第4話 白の反逆

「あぁ、そっか」


 全ての記憶を思い出したマイは、笑った。自らの愚かな人生を。自分のせいで他人が傷つき、苦しみ、死んだ。“死にたい”という願いだけではない。とてつもない責任感もマイを襲った。


「あなたの名前は」


 ラヴちゃん、と名乗る以前の名前も思い出した。他にはキーネやジャム等限られた人物だけが知る名前。知っている人物の中で生存しているのはマイだけだ。


「……ありがとう。ごめんね。私は、生まれてこなければよかったんだ」


 事切れたラヴちゃんを見て笑っていた。ロック達は理解できなかった。このたった一瞬で14年前までの出来事を思い出し、絶望したなど予想は不可能。ラヴちゃんが握っていた【SAMURAI】は真剣の状態のままで、マイはそれを手に取ると切っ先を自らの首に向けた。


「やめろ!!」


 状況は理解できなかったがマイの行動は理解できた。咄嗟に駆け寄りマイの両腕を掴んだロックは必死に制止する。


「死なせて! 死なせてよ!?」

「いきなり何言ってる!」

「私のせいで人が死ぬの! 赤の他人だけじゃなくて大切なみんなも! 私が死んだ方が……皆のためなの!!」


 マイのか弱い腕力ではロックには勝てない。刀から手を離したマイはアスファルトに思い切り頭をぶつけた。1回だけでは出血と共に意識が朦朧とするだけで、死には至らなかった。


「やめてよマイちゃん!」


 ナイアも加わり2人がかりでマイを取り抑えようとする。レイジは目の前の出来事に困惑し見ているだけ。


「なんやねん……なんなんや」


 突然にボロボロのラヴちゃんが現れ死亡し、今度はマイが死のうと暴れている。人の死に短期間のうちに出会い過ぎたレイジは動けない。


「いやなのもう! もう生きたくない……死なせてよ!!」


 数多の痛みと苦しみが混ざったものをマイは味わったようなもの。額からの出血がマイの顔面を汚す。涙と混ざり広がっていく様は美しくもあった。


「離してよ! やだっやだ……私の【WORLD】! 【STARS】を!」


 マイの声に応えた【WORLD】が現れたと同時に右翼が茶色に光る。岩石を呼び出す能力を持つ【STARS】がマイの身体に作用しロックとナイアを無理やりに引き剥がした。弾かれたロックの目に映ったのは、もう一度刀を手に取ったマイ。間に合わない、と悟ってしまった。それでも足は動いている。


「さよなら……これで、終わり」


 後悔はなかった。むしろ今まで生きてきたという事自体が後悔だ。それが消せると確信したマイだったが、刀を持った両手は首に刃が突き刺さる寸前で止められた。ロックでも、ナイアでも、レイジでもない何者かの手によって。


「え……な、んで」

「しにた、いだなんてい……わな、いで、でででで」


 世界で初めての事象。マイの手を止めたのは、他でもない【WORLD】だった。人形ドールが持ち主の意思に反して人語を発しながら動いた。ラヴちゃんの声を真似て声色は似ているがイントネーションは不正解。白鷺の足がマイの腕に食い込む。


「はじめ、て。マイいがいのね、がいを……かなえたいとおもった」


 モントは死の間際、イアとキーネの残留思念と意思疎通した。ラヴちゃんの残留思念も当然、この場にあった。多数の人物の記憶を取り込んだラヴちゃんの残留思念は特殊で、世界にとっての“不具合”を起こしてしまった。


「だから、いきて」


 ラヴちゃんは自分自身の意思すら希薄になっていた、はずだった。しかし最後の最期に明かした本音は心の底から想っていた願いだ。マイの記憶も取り込んでいたラヴちゃんの願い。“マイの気持ち”を最も理解する人間の願いを【WORLD】は聞き入れる事にした。愛する人を想った願いが、優しさによる悲劇を引き起こす。


 白の反逆が行われた。


「嫌だ! 死なせ───」


 そのマイの言葉は強制的に中断させられた。【WORLD】が一瞬の光に包まれると、その姿は消えマイの身体が跳ねた。まるで異物を飲み込んでしまった時の拒否反応のように。

 

「……マイ?」


 呆然としていたロック達。マイの瞼は閉じられ両手はだらんと垂れる。だが刀を持っていた両手に、力が入った。次に瞼が開けられた時、マイの瞳は白い部分が黒色に。黒い部分が白色となっていた。モントを乗っ取ったフルルと同じように【WORLD】は。


「ま違っているのは、かいの方だ。この世はたったひと、お嬢さまのためのものでなくてはいけない」


 無表情となったマイは話し始めた。その声はラヴちゃんと同じだった。


「わたしは全てを否ていする。お嬢様の人生のじゃ魔をする者を。死なせない。そのためならお嬢様の意思も否定する」


 後半からはラヴちゃんの声と全くの同一となる。彼女の愛が【WORLD】の有り様さえも変えてみせた。


「……イーサンだな。彼女を殺したのは」


 ラヴちゃんの死体を冷酷に見つめたマイ。いや【WORLD】は、発言通りに邪魔者を排除するため動き出す。さらにマイの背中からは右翼が生えた。飛ぶことはできないものの羽ばたき勢いをつけて走り出した。


「何が、なんなんだ」


 ロックの目でも捉えきれない程のスピードでマイは去っていった。マイが死ななかった事に一安心はしていたが【WORLD】の行動は意味不明。


「ラヴちゃんを殺したのはイーサン局長ってことだよね……だったら、復讐しに行ったの?」

「とにかく行くぞ! 俺達に出来ることは……それだけだ」


 駆け出すロックとナイア。少し遅れてレイジも走ったが、やはり彼は困惑したまま。


「【WORLD】にラヴちゃんの意識が移ったっていうんか!? それとも【WORLD】が真似てるんか!? ほんで、なんでマイを乗っ取って……そんなん人形ができるなんて聞いたことあらへんし……なんやねんほんまどうすればええ」

「……とにかく着いてきてくれ。もしマイが意識自体が残ってる状態だとまずい。マイも人を殺す感触を、味わうことになるかもしれないんだ」

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