第12章 優しい、本音

第1話 世界を殺せるのは

 時は少し遡る。世界政府本部のエントランスでダムラント、警察官の男、武闘派の女は【ENERGY BELIEVER】の電撃によって痺れ続けていた。ロックとナイアはエントランスに入った直後に気が付き、ナイアが車輪を投げてぶつける事でランドセルを弾き飛ばした。


「だ、大丈夫ですか!?」


 現場を見てはいないが、十中八九【WORLD】の仕業だと推測した2人。およそ2分ほど強力な電撃を浴び続けていた身体は思うように動かせず、かろうじて会話ができるに留まる。


「ふたり、とも……」

「あいつですか、あの【WORLD】にやられたんですか!?」

「そうっス……あれはもう、マイ様の支配下から抜け出している。局長とタスクのところに向かうと言っていたから……」

「俺達で行きます」

「……死なないでよ」


 普段の語尾もなくなった。ダムラントからしてみればイーサンの安否は気になって仕方がない。だが身体は動かない。ロック達に託すしかなかった。しかし置いてきていた存在が心に引っかかっていた。レイジだ。


「ねぇロック、レイジは……」

「俺もあいつの立場だったら、あの場から動けなかったと思う。俺達だけで向かうぞ」


 心に傷を負い、まだ立ち直れていない人間を無理に同行させるほどロックは非情ではない。レイジはあれから1歩も動けず、静かに涙を流していたため置いていかれてしまっている。


「ダムラントさん達がやられたんだ。真正面からあの【WORLD】に勝てるとは思えない……だからナイア、お前にはやってもらいたいことがあるんだ」



 *



「【ROCKING’OUT】!」


 泣き叫ぶような声のロック。涙を流すマイ。最期の戦いが始まる。戦う意思を見せたロックに対し、【WORLD】は火球を放ったものの現れたバイクは素早い。ロックにはかすりもせず、着々と距離は縮まっていく。


「お嬢様を傷付けもせず、むしろ味方してくれたお前は殺したくない! なぜ敵対する!」

「俺は……俺は!」


 マイの身体ではなく右翼を狙ったがあっさりと避けられ、羽ばたき後退。刀剣の【SAMURAI】も刺さっていたイーサンから離れマイの左手の元に。破壊された右腕から流れ出る血をばら撒きながら着地した先には囚われのドイル。距離があった事でイーサンとタスクが殺される現場は目にしていない。


「【WORLD】……君は本当にマイのことを想ってくれているんだね」

「その通り。お嬢様を生かすためならなんだってやる。父親のあなたならきっと共感も───」

「マイのそんな顔を見るのは初めてだ」


 ドイルの顔は絶望に染まっていた。眉は下がり涙目、口は半開きで気力をなくしている。【WORLD】の視界ははマイを乗っ取った時から共有していた。よってマイの表情を確認できていなかった。

 目は腫れ上がり歯をガタガタと鳴らす様は、生きている事など逆に苦痛だと見て取れる。今この場で最もマイの事を観ていなかったのは【WORLD】だった。


「【OVERLOADING MODE】だ……」

「……議論するつもりもないか? お嬢様は生きるべきなんだ。例え他の人間全てを犠牲にしても。それが、“彼女”が願ったことだ」


 ロックは氷を操る【OVERLOADING MODE】を。対して【WORLD】も同じく氷の力である【VARIANT】を構えた。白バイの要素が混じったバイクと、宙に浮くパレットと筆が対峙する光景は奇妙でもある。次の瞬間、ロックの放った氷柱と、氷塊と化した絵の具の衝突が始まった。


「酷いと思わないのか!? 1人の少女がいいように扱われ、死にたいと思うほどに追い詰められ……許されていいわけがない。救われるべきなんだ!」

「俺もマイが死ぬところなんて見たくない! でも……これ以上苦しむところはもっと見たくないって思ったんだ」

「こ、ころして……早く!!」


 マイの意識が表に出てくる頻度が増す。伸しかかる切なる願いを受け止めバイクを走らせた。単なる突撃ではない。氷柱での攻撃も同時に行っていたが他にも作戦があった。


「お前もお嬢様を殺そうとするのならば……容赦はしない!」


 氷塊だけでなく火球もロックへと向けられる。氷柱では火球を防御しきれないと判断し、氷塊を氷柱で防ぎ火球は速度で避ける事にした。【ROCKING’OUT】は先程までのイーサンやタスクよりも素早さが段違い。生半可な飛び道具では仕留められない。【SAMURAI】でのカウンターで対処しようとマイの左腕が動く。


「……今だ!! ナイアっ!」


 ロックが加速すると同時に信頼する仲間の名を叫んだ。マイの視界からはロックが壁になっており見えていなかったが、腕に装備した自転車の車輪を回転させ続けていたナイアが飛び出してきていた。【WORLD】はロックの突進の対応に追われ、風を纏った斬撃で前輪部分を切りつけ進行方向を変える事に成功。直後、目に映ったのは2つの車輪を投擲するナイアだった。


「これは5分以上回転させ続けた車輪……! その人形ドールを壊す!!」

(【WANNA BE REAL】の車輪は回転させればさせるほど威力も増す。50回転……時間にして10秒程度の回転でも普通の人間相手なら致命傷になり得る威力になる。これが直撃したら間違いなく人は死ぬ。でも私は───)


 ナイアには殺意がない。最初から人形ドール狙いであり【ENCOUNTER】の拒否能力の対象にはならなかった。その事を察した【WORLD】は氷塊、火球、刀による斬撃全てを使い車輪を撃ち落とそうとする。ところが片方の車輪は唐突に上昇、マイの頭上を飛び越えていった。操作のミスなのだと【WORLD】は考え、もう片方の車輪に全力を注ぎ撃ち落とした。しかし気が付かなかった。飛んでいった車輪の先にはウィリー走行の状態になっていた【ROCKING’OUT】が。


「なっ……!?」


 車輪はバイクの前輪と後輪に触れる事によって回転数を増やす。スピードも規格外、当然反応は間に合わずパレットと筆の【VARIANT】と鍵盤ハーモニカの【IMAGINATION】を一瞬で貫通。破壊に成功し車輪はナイアの元に戻っていく。あまりの反動に彼女の身体も仰け反った。


「【VARIANT】と……【IMAGINATION】が!? そんな……」


 氷と炎の力はこれで使えなくなった。『黄緑色』の【LIONS】も既に破壊されてしまっている。直接的な攻撃能力を持つ人形ドールは【SAMURAI】のみになってしまった。


「ナイア! マイの背後にあるコンパスは“殺意を伴った事象を近づけさせない”能力を持ってる! だから、俺が……」

「……そっか。本当に優しさで、マイちゃんを殺す気なの?」


 マイを挟んでの2人の会話。弱体化させ、この流れが続けばマイを殺す事になるだろうとロックは確信した。だが【WORLD】には未発現の色がある。『紫色』の人形ドールは新たに創り出せる。【WORLD】は残りのそれに賭けるしかなかった。

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