第6話 世界で一番、愛しています
世界政府本部の駐車場に、レイジの軽トラが前向き駐車する。停止した直後に運転席からレイジが飛び出た。最も急いでいるのはやはり彼で、追うようにロック、ナイア、マイも荷台から降りた。
「今度こそ会えるんだよね、ラヴちゃん……」
自分に言い聞かせるマイは俯き、目眩を覚えながらも前を走る3人についていく。心の痛みは増していき歯も食いしばっていた。
次の瞬間、そんな彼女に追い討ちをかける耳障りな音が鳴り響く。マイのスマートフォンからだ。小さく震える手に握られたその画面を見てマイは叫ぶ。
「ラヴちゃんから!?」
「え、ほんとに!?」
「……どうする?」
他の3人も驚き、立ち止まって振り向くと臨戦態勢に入った。ラヴちゃんが能力で瞬間移動してくる可能性があったからだ。それでもレイジは催促する。
「マイ、電話に出てくれや」
「……いい、の?」
「はよ……やれ言うとるやろが」
レイジの静かな怒りに圧された。今の彼を真正面から止められる者は少ない。レイジの右手にはバールが出現し、マイの小さな身体が跳ねる。
「わかった……」
電話に出ればラヴちゃんに会えるかもしれないが、そうなれば戦闘が始まってしまう。しかラヴちゃんに真意を問いたいという欲望もある。結局、言われるがままに応答の文字を押した。
「もしもし、ラヴちゃん……?」
「もしもしそちらはどうですか? わたくしは……まだ、生きたい……!!」
今までに聞いた事のない、ラヴちゃんの震えた声がマイの耳に入る。そして【LOVE CALL】の能力が発動、オレンジ色の光と共にラヴちゃんがマイに覆い被さる形で現れた。彼女の後ろ姿を目にしたレイジはバールを振り上げ、襲いかかろうとしたが。
ラヴちゃんの姿を見た途端にピタリと止まった。
「ラヴ、ちゃん……血が、こんなに」
マイの白い髪と服を赤く汚す。全身に鉤爪の破片が刺さり多量の出血をもたらしていた。そして腹部には更なる惨状が表れている。【INSIDE】の能力はジワジワと内部から破壊する力。上半身と下半身が今にもちぎれそうになるほどに、皮膚や血管、内蔵が破壊され続けていた。破裂しマイの頬に血が飛び散る。
「レイジ、お前……」
バールを持つレイジの手を掴んだロックは顔色を伺った。驚いている。『ぶっ飛ばす』と宣言した相手が、瀕死の状態で現れた事で絶好の機会ではあったが、レイジが望んだような形ではない。真正面からぶつかり、砕けようとしていたのに。
この場でラヴちゃんを襲ってしまえば、否定する事となる。自分の事を“優しく明るい”と言ってくれたモントを。マイの目の前でラヴちゃんを殺すなんて行為は、明るさや優しさからは程遠い。
「お嬢様……あぁ、泣かないでください……」
「やだ、やだよ…………無理だよ! お願いラヴちゃん死なないで……っ!」
涙を流しながら。激しく頭を横に振ってマイは拒否した。自らの膝にラヴちゃんの頭を乗せ、見つめ合えば見つめ合うほど現実を突きつけられる。ラヴちゃんの瞳から色が消えていく。
「死にたく、ない……! でも、あぁ」
ラヴちゃんは諦めてしまったのか声も弱くなっていった。願望をただ口に出し続ける。
「お願いが、あるんです」
「え……?」
マイは現実から目を背けたかったというのに、愛する者からは目を離せなかった。2人のやり取りは誰にも邪魔できないもの。
「こんな立場で、願望を……言うことをお許しください」
「あ……え?」
両者の視界は涙で歪んでいた。マイの感情はそれ以上に歪み始めてしまう。ラヴちゃんとの最後の会話。願望を聞き入れたい心と、死を受け入れたくない心。混ざり合い自分の気持ちすら分からなくなってしまう。
「どうか、どうか……!」
伸ばされたラヴちゃんの右手。これに応えようと、手を繋ごうとマイも手を差し伸べる。しかし現実は非情過ぎた。あと少しで触れる、その瞬間にラヴちゃんの全身から力が抜け。叶わなかった。
「ラヴ、ちゃん……」
「お願い……します、どうか──」
ラヴちゃんの瞼が閉じようとしていた。最後の瞬間に残された力でマイに言い遺す言葉。懺悔にも近い、過去の悪行を苦しく絞り出して言うように。
「もう“死にたい”だなんて、言わないで……!」
それが彼女の最後の言葉だった。マイは理解できなかった。死にたいだなんて思っていなかったからだ。今の気持ちは、ラヴちゃんに死んでほしくないその一心のみのはず。その気持ちも虚しくラヴちゃんは目を閉じて動かなくなった。
「ラヴちゃ────」
大粒の涙が溢れ出した瞬間。何故か、記憶を、マイは忌まわしき記憶を、昨日の事のように思い出した。
2日前、イーサンがマイのマフラーを壊した時もそうだった。“何か”が壊れるとマイの記憶は呼び起こされる。今回はラヴちゃんが死……壊れた。
そしてラヴちゃんは他人の記憶を食べ、取り込む事が出来ていた。マフラーも同じようにマイの記憶を取り込んでいたと見て取れる。そして壊れると返却するかのようにマイへと記憶が戻った。ではラヴちゃんの命が潰え、壊れた時。やはり同じように記憶が戻る。
ラヴちゃんは、過去にマイの記憶を食べていた。
マフラーに内包されていた記憶とは桁違いの“時間”がラヴちゃんには詰まっていた。マイが“死にたい”と言った、封じられていた記憶。マイは鮮明に思い出す。
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