第3話 愛を乗せた天秤
なだれ込んでくる白人形を次々に切り裂いていくのはラヴちゃん。フルルとの戦闘で負った左腕の傷を庇いながら、それでも新しい傷を増やす事なく易々と倒し続けている。だが大元のドイルを倒さなければ白人形に限界はない。そしてラヴちゃんとドイルはお互いに殺意もない。
「数年前までは、こうやって訓練を行っていたね。始めたばかりのあの頃とは見違えた強さになって……私としても誇らしいよ」
「結局、ドイル様を超える事はできなかったのですが。今ここで乗り越えます」
「……どうしてそこまでタスクに執着する? マイが傷つけられた、というなら私にもとっくに話しているはず。何か言えない理由があるんだよね?」
「ええ。ドイル様には関係のない話でございます。なので道を開けてくださるとありがたいのですよ」
一定の呼吸を刻み、リズム良く刀剣を振るっていた。ラヴちゃんにとってドイルの白人形の動きは見飽きた程に慣れているもので、話しながらでも対応はできている。しかしドイルの背後の通路から慌てて駆けつける警備員が10名。騒ぎを見逃さずやって来ていた。
「ドイル総長! これはいったい……」
「力を貸してほしい。ラヴちゃんをどうにかして落ち着かせたいんだ。私も詳しいことはよく分からないけど、いつもとは様子が違う」
警備員達はドイルの態度もまた違っている事に気づく。普段の彼は良くも悪くも気楽な振る舞いだった。そんな彼が真顔で助けを求めている。警備員達は気を引き締めそれぞれの
「わたくしは、あなた方の命までは奪いません。ですが相当な痛みを与え……諦めてもらうことにします」
ラヴちゃんは一筋縄ではいかない実力者だと、本人以上に警備員の全員が理解していた。けれども左腕をはじめとした身体の傷がある事や、ドイルの援護も含めると頭数の差によって追い込めると踏んでいた。そこに誤算があるとも知らずに。ラヴちゃんが本気の戦いを見せたのはつい先程が初めて。フルル──ただの人間では抵抗する事さえできない彼の力に食いついていたラヴちゃんの本気を知らない。
一斉に全員で飛び込んだ警備員達。剣や斧といった直感的に武器として振るえる
だがラヴちゃんの迎撃は予想以上に鋭く素早かった。刀剣で武器を持つ腕を斬り、串を弾き、鍵盤ハーモニカから放たれる火球で近づかずに各個撃破していく。命に別状はないであろう攻撃を繰り返し、体力と根気を奪い続ける。それがラヴちゃんの選んだ戦い方だった。
「ラヴちゃん……私自らがやるしかないみたいだね」
傷ついていく警備員達を助けるべく、ドイルは白人形を操り彼らを前線から引き剥がした。ドイルからしてみれば、今のラヴちゃんを通す訳にいかず話し合いの場を設けたいところだったが。戦う事でしか隠された真意は得られないと思い切った。
「ドイル様にも容赦はしません。全てはお嬢様のため……できるだけ傷は付けずにあなたを倒します」
「自信満々に言い切るね。どうしてタスクを殺すことがマイのためになるのか、こちらも必ず聞き出すと宣言しようか」
笑ったドイルは刺股を両手で握る。殺傷力のない武器であるにもかかわらずラヴちゃんへの勝利宣言。警備員達は心配そうに見守る事しかできていない。
走り出したのはラヴちゃんの方だった。対するドイルは白人形50体に円陣を組ませると高速回転をさせ始める。通常ならば殺傷力のない刺股が、この回転ならばまるで巨大なチェーンソーにもなり得る。
「……わたくしを殺す気ですか?」
「ラヴちゃんなら、これくらいは大丈夫と思って」
「その通りですが」
意外そうな声色を出している。ただしやる気も呼び寄せてしまったようで、ラヴちゃんが駆け出すとその速度はドイルの目にも追えないほどに。気づいた時には天井に頭が付きそうなほどに跳躍していた。そしてドイルも分かっていた。巨大な円陣の隙は、その中心なのだと。
(きっとラヴちゃんは飛び上がった後、空いている円の中心に着地。直後に再び飛び上がり、私へ攻撃してくるはずだ)
現に刺股は円の外側に向けている。咄嗟に内側に向ける事は不可能で、投げたとしても反対側の白人形を攻撃してしまう。
「でもねラヴちゃん。私も鍛えてはいたんだよ」
「……っ!?」
ラヴちゃんが着地する直前。円陣はそれぞれ10体が形成する5つの円陣に分かれた。流石のラヴちゃんでも空中での移動など不可能。着地の瞬間、5つの円陣は一斉にラヴちゃんへと向かっていく。
「前よりも細かく操作できるようになったんだ」
もちろん、ラヴちゃんに刺股が届く寸前で動きは止めようとドイルは考えていた。白人形で囲む事で動きを止めた後にじっくりと真意を聞き出そうとしていた。
だがラヴちゃんは予想外の行動に出る。フルルとの戦闘で傷つき、先程からも使っていなかった左腕を円陣に突っ込んだ。あっという間に左手はぐちゃぐちゃに弾け、付けていた鉤爪は回転に巻き込まれると──吹き飛ぶ。
「何をっ」
動揺したドイルへと回転の勢いが乗った鉤爪が向かう。ラヴちゃんの指が持ち手に備わったまま。前転する事で回避には成功したが、顔を上げたドイルの目の前にラヴちゃんは迫っていた。
「これがわたくしの覚悟です」
鍵盤ハーモニカから創られた火球がラヴちゃんのつま先に乗せられた。サッカーボールを蹴る形で、火球と蹴りがドイルの腹部に入れられる。
「……ガハっ」
ドイルは侮っていた。ラヴちゃんがここまで覚悟を決めていたとは思っていなかった。唾を吐きながら倒れうずくまる。しかし意識は失っておらず、白人形達は相変わらずラヴちゃんを睨んでいた。
「これらを蹴散らしながらのタスクの追跡……ですか」
左腕をなくしたハンデは大きい。
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