第6話 割切
【WORLD】の意思によって人形は作り出せるが、例えば災害のような大規模能力、例えば世界のルールをまるごと変えてしまうような極端な概念能力は作れない。マイが『人形の白』を手にした当時の年齢は5歳。子供の想像力によって世界が崩壊してしまえば元も子もない。力を与えた“イシバシ”が制限をかけていた。
「死ね、イーサン」
シンプルな殺意と共に走り出す。対してイーサンも水の道を作り出しボートが発進。【INSIDE】の破壊能力であればどんな相手にも致命傷を与えられる。だがマイへの殺意はない。どうしてこんな事態になってしまったのか、なんの理由も聞けていない。
「いきなり死ねとか言われて、大人しく従う奴がいるかよ」
マイではなく人形の破壊を目標とし無力化を目指す。例え自らの祖母が助かるとしても、マイを殺して得るのは違う。
「俺も話し合ってみようと思ったところだったんだよ。どうしてこんなことになったんだ!?」
刀である【SAMURAI】と鍵盤ハーモニカの【IMAGINATION】を執拗に船首で狙うものの、命中は叶わず斬撃を船体に受けてしまう。自身の肉体への斬撃を避ける事に精一杯だったからだ。
「お嬢様は自死を願っていた。その願いを引き受けていた“器”が壊れたんだ。お前が殺した」
「マイの付き人か!」
「その役割を私が継いだ! 死なせるわけにはいかない! だが記憶は既に思い出してしまっている……お嬢様を悲しませた責任を取って死ね!」
火球と斬撃の同時攻撃がイーサンを襲う。咄嗟に水の壁を前方に出現させ後退。後ろに立っていたタスクと並ぶと歯を食いしばる。
「クソっ。マイの付き人よりも強くはないと思うが……マイの身体だ。やりづらいな」
「殺しちゃまずいもんね。かと言って手加減しながら勝てる相手でもなさそうだし」
ラヴちゃんとの戦闘でタスクは怪我を負っている。斬撃を受けた傷や落下による打撲等。勝ち目が薄い事に苛立ち頭を掻きむしる。
「さっきラヴちゃんはそこの総長、ドイルさんの記憶を食べてたんだよね? 同じようにマイの記憶も以前に食べていて……」
「俺が殺したから今こうなってるってことだ」
人生最大の緊張を迎えていた。自らの殺人によって目の前の少女も死へと向かうようになってしまい、それを止めようとしている自我のある人形。そして倒す事に成功すれば世界中の人形は消失、祖母を侵す病はなくなる。イーサンは迷っていた。マイはもちろん死なせたくないが、戦わなければこちらが殺されてしまう。マイを殺せば人形の恩恵を受けている施設やインフラに打撃を与えるが、祖母の命は助かる。
「……ひとまずは捕縛を狙うって感じ? 足首斬ったり骨折るくらいしないと無理そうだけど」
鍛えられたラヴちゃんのそれとは違い、マイの華奢な肉体は脆い。【INSIDE】どころかタスクの【FLAME TUSK】の斬撃を一度でも受けた場合戦闘続行は困難だ。【ENERGY BELIEVER】もダムラント達の元に置いてきている。カウンターとなるような手札は今のところは存在しない。
「あぁ。同時に別方向から攻めるぞ。一撃でも入れば俺達の勝ちだからな」
「分かったよ」
水の道を天井近くまで伸ばしイーサンは上から。ローラースケートの踵部分に付いている刃に炎を宿したタスクは真正面から突っ込んだ。イーサンが下降を始めると同時に水の壁をタスクの周囲に設置。自身への重力を操作する能力を遺憾無く発揮できる環境を整えた。水の壁を飛び移りながらマイへと飛び蹴りを狙う。
「小癪なぁ! 【IMAGINATION】を使う!」
宣言通り赤い鍵盤ハーモニカが出現された。ラヴちゃんは鉤爪で引っ掻くようにして音を出していたが今回は違う。マイから生えている右翼を使い撫でるようにして鍵盤を押し込んだ。32の火球が一斉にタスクへと襲いかかった。ここで水の壁がイーサンの意思によって崩壊する。火球と相殺させる事によりタスクを守った。そして蒸発、白い煙をタスクの足が突っ切った。踵の刃がマイの前髪を掠った。そして絶え間のない追撃。イーサンが降りてきていた。
「くっ……!」
マイの身体はできるだけ傷つけたくはない、しかし武器を失う訳にもいかない。【SAMURAI】から溢れ出る風によって寸前で回避、後退した。
「外したか! だが……」
「うん。ラヴちゃんよりも確実に弱い」
左腕を失ったラヴちゃんと比べても、脅威の差は大きいと判断。【ENERGY BELIEVER】を所持していないという事情もあるが、それを踏まえても現時点ではラヴちゃんの方が実力は上。そう確信した2人は続けて突撃した。
「お嬢様のために、負けられないんだ!」
必死に抵抗する【WORLD】はがむしゃらに火球を放った。だがことごとく回避、もしくは水によって蒸発されてしまい命中せず。向かってきたタスクの飛び蹴りは【SAMURAI】で受け止める事に成功したもののイーサンの追撃がやってくる。イーサンは【INSIDE】の船首を【SAMURAI】に当てようとした。【WORLD】はそれを避けようとしていた。お互いの思惑は上手いようには重ならない。船首はマイの右腕に当たってしまった。
「───ああああぁ!!!」
マイの声が上がった。右腕の崩壊はグロテスク。骨は破壊され血溜まりの出来上がり。バキバキと音を立てながらの痛みは壮絶で、マイの意識が表に戻ってきた。
「はやくっ、殺してよ!! やだ……痛い痛い痛いいたぃぃぃ」
そんなマイの声とは裏腹に、支配されたままの身体は動き斬撃と火球を差し向けた。雑な操作のそれは簡単に対処されてしまい傷1つつけられない。【WORLD】はまたしても後退し、壁に背を預けると激怒。
「よくも、よくもお嬢様の右腕を──」
「もういやだっ! もう死なせて! もう……死にたい」
表情もマイのもの。それまでとは打って変わった苦悶の泣き顔。
「……聞きたくない」
あまりの悲鳴にタスクは目を逸らした。しかしイーサンは見つめ続け、覚悟を決める。
「わかった……俺が殺す」
マイを殺してしまった場合、それによって生まれた被害から来る憎悪や悪意は全てイーサンに向けられる。けれども目の前の無垢な少女の願いを捨てられる人間ではなかった。
「俺が全部背負う。半端な優しさなんて持たずにな」
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