第4話 お食べになって
室内であるために、イーサンは速度を控えめにして【INSIDE】を操縦していた。ドイルの白人形が出現した事による動揺はここで働いている職員達にも広がっていて、すぐに止まれる速度でなければ飛び出しからの事故に繋がりかねない。
「次の角は右ね……もっと、急いでよ」
「無茶言うな! お前みたいな怪我人乗せといて、これ以上スピード出すわけないだろ」
急かしたタスクだったがイーサンの優しさを浴びると大人しくなった。確かにタスクは頭だけでなく首や背中からも血を流していた。身体を動かすのには不自由ない程度ではあるものの、見ただけで心配の念を抱く出血量。
「……保安局で働いてみるつもりはないか?」
「は? いきなりなに?」
「お前職歴ないんだろ? 今からでも公務員になれる可能性があるって言ってんだ。まぁこれを提案してきたのは……モントなんだけどな」
「そっ、か。モントが……ウチのこと考えてくれて?」
「そうらしい」
ある意味、モントがタスクに遺した最後の言葉だった。タスクには断る選択肢など、職歴と同様になかった。
「わかった。甘えさせてもらうよ」
「珍しく素直になってくれたな」
「……うるさい」
イーサンの頭を軽く殴ったタスク。感謝の意も兼ねている事はイーサンも感じた。信頼の感情は十分に築けていたが、時間が経てば経つほど不安も増していった。ラヴちゃんのものと思われる斬撃の音が響いてくる。
「あいつ……!」
角を曲がったイーサン達の目に入ったのは、ドイルの白人形達を斬り倒すラヴちゃんの姿だった。執拗に腕を狙って斬撃を入れている。彼女も近づいてきたイーサン達に気がつくと、1体の白人形を捕まえながら首を傾げた。
「イーサン様……? あなたは高速道路に飛ばされたはずでは」
「残念ながら、全てがお前の思い通りにはいかなったってことだ」
ラディの裏切りについては話さない。ラヴちゃんの思考に謎を残したまま、タスクはボートから飛び降り睨み合う。左腕をなくしているにもかかわらず、ラヴちゃんの威圧感はそのまま。出血は【REVIVE】で止めていた。
「あんたを倒して『MINE』を終わらせる。今のウチにできることはそれくらい……モントのためにも」
「確かにこれは想定外。ですが」
捕まえたままの白人形をラヴちゃんは持ち上げた。そして斬撃を与え続けていた腕を思い切り引っ張ってちぎり、手の部分を持つと口の中に放り込んだ。突然の、
「これでドイル様の記憶の一部が、わたくしの中に」
あまり良い味ではなかったようで、苦い表情を浮かべていたもののラヴちゃんにとって良い状況が出来上がっていく。ドイルの白人形の全てが動きを止めた。
「どういうことだ!? まさかそれで」
「ええ。わたくしはこうやって人間、または
するとラヴちゃんの後方からは頭を右手で抑えるドイルがやってきた。記憶の一部を失い、困惑のまま質問する。
「いったい、これは……どうしてラヴちゃんの左腕がなくなってて、イーサンとタスクがここに……?」
直近の出来事を忘れたことでラヴちゃんの敵が1人減った。それでも疑いは相変わらずラヴちゃんに向けられている。再びドイルと対峙してしまっては勝ち目がないと判断し、お得意の嘘を披露。
「おふたりはお嬢様とわたくしを深く傷つけました……未だ『MINE』に従っているタスクに、イーサン様は弱みを握られているようでして。ここで倒します。ドイル様は見ているだけで結構ですので」
助力を拒否し、手に持っている刀剣をイーサン達2人の方に向けた。左腕を失ったとはいえ、負けるつもりは毛頭ないようで口角を上げている。
「気をつけろよタスク。あいつは」
「知ってる。さっきまで戦ってたし」
力量差を理解している2人は唾を飲み込んだ。タスクはラヴちゃんの本気を見ており、彼女が扱う
「あの刀剣は説明いらないね。鉤爪はなくなってるみたいだけど、あの鍵盤ハーモニカからは火の玉が出てくる。それにランドセルは衝撃を与えると電撃が溢れてくる。できるだけ正面から戦わなきゃいけない」
「正面か……俺の【INSIDE】を当てる隙、なんとかして作れないか?」
「頑張ってみるけど……もしウチがやられても、気を取られないようにね」
「……は? おいそれ、どういう意味──」
話が終わる前にタスクは走り出した。彼女がやろうとしているおおよその事はイーサンにも予想ができる。自らを犠牲にしてでもイーサンの攻撃を当てる隙を作る。
「ふさげるなよ……俺がそんなこと見過ごせない奴だって、お前でも分かるだろ」
“付き合いの長い人間でなくとも数日間イーサンという存在を見れば、捨て身の行為を咎める人柄だと推測できるはず”
そうダムラントに言われていた事を思い出していた。それでもタスクがこうして動いている。ラヴちゃんはそれほどまでに脅威の存在なのだとイーサンも覚悟した。
「……似てるよな、お前はモントに。自分を卑下したような行動をして。ますますお前を見捨てるような選択は取れなくなってきた」
イーサンもボートを操縦し、追った。タスクを死なせないために。確かに情は移っていた。イーサン自身もそれを理解していた。
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