第5話 世界融解

 世界政府本部のエントランス。白人形への対処に追われていたダムラント、武闘派の女、警察官の男の3人。決して倒される事はない不死身の兵士達には能力を使って対応していた。特に無機物の時間を巻き戻す能力と『水色』の基礎能力での氷は捕縛に役に立つ。


「……動きが完全に止まった?」


 警察官の男が勘づいた。白人形は氷に囚われても時間経過と共に破ってきていた。その度に再凍結を行っていたが、突如として白人形は動きを止めた。ドイルの戦意が失われたもしくは、ドイルが意識を失った事を意味する。


「そうみたいっスね。とりあえずドイル様のところへ。局長達も心配っスから」


 ダムラントが想定する最悪のケースは、イーサンやドイルもラヴちゃんによって倒された状況。ドイルの実力を知るダムラントはその可能性を低く見積もってはいたが不安は募るばかり。向かおうとしたその時、翼の羽ばたきと足音が同時に聞こえてきた。


「あれは」


 血を垂れ流しながら現れたのは、右翼を揺れさせる無表情のマイ。明らかな異常事態にダムラント達には緊張が走る。両手で握っている【SAMURAI】は既に真剣の状態。通常であればラヴちゃんが持つそれを何故かマイが持っていた。


「お前達だな、昨日お嬢様を苦しめたのは」


 マイの口からラヴちゃんの声が飛び出る。異常過ぎる事態に3人の顔色は変わった。


「だが最優先すべきはイーサンだ。殺しには殺しで返す。お前達は後回しだ」


 刀が風を纏い始めた。マイが真っ先に狙ったのはやはりダムラント。力の使い方を最も把握しているのは【WORLD】自身だ。小柄で体重も軽いマイの身体が浮上し加速。突然の意外過ぎる攻撃に反応が遅れ、回避は試みたが左腕を斬られてしまう。だがこの程度で戦意を失うほど軟弱な男ではない。【KNIGHT MODE】の槍で刀を弾き落とそうと刺突を繰り出した。


「ダムにぃ!」

「止まれマイ!」


 武闘派の女はマイを力ずくで引き剥がそうと駆け出した。警察官の男は氷を発射し足止めを狙った。同時に3つの脅威が襲いかかる。3人はマイの状況を理解していないが、長年戦闘に携わった手練だ。マイから発せられている殺意と雰囲気が彼女本人のものではない事を本能で理解していた。


「【IMAGINATION】それに【ENERGY BELIEVER】だ」


 けれども【WORLD】は常にラヴちゃんの戦闘を視ていた。参考材料は大量だ。火球を放てる鍵盤ハーモニカ、衝撃を加えられると電撃を放つランドセルが出現。【SAMURAI】は1度捨てる選択をとった。槍で弾かれるが同時に、火球を放ち氷と相打ち。溶ける事で周辺に水が散らばった。そしてそこにランドセルを投げ入れた。マイを含む4人が水に触れてしまっている。全員に電撃が走った。


「がぁっ……!」


 マイ以外の3人は強烈な電撃に対抗できず倒れ込む。しかしマイの身体は【WORLD】が無理やりに動かし、【SAMURAI】を拾ったうえでその場から離れた。【WORLD】に痛覚は存在しない。マイの五感はそのままで痛みも彼女が感じている。身体の主導権を取られているため痛みに喘ぐ事もできない。


「跪いていろ」


 ランドセルの【ENERGY BELIEVER】を回収する事なく進んでいく。既に建物内の人間は外に避難している。ダムラント達を救出しようとする人間はいない。3人は意識を失う事すら許されず電撃に苦しみ続ける事となった。


 

 *



「イーサン、お前を殺す」

「……は?」


 イーサンはふらつくドイルを支えながら歩いていた。タスクも隣に立っている。そんな彼ら3人の前に現れ唐突に殺害予告。マイの身体からラヴちゃんの声が出てきているというのも意味不明。


「マイ……? いや、パパには分かるよ。君はマイじゃない。【WORLD】か?」


 記憶を食べたラヴちゃんが死亡した事で、ドイルの失われた記憶も元に戻っていた。親の勘は鋭い。そして【WORLD】はドイルへの殺意はない。父親としてマイを想っていたこれまでの行動を、【WORLD】も見ていたから。


「お嬢様を苦しめた罰を、味わえ!!」


 マイの足が動いた。【SAMURAI】の切っ先をイーサンの脳天に差し向けた。


「【INSIDE】!」


 目の前にボートを出現させる事で盾代わりとし、ドイルは自らイーサンから離れ能力を行使する。もちろん、危害を加えず捕縛する物体を想像した。


「鉄の鎖だ」


 床から飛び出してきた鎖はマイに巻きつこうと回転しながら向かっていく。しかしそれも【SAMURAI】で弾かれてしまい、ドイルを無力化しようと更なる能力を解禁する。


「ならば『青色』の【OUTSIDE】だ」


 右翼が青く発光しマイの左手に現れた人形は、浴槽に浮かべて遊ぶ子供用の船の玩具。その【OUTSIDE】はドイルへと一直線、そしてマイはイーサンへと斬りかかる。【OUTSIDE】がドイルの周辺を飛び回ると、その残像は水となり具現化。水の檻を作り出し閉じ込めた。それでも自らの【WORLD】を使おうとしたが反応がない。


「能力が使えない……?」

「“閉じ込められた人間は檻の外への物理的干渉が不可能となる”能力、それが【OUTSIDE】!」


 この能力は【WORLD】が今になって作り上げた。マイに発現していなかったのは青色の他に水色と紫色、オレンジ色の3つ。都合の良い能力をいつでも作り出せるが、数には制限があるため慎重に考える必要がある。マイの身体だけでなく能力の権限、そして際限も全てが【WORLD】の意のまま。


「どういうことか、説明してよ」


 タスクも加勢し【FLAME TUSK】による斬撃と【INSIDE】の破壊能力がマイに迫る。対して風に乗り込み飛び退くと、睨み合う状況となり互いの足が止まった。


「お前達がお嬢様を苦しめた。特にイーサン。彼女を殺したことは決して許されるものではない」

「マイの付き人が死んでも抗ってきたのかと思ったが、そうでもないのか……? お前、ドイルさんの言う通り本当に【WORLD】だっていうのか」

「その通りだ。お嬢様は自死を願っているが、私がそれを許さない。私が倒されてしまえばお嬢様は死んでしまう。そして」


 明かされる事実。『人形の白』は世界の歯車の1つとなっている。それが壊れるとどうなるのか。


「世界中全ての人形ドールが消えてなくなる。お嬢様の命は未来永劫続いていかなくてはならない」

「……そうか」


 既に人形は現代社会に溶け込んでいる。交通、医療、研究、生活。それが一斉になくなれば世界がガタつく。だがイーサンにとっては甘い言葉でもあった。人形ドールから溢れる病によって彼の祖母は死にかけている。人形ドールの効果もなくなるのならば、マイを殺せば、祖母は助かる。


「俺が、相手だ」

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