION】の刃が光る。次の瞬間、風の弾丸が放たれた。ロックではなく、背後のナイアの方へと。


「え……あ」


 ナイアの脇腹に小さな穴が空いた。現状を理解するのに一呼吸置いた後、声にならない悶絶を出しながら倒れ込む。【SAMURAI】と合体する事で、溢れ出した風を柄から【ILLUMINATION】へと送り込んでいた。ナイフの先端には発射口がある。ナイドの【MIDNIGHTER】の要素も含んでいた。


「ナイアっ……」


 2つの人形ドールが合体した薙刀。【SAMURAI】の部分である刀が向けられている時は弾丸が飛んでくる恐れはない。【ILLUMINATION】が後ろに向いているからだ。だがナイアへの追撃はいつでも可能。ロックはすかさず全力を出した。


「【GLORY】もだ!!」


 エネルギー消費の激しい同時使用。けれどもナイアを助けるためには必要な犠牲。【WORLD】操る斬撃と風の弾丸を全てロックへと集中させなければならない状況を作ろうと、氷柱と風圧の波状攻撃を仕掛けた。


「言っただろう、模しただけではないと」


 しかし間違った判断だと突きつけられる。弾丸の発射は【SAMURAI】との併用と形状による応用。【ILLUMINATION】の特殊能力は他にある。握っていたマイの左手が離れた。にもかかわらず薙刀は変わらずロックと衝突を続ける。


『紫色』は感情を操る。【ILLUMINATION】の能力は“使用者の感情に従う自動操作を可能とする”ものだった。ロックはひとりでに動く薙刀への対応に精一杯で離れていくマイを追えなかった。素早く、的はマイの身体と比べても小さいため防戦を強いられる。


「そいつで遊んでいろ!」


 安い捨て台詞を吐く【WORLD】が向かった先はうずくまるナイア。足音を聞いて顔を上げたナイアの目に映ったのはマイの右足。顔面を蹴り上げられ、鼻と口からは派手に出血した。


「お前にはお嬢様を殺す気が無いと知っている!! ロックに任せるつもりだったんだろう!!」


 仰向けになったナイアへと馬乗りになり、拳を思い切り握りしめると顔面を殴り続けた。


「お嬢様を苦しめる者は残らず……これは?」


 マイの瞳から涙が溢れた。ナイアを自らの拳で殴ってしまっている事への罪悪感によって意識が表に出ずとも溢れ出ていた。


「あぁ、殴っては手を痛めるから……ではこうしよう」


 腫れ上がった左手を離し、立ち上がるとナイアの首目掛けて右足で踏みつけた。【WORLD】はやはりマイの気持ちを理解できていなかった。


「あぎゅっ」


 声にならないナイアの声と吐血。それでも止まらないマイの足は首だけでなく顔や腹にも突き立てられる。涙も止まらなかった事にようやく【WORLD】は気がついたが。


「我慢して、お嬢様……これは全て貴女のため!」


 ラヴちゃんの遺した意思を歪な形で受け継いでしまっていた。誰も幸せにならない選択を取り続ける。その光景を見ていたロックだったが【ILLUMINATION】を切り抜けられず焦りだけが高まっていく。


「……どけ!!」


 2つの人形ドールの繋ぎ目を壊そうと氷柱を放つが俊敏な動きによって避けられる。このまま当たらない状況が続いてしまえば【ROCKING’OUT】のエネルギーはいずれ尽きる。過去にジャムとの戦闘でそれを思い知っていたロックは更に悩む。急いでナイアを助けに行きたいが薙刀がそれを許してくれない。


「死ね」


 内臓を破壊するために【WORLD】はマイの身体を飛び上がらせ、全体重を胸と腹部にのしかからせようとした。ロックにはその光景がまるでスローモーションのように事細かく見えた。だがナイアに着地するその寸前。彼女の身体は『黄緑色』に光る。


「これは───」


 マイが着地したのは“植物の鎧”だった。【WORLD】は瞬時に敵の増援を察したが更なる閃光が向かってきていた。ロックを阻んでいた薙刀に強力な電撃が浴びせられる。【WORLD】は咄嗟に操作し薙刀を左手に戻した。


「大丈夫……そうじゃないっスね」

「助けに来たよロック!」

「ラディ! と……ダムラントさん!?」


【DESTRUCTION】を操るラディと、その後ろで息を荒くしているダムラント。電撃のダメージが残っていた。


「身体は大丈夫なんですか」

「本職には鎧があったから。他2人よりもまだ軽傷っス。動くと痛みが酷いけれど……それよりも、この状況は」


 ダムラントはラディから大方の情報は聞いていた。その場の注目はマイに集まる。涙を流し口は歪んでいる苦痛の表情。【WORLD】は苛立っていた。立て続けに予想外が起きた事に。


「ふざけるな……どうしていつも、いつも!!」

「マイの背後にあるあのコンパスの人形ドールは“殺意のある事象を近づけさせない”能力を持ってます。だから、俺が……俺にしかやれません」

「……わかったっスよ」


 ロックとラディは無傷で万全の状態。

 ダムラントは電撃の余韻が残り動きが遅い。

 ナイアは脇腹を撃たれ蹴りや殴打の傷も痛む。


 この4人でマイを殺す。持てる力を全て注ぐ総力戦。とどめを刺せる人間はこの中でもロックだけ。

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