第5話 弾劾

 鉤爪および左腕をなくしている状態だが、それでもラヴちゃんへの警戒は弱めてはならない。腕の欠損だけでなく、フルルとの戦闘で負った傷もあるというのに平然と活動を続ける彼女は異常。


「あなたがた2人に負けるつもりはございません」


 フルルという未知なる強大な存在と比べれば、イーサンとタスクは既知の格下。そう捉えるラヴちゃんは余裕を持って迎撃を始める。


「舐め過ぎでしょ」


 しかしタスクの方も今までとは違う、底力を見せようと意気込んだ。ここは先程の廃工場とは違い、壁は強固で駆け回っても壊れる心配はない。そして建物自体も大きくタスクとの相性が良いフィールドだ。

 高く跳躍し足を天井にまで触れさせると、自らへの重力を操作し天井を走る。小回りの利くタスクが上から奇襲し、イーサンへの対処を難しくする作戦だ。

 対するラヴちゃんは赤い鍵盤ハーモニカの【IMAGINATION】で音を刻む。高速の火球でタスクを撃ち落とそうと企てた。しかしイーサンへの警戒にも意識を割いているため、動き回るタスクにはなかなか当てれられない。


「すぐにでも決着つけてやる!」


【INSIDE】を更に加速させたイーサン。自分だけでなくタスクに怪我を負わせないようにするために素早く勝負を決めようとしていた。


「イーサン様にはあまり近づかれたくないですね」


 するとラヴちゃんは背負っていたランドセル【ENERGY BELIEVER】を床に落とし、思い切り踏みつけた。溢れる電撃は地を這うようにしてイーサンの元へと向かう。咄嗟に減速してから進路を変えざるをえなくなり、遠回りの形になってしまう。


「今のうちに」

「やばっ」


 速度を落とし、代わりに追尾性能を上昇させた火球を2つ放った。避けきれずタスクの腹部と背中に直撃。まともな受け身も取れないまま床に墜落した。


「タスク!?」

「他人の心配をしている場合ではありませんよ」


 勝ち誇った笑みを浮かべ、ラヴちゃんはイーサンにも火球を放つ。水の壁を生成する事によって防御には成功したが、すぐさまタスクの救助をしなければと彼は焦る。だが無理に行動し2人とも倒されてしまえば元も子もない。幸いラヴちゃんはイーサンへ全力を出そうとしている様子でタスクへの追撃の気配はない。


「そんなに俺が怖いのか!」

「見え見えの挑発ですね。けれどあながち間違ってはいません。あなたの破壊能力は何よりも最優先で警戒しなくてはいけませんので」


 船首に触れるだけで敗北が確定するようなもの。タスクの方は簡単に対処できるといった態度で、やはり舐めている。


「……!」


 するとイーサンは何かに気づいたかのように、一瞬だけ目を見開くとラヴちゃんへと一直線。唐突な突撃に彼女も狼狽えた。


「なにを……? 真正面から来るなんて」


 たった数秒のこの硬直が勝敗を分ける。倒れていたタスクが、なんらかの物体を拾ってイーサンへ投げつけた。それはラヴちゃんの頭上を通り、視界にも入る。


「それはっ!?」

「使わせてもらうぞ!」


 先程もげたラヴちゃんの左腕と傷だらけの鉤爪【LIONS】だった。【INSIDE】の船首にこれが着地した瞬間、破壊能力が発動。鋭利な鉤爪がバラバラに破壊されるとともに破裂。まるで割れたガラスのようにラヴちゃんの身体に突き刺さっていく。これには流石のラヴちゃんもひとたまりもない。


「あっ……ぐあっ」


 首や胸、腹や足にも深く突き刺さった。だが攻撃はとどまらない。隙を見逃さずイーサンも向かった。今のラヴちゃんの身体を破壊してしまえば命すら奪うかもしれない。しかしそうでもしなければ彼女は止まる気配がない。


「覚悟しろマイの付き人……!」


 イーサンは他人のために他人を殺せる人間。ダムラントがそう評した通り、減速せずにラヴちゃんに突っ込んだ。下腹部に船首が触れた途端、内蔵が弾ける音と同時に派手に吹き飛ぶ。壁に叩きつけられ、血痕を残しながら床に崩れ落ちた。


「……やったね、イーサン」


 立ち上がったタスクが、ため息を吐きながら微笑みを向ける。常人であれば即死は確実であろう傷を負わせ、勝利を確信していたが。ラヴちゃんもゆっくりと立ち上がった。


「わたくしは……死ぬ訳にはいかないのですよ」

「おいおい……まだやれるってのかよ」


 目は半開きで息も荒い。全身から血を流している様子からして、傷の進行を止める【REVIVE】も使用できないほどに疲弊しきっているというのに。彼女は足掻いていた。さらに口から血を吐きながら叫ぶ。


「だから、死んでくださいよ! わたくしとお嬢様の邪魔をする者はこの世界には、いらない!!」


 明らかに余裕がなくなっている。自分の命が潰えようとしている実感が湧いているようだった。


「嫌だ……嫌だ死にたくないぃっ! どうして、どうしてなのっ!? どうして“私達”はこんなにも……世界に嫌われているの!?」

「……衝撃で頭おかしくなっちゃった?」


 威厳も捨て去り脈略のない言葉をひたすらに叫び続ける。タスクも呆れ気味に、もはや心配すらし始める。


「お、お嬢様……お嬢様。あぁそうだ、お嬢様に」


 震える手でスマートフォンを取り出し、マイへの通話を試みた。


「マイのところに逃げるつもりか? だがロック達も一緒に居るぞ? 逃げ場なんて、ない」


 イーサンは忠告をしたが、それでもラヴちゃんはマイとの通話を繋いだ。マイはすぐに電話に出たようで、ラヴちゃんは慌ただしく喋る。


「もしもしそちらはどうですか? わたくしは……まだ、生きたい……!!」


 オレンジ色の光に包まれたラヴちゃん。あっという間に彼女の身体は消え去り瞬間移動。イーサンとタスクが止める時間もないほどの素早い出来事だった。


「……あの傷じゃ長くはもたないよね」

「あぁ。俺が殺したってことになる。ロック達がどうするかは分からないが……これで全部、終わったんだ」

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