第2話 怒りの矛先

 コンクリートに両膝を食い込ませるレイジ。彼の視界の中央には目を見開いたまま死んだラヴちゃんが横たわっている。彼はおよそ7分、この場から動けず何も発声できず。ただ呼吸している事が精一杯の状態だった。


 (俺は死にたがっとった。ラヴちゃんと戦えばそうなるって。そうしたら砕けて死ぬやろって)


 何も出来ずキーネの死を目の当たりにし、その夜にモントに励まされ共に生きていく事を誓ったが、翌日にモントも殺された。自暴自棄になり出した答えはラヴちゃんに策も立てずに突っ込む事。死ねばモントに会えるかもしれない、確かめようのない願い。しかしそれも叶わなかった。現れたラヴちゃんは既に瀕死で何もせずとも死んでいった。


「俺は、何も……なんっ、にも……! できとらんし、俺がいてもいなくても、なんも変わらん」


 ようやく出た声はかすれていた。かつてのモントと同じように自らには価値がないと考えてしまい、涙も溢れる。モントは死ぬ直前まで、レイジの事を考え生きようとしていたというのに。モントは生きる価値を感じ、それまでの人生とは別れを告げ変わろうとしていたというのに。レイジはそんな彼女の気持ちを塵も理解していないまま絶望していた。


「どうしたらええんや。あの【WORLD】を止めるために行ったらええんか……?」


 だが活躍する光景は想像すらできなかった。軽トラの突進は室内では扱いづらい。近くにある部屋や狭い通路に逃げ込まれる。レンチやバールで殴りかかっても返り討ちが関の山。


「……モント」


 強いストレスから逃げようと思い浮かべたのは好きな人の事。モントの横顔、モントの寝顔、モントの後ろ姿。それでも最期の、両目を失い口から血を垂れ流しながら薄い笑顔のあの表情も過ぎる。


「あいたい」


 周りには誰もいない。レイジは頻繁に他人と接してきた。1人になった事で剥き出しの自分が顕になる。


「また、会いたい……でも、モントっ。お前がおらんと……俺は駄目になったんや」


 常日頃から異性への興味を表していたが初めての真の好意を抱いたモントに対し、届かない声をひたすらに出し続ける。


「俺はもう……なんもできひん」


 大粒の涙を垂れ流しながら両手も地につけた。ロックがイアを失った時とは違い復讐する相手も、組織ももう壊滅している。他の誰かが手を差し伸べなければレイジは動けないままだ。その時、彼の耳にバイクの走行音が入った。聞き慣れた【ROCKING’OUT】とは違う。黄色い閃光【DESTRUCTION】だった。


「あー……やっぱりこうなったか」


 飛び降りたラディはカプセルに人形ドールを収納しつつ、ラヴちゃんの死体を見て言った。既に『MINE』を裏切った身、リーダーであったラヴちゃんへの情はなくなっていた。


「ロック達は別行動? マイは……人形ドールが消えてないってことはまだ生きてるんだ」

「あいつが……」

「え?」

「【WORLD】が、マイの身体を乗っ取って……マイを生き延びさせるために、動き始めとった!」

「……は?」


 呆気にとられた間抜けな声が出た。ラディはマイの事情、及びリーダーであるラヴちゃんの目的についてはジャムから聞かされている。【WORLD】が勝手に動き始めるなんて事は想定外。


「自我を持ち始めたんや……そんで多分、‪ラヴちゃんを殺したイーサン局長の方に向かっとる」

「……わけが分からないや。乗っ取るだなんて。それで? ロックも後を追ったの?」


 黙って頷いたレイジ。右のツインテールを触りながらラディは状況を把握した。彼もまたラヴちゃんの思想に共感し協力もしていたがキーネの死をきっかけに裏切った。


「じゃあボクも行こうかな。裏切った時点で覚悟はしてたけど人形ドールが使えなくなるのは困る。それに【WORLD】が自我を持つなんて、ボクはそれを見てどう行動するか判断したい。あーもちろん、ロックにも会いたいからね!」


 未知への好奇心もある。ロックへの執着は二の次だ。


「んで、レイジはここで何もしないままなの?」

「だって、俺ぁ……」

「後悔しても知らないよ? ボクはまぁ、人形ドールの整備とか時々してくれたことは感謝してるし一応言っとくけど。そうやって1歩も動けないままだと、誰にも合わせる顔なくなるよ。それじゃっ」


 即興で考えた、気持ちもあまり籠っていない励ましの言葉を残して去っていく。再び1人になったレイジは改めて考えた。


(合わせる顔がないって……俺が行ったところでなんも変わらんやろが。なんもできず死ぬだけ)


 無駄死にが最悪だとレイジは思う。けれどもラディの言葉も引っかかる。


「1歩も動けないまま、か……」


 もしこの戦いでロックやナイアが死んでしまったら。この先1人で悲しみを背負いながら生きていかなくてはならない。モントを失った気持ちを共有する相手もいない、ひたすら後悔する一生を過ごすだろう。


「それは嫌やけど、俺なんかが行っても」


 やはり答えを出せない。


『とっても立派じゃないですか。日常を、取り戻したいんですよね? きっと僕にはできない、立派な事です』


 突然、かつてモントから貰った言葉を思い出した。


「ここで行かんかったら俺は一生、日常を取り戻せないまま……モントに、できんかったこと」


 震えながら立ち上がり、小さくなっていたラディの背中を見る。生きた証も何も遺せなかったモントのために、先に行ったロック達のために自分がすべき事。


「そうや、行かんと。モントが生きた証はちゃんとある。モントのことを覚えとる俺達や。これ以上モントが生きた証を失くすのは……最悪や」


 モントの事を思い出す人間がいなくなってしまえば、それが本当の“死”なのだと。そう感じたレイジは走り出す。痺れていたため何度も転びそうにはなるが立て直していた。

 どんな形であれ自分達の日常を取り戻す事。ようやく進むべき道が見えた。もう後悔は増やさない。

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