第2話 追想『マインハブワールド』
段々と少女は馴染んでいった。なんらかの事情で親をなくした者や、親と一緒に居られない者。境遇の似た者同士で過ごすのは心地よいとも思えていた。
「写真……?」
少女はある日、マイの私物が置いてあるテーブルに目をやった。木製の写真立てには微笑ましい写真が飾ってあった。マイを真ん中に立たせ他の子供達が綺麗に横並び。
「いつか私も、同じように撮られるのかな」
写っている他の子供にやや嫉妬。それでも次にチャンスが訪れる事を祈りながら眺めていると。
「あれ?」
写真立てに入れた時にやってしまったのか、端の部分が少し折れていた。それだけでなく、写真の裏にもう1つ何かの写真がある事に気がつく。
「マイちゃんには悪いけど、見させてもらおうかな」
子供の好奇心はあらゆるものに勝る。写真立てから取り出そうと裏面を外した途端、予想以上の枚数の写真が溢れた。幸いテーブルの上に散らばるだけで落下はしない。
「わっ……こんなに?」
ひと目見ただけでも分かる異常。写真立ての中に限界まで詰められたその数30枚を、少女は1つずつ目に焼き付けていく。なんの変哲もない、ただの集合写真。しかし何枚も見ていくにつれ違和感に気づいた。
「……っ!? なんで、どうして?」
孤児院の子供と一緒に撮ったであろう写真。里親に引き取れられたり、新たに孤児院にやって来たりして人の入れ替わりが発生しているため、写っている顔ぶれはマイ以外は固定されていない。はず。
「この人だけマイちゃんと同じように、全部の写真に写ってる……?」
茶色の短髪をした男児だった。明るい笑顔がチャームポイントの彼はどうしてか、マイと共に全ての写真に姿が残っている。長い間引き取り先が見つかっていない可能性も少女は考えたが、それ以上に不審な点も見えた。外見だ。
数年前の写真ではその男児とマイの身長は同程度であったが、最新の写真ではマイの方が高い。複数の写真に写っている他の子供達と比べても、何故かその男児だけが成長していなかった。
「成長しずらい体質ってこと……? いや、でも」
不自然な男児の事を疑い始め、キリがなくなる。少女も実際に彼とは面識があった。とても親しいと言える間柄ではないが、生活を共にする仲間のはずだ。
「直接聞くのも……うーん」
男児には結局話しかける事すらできていなかった。そこで心に引っかかったモヤモヤを解消するため、少女は行動に出る。
「それじゃあお別れだね」
引き取り先の里親が見つかった子供がまた1人孤児院から居なくなる。今回はマイと同い年の女の子だった。彼女と一緒に、マイは近くにある病院へと謝礼を受け取りに向かう。少女がこの光景を目にするのは2回目。しかし異変に気づいた。例の男児の姿がなくなっている事に。このタイミングで居なくなる不自然さ。少女はすかさずマイの後を追う事にした。
「ちょっと外で、遊んできます」
玄関に立っていたキーネにそれだけを言い残し出ていった。引き止めはしない。
「……いってらっしゃい」
*
マイ達が向かっていったのは病院、そこに間違いはなかったが敷地内の地下駐車場に足を踏み入れていった。何故か正面の出入口から直接入らずに遠回りになるルートを選んでいた。そしてマイ達を先導していたのが、あの男児。彼は地下駐車場の入口で待ち構え、マイを見るなり言葉巧みに誘導してみせていた。
「謝礼の品はついさっき来たみたいで……この先にある車の中にあるんだ」
「そうなんだ、いこいこ」
あっさりとマイ、そして引き取り先が見つかった女の子の2人は口車に乗せられてしまい着いていく。
病院に先回りしていた少女はこの様子を地下駐車場にある車の陰から見ていた。近づいてきたため咄嗟に車の下に身を隠す。
(あの男の子も先回りしてきたってこと? とりあえず……何を考えてるのか観察しないと)
車の下から見える景色は細長く、視界は悪かったが見逃すまいと3人の足を見つめ続ける。男児の言葉通りなら謝礼の品を受け取り、引き取り先が見つかった女の子との別れが済めばマイは孤児院に帰るはず。
しかし現実は違っていた。黒塗りのスポーツカーの前で3人の歩みが止まった瞬間だった。突如としてスポーツカーの中から現れた黒装束の男2人が、マイと女の子の頭に紙袋を被せると慣れた手つきで両手も拘束。防音性も高く彼女達の悲鳴はあまり漏れ出さなかった。
「……っ!!」
「連れて行け」
見ているだけしかできない少女。そして男児は黒装束の男に命令をしていた。少女の不安が的中してしまった。この男児の企みの全貌は明らかになっていないが、止められなかった後悔に見舞われる。
スポーツカーのそばには無機質な地下への扉があり、そこにマイ達は連れ去られていった。気が気でない少女は無謀にも更に後を追う事を決心してしまう。ゆっくりと扉を開け、足音を立てないように侵入した。助けたい、という気持ちはあったがその方法なんてものは思い浮かんでいない。身体が自然と動いていた。明かりがある方へと壁伝いに向かっていくにつれ、悲鳴が聞こえてくる。マイのものだ。
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!! いやっ……いや! やめて! 助けてっ!」
早歩きで近づいた少女は恐る恐る覗き込む。黒装束の男達はそれぞれ凶器を選別していた。壁にかけられているそれは包丁やチェーンソー、手斧に槍とバリエーション豊か。簡素な木製の椅子に縛り付けられたマイと女の子の2人は震えながら叫んでいた。対して男児は冷酷に語りかける。
「これも『黒』に……フルルに対抗するための力を生み出すためだ。
“現時点で所持者が不在かつ、他の乗り物の姿をした
理解不能で早口な呟き。マイ達はもちろん、隠れて聞いていた少女も意味は分からず呼吸が荒くなるだけ。
「心配しなくてもいいんだマイ。君はいつも“死にたい”と思ってしまうけれど、その記憶は他の子に食べてもらえば良いからな。もっとも、縛り付けてるから死にたいと思っても死ねない廃人になる訳だけど。さぁ次の願望をしてもらう。治療系の能力はとりあえず数を用意しておきたいんだよ」
次の瞬間、チェーンソーの重く鈍い起動音が響いた。耐えきれず少女は耳を塞ぎながらその場を後にした。意図は理解できなかったが、何が始まるのかは理解できてしまったから。幸いにも足音はかき消される。塞いでいる少女の耳にも入り込む、チェーンソーで何かの肉が切断される音とマイの悲鳴。聞こえない場所まで逃れようと地下駐車場まで戻った、その時。
「……あ」
扉を開けると目の前に立っていた。見慣れた人物。院長のキーネ。なぜキーネがここに来ているのか。あの男児と繋がっている可能性が少女の脳裏に過ぎる。
「見たんだね。あれを」
推測通りの言葉を放ったキーネ。笑わない真顔のままでしゃがむと、少女と同じ目線になり見つめ合う。
殺される。自分も同じように。
しかし覚悟した少女の耳に入ったのは、意外な言葉だった。
「……どう思う? 彼女を、マイを助けたいと思う?」
「え?」
子供に優しく語りかける、まるで親のような声色。少女は黙りながらも自らの思考に従った。軽く頷くとキーネは立ち上がり、一息ついた後に背を向ける。
「ひとまず帰りましょう。君には全部話してあげるから。これからどうするかはその後考えて」
歩き出したキーネに少女は着いていく。帰るまでの道中で、事の発端や経緯が明かされた。
“奴ら”が来たのはマイが『人形の白』を手にした直後。キーネ自身も脅され、渋々従っていたとの事。奴らは何かの目的のためにマイの持つ力を利用し、理想の
“人体の一部やその人物の
最初に“記憶をなくしたい”と強く感じた事による影響か、この能力がマイ自身に発現してしまったため以後も証拠の隠滅方法として悪用され続けていた、と。ただしこの力も完璧ではなかった。記憶を取り込んだ物体や人物が“壊れる”と、記憶は元の人物の元へ戻っていく。死にたいとまで強く願った記憶を取り込んだ人間は自らの命を絶とうと全力を尽くす。縛り付けた上に舌を噛みちぎらないよう固定したとしても餓死というタイムリミットがある。無理やりに栄養を与え続けるとコストがかかり、マイを連れ去る口実も毎回新しく作らなければならない。
そこで引き取り先が見つかったと騙し子供を連れ去った後、毎回『交換』を行っていた。マイの記憶を封じ込めておくための器の交換。つまり孤児院の子供達はずっと前から、使い捨ての道具として集められ育てられていた。
「ここの孤児院に居る子達は、マイが救助してきた子……奴らが言うには“元々マイが助けなきゃ死んでたガキだから好きに扱っていい”……酷い言い分だよね」
キーネの歩幅が狭くなっていき少女と並ぶ。
「……君は、どうしたい?」
「私は────助けたい。例え他の全部を壊してもいいから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます