第11章 優しい、偽り
第1話 追想『マイラヴワールド』
これは、愛を手にするまでの記憶。愛を名乗るまでの記憶。
その日は土砂降りだった。道路は激しく濡れ、車両で走行する際は速度を落とし交通状況を注意深く観察しなければならない。それだけであれば悲劇は起きなかった。発生した土砂崩れによって山に面していた道路は茶色く染まる。通行していた1台の自動車は巻き込まれ、無慈悲にも生き埋めの状態となってしまっていた。
幼い少女はそこでたった1人。三日三晩を過ごしていた。
(からだ、うごかない……)
抜け落ちたオレンジ色の髪が黒いシートを彩る。彼女が座っているのは後部座席で、両親が座っていた運転席と助手席は巨大な岩石に潰されていた。所持していた少量の食料が尽きた後は、足元に流れて来ていた両親のものと思われる血を飲んだ事もあった。喉の乾きが増すだけだった。
(ここでしぬんだ……)
少女は既に諦めていた。外部に助けを求める通信機器は持っておらず、自身の
絶望のどん底まで堕ち、このまま苦しく餓死を待つだけ。そう覚悟している少女だったが、どこからか何者かの声が聞こえた。当初はただの幻聴だと感じていたがその声はどんどん近づいてくる。
「……誰か、いるの!?」
同年代の幼い声。ついに助けが来たのだと理解した少女は身体の奥底からエネルギーが溢れ、窓をめいっぱい叩いた。残っていた最後の力を振り絞る。
「いる! いるんだね!? ならもっと……【STARS】で岩をどかさないと」
段々とその声が透き通って聞こえてくると、ついに少女が叩いていた窓に光が射した。土や岩が取り払われ救いの手が差し伸べれられる。
少女にはそれが、天使。女神。
「この手を掴んで!」
それ以上に神々しい存在として映った。白い髪に白い服。ドアを勢いよく開き、白鷺の【WORLD】と並んで右手を差し伸べてきた笑顔の女の子、マイだ。少女は手を掴んだ瞬間、安心感と疲労感で意識を失った。
*
次に少女が目覚めたのは孤児院のベッド。自分の家のものより暖かく柔らかい毛布に包まれ、しばらくは呆然としたまま天井を見つめていた。記憶は曖昧で、現状をなんとなく把握はできても何か行動を起こせる訳ではなかった。
「助けられた? あの子、に」
であれば、いずれこの部屋に様子を見に来てくれると確信し少女は再び呆然とする。長い間眠っていたせいで眠気はない。両親の死については既に吹っ切れ、涙は出ていなかった。3日前、事故に巻き込まれた直後には泣きわめいたがそれ以降は生きながらえる事に執着していたから。
そして今は、助けてくれたあの女の子にお礼を言いたい。そう思っていた。
「起きてる? 起きてる! 起きてるー!!」
扉を叩いて開けたマイが部屋に飛び込んできた。無事に意識を取り戻した事に安堵、はしゃいでいる。
「私はマイ! すごい土砂崩れが起きたって聞いたから、巻き込まれた人がいるんじゃないかって探してたんだ。よかった……ちゃんと生きてる。私の
「あ……ありがと」
底抜けの優しさを持つ者だと、ひと目でわかる態度と言葉遣い。対して少女は申し訳程度の礼しか言えていなかった。
「しばらくはこの孤児院で暮らしなよ! 引き取ってくれる人が見つかるまで、一緒に過ごそ?」
顔を近づけ、肩も掴まれ拒否権はなかった。見つめ合い少女は頷く。
「うん……よろしく」
「よろしくね! あっそうだ、まだ名前聞いてなかったよね、なんて名前なの?」
「あ、私は────」
どこにでもあるようなありふれた名前。1度見たり聞いたりしただけでは記憶には残らない名前。マイをはじめとする限られた人物しか知り得ていない名前だ。
*
「それじゃあお別れだね」
翌日の事。孤児院の玄関で、マイが悲しそうに少年へと声をかけた。ここに住んでいる他の子供達や勤務している職員も勢揃い。里親が見つかり見送りの最中。だがマイも一緒になって出ていった。
「あの、なんでマイちゃんも着いていくんですか」
オレンジ色の髪をいじりながら、少女は隣に立っている院長へと質問した。60代と見て取れる女性院長キーネ。しかしながら彼女は一瞬だけ返答に困ったように指を唇に添えた。
「……マイちゃんは特別なの。事故や災害に遭った子供達を救助していて、その中でも親をなくした子をこの孤児院に入所させてる。そのおかげか近くにある病院から色々と謝礼を貰えたりしてるから、取りに行ってるの」
「そうなんですか」
まだ11歳の子供だというのに、マイは救助活動に精を出し実際に成果も上げている。謝礼も貰えるのは当然、と言った様子のキーネだったが、少女は疑いを持った。
(なんだろ、どこか……“嘘”っぽい?)
この時は想像もしていなかった。マイの行動に結びついている残酷な真実。
*
それから、少女はマイとの交流を深めていった。命の恩人であるマイとの2人きりの会話。テーブルにトランプを並べ、神経衰弱を行いながらの雑談だ。
「私は今がすっごく幸せなの。ママはすぐに死んじゃって、パパともたまにしか会えないけど……ここで皆と過ごせるから寂しくない。
マイが表向きにしたカードはクラブの5とスペードの2。
「そうなんだ……マイちゃんが来なかったら私は死んでたし、何か恩返しはしたいと思ってるけど──あ」
少女が表向きにしたカードはハートの2。直前にマイが触れていたカードに手を伸ばし、スペードの2を表向きにすると一緒に回収した。マイは両頬を膨らませてしまう。
「……ごめんね? だけどまだ始まったばっかりじゃん」
「出鼻くじかれた感じ~……やり返してやるんだから!」
マイの記憶力はあまりよろしくなく、惨敗の結果で終わってしまった。
数日後、自然公園でのバーベキューを行う事となり少女はそこでもマイのそばから離れる事はなかった。とはいえ孤児院の子供は全員がマイに命を救われた経験があるため、マイを中心として物事が進んでいく。1対1で話す機会はほとんどない。
「マイちゃん! いちばん最初に食べていいからね!」
「待て、マイに食べさせるのはオレだ!」
「いや女の子同士の方がいいでしょ〜?」
ほとんどの子供達がマイのために何かをしようとしている。みんなしてマイを持ち上げているようなその光景に、少女は若干の違和感を覚えた。
(皆の命の恩人だからって、こんなにチヤホヤされるものなの?)
1人だけ輪に入れず、木陰から様子を見ているだけの少女にキーネが近づいた。
「君も、すぐに“同じように”なると思うよ」
「……え?」
そう言ってキーネは手を繋ぎ引っ張った。強制的にマイの近くに連れてこられる。マイのそばに居る事自体は悪くない、といつの間にか少女は“思っていた”。
「おなじかまのめしをたべて……って言うのかな! 仲良くしよっ。
マイの無垢な笑顔に少女は魅了された。胸の奥底から突如として表面化したマイへの想いは暖かく、彼女を視界に入れているだけで幸せの感情が溢れる。明らかに異常な出来事ではあるが、少女の違和感も自然と流れ去ってしまう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます