第6話 反撃の狼煙

「ダメだよ、ロック……」


 反射的に声が漏れたナイア。弱々しい彼女の想いは2人の耳にも入っている。するとナイドが馬鹿にするように笑った。


「僕の妹は君よりもずっと優しいみたいだ」

「ナイア……こいつを死なせたくないなら、俺に殺させたくないなら、全力で止めてくれ……!」


 自分では感情をコントロールできないと分かりきってしまったロックは叫びながらアクセルを回した。加速するバイクに対し、今回ナイドは受け止めようとはせず回避を選んだ。この廃工場の敷地内にはコンテナやフェンスもある。細かい方向転換を苦手とする【ROCKING’OUT】への対策として有効なものを狙った。


「ハンデを用意してくれるなんてね」


 錆び付いた白いコンテナに登ったナイド。バイクの突進は届かない場所だが氷柱は変わらず有効だ。コンテナの上では氷柱を避けるにも足場の余裕が少ない。メリット・デメリットは釣り合っているように見えているが、ナイドは妹の言動も見てこの判断に動いた。


「来なよロック」


 あからさまな挑発にロックは黙ったまま5つの氷柱を出現させ放った。ナイドは自らの左半身を【MIDNIGHTER】の影に隠し盾代わりにした。そのまま右手に持つブッチャーナイフで氷柱を弾く。

 ロックの氷柱だけであれば、いくらでも防ぎようはある。ナイアの車輪が加われば被弾は確実であるが、今の彼女は攻撃の意思に迷いが生じており、こうしてコンテナの上に居る事がナイドにとって有利に働いていた。


「それじゃあこっちからも仕掛けようか」


【MIDNIGHTER】の口が光り始め、弾丸の1発が放たれた。



 *



 廃工場のすぐそばで軽トラを停車させていたレイジ。金属同士がぶつかるような音や発砲音も彼の耳に届いている。状況を確認しに行きたいところだったが隣の助手席で眠るマイを放っておく訳にもいかず、迷いに迷っていた。


「せめてマイが起きとったらな~……」


 寝息を立てるマイの姿は可憐で美しい。優しく肩を揺らしても起きる気配すらなかったため、諦めて寝かせていた。

 発砲音が聞こえるという事は、明らかにナイドとの戦闘が行われているという事。それでもこの場から動けない事にレイジは苛立ち貧乏ゆすりが激しくなる。ハンドルに顔を埋め唸り始めた。


「イーサン局長やダムラントさんもおるんやし、仮にラヴちゃんが『MINE』のリーダーだったとしてナイドといっぺんに襲ってきても大丈夫……なんかなぁ」


 頼りになる大人2人は既に術中にはまり瞬間移動させられてしまったと気づける訳もなく。穏やかな顔でマイを見つめていたその時、運転席の窓ガラスを叩かれた。


「ん? 誰やぁ──」


 振り向いたレイジと窓ガラス越しに目を合わせた人物は。『MINE』の一員、ラディだった。彼にしては珍しく眉間にシワを寄せて厳しい表情。


「ラディ!? なんで俺んとこに!」


 咄嗟にマイを庇うように腕を伸ばしたレイジ。だがラディの発言は意外過ぎるもの。


「協力してほしい」

「え? は?」

「ボクは『MINE』を裏切った」



 *



 スマートフォンを耳に当てたまま瞬間移動させられてしまったイーサンとダムラント。一瞬で景色が変わり、大量の車両が通行する高速道路のど真ん中に。ドイルの元に移動させられた事でこのような事態になっていたが、彼の乗る車はすぐ背後を通過していった。


「……あ?」

「きょくちょ──」


 向かってきた大型トレーラーに2人は轢かれる──と思われたが、衝突する寸前に2人の足元から大きな氷塊が足場としてせり上がり車体よりも高い位置に。氷塊はトレーラーによって壊されたが2人は車体の上部、屋根に倒れ込む。


「なにが、どうなってんだ!?」


 振り落とされないように、トレーラーが牽引しているコンテナへと移ろうとした彼らの目に何者かの姿が見えた。

 風を受けながら仁王立ちする『水色』の警察官の男。

 その後ろで正座する『ピンク色』の髪をした道着姿の武闘派の女。


「間に合ったか」

「ダムにぃ達大丈夫?」

「お前ら……」

「どうやら助けられたみたいっスね」


 運転席のハンドルには警察官の男の人形ドールである警官帽が乗せられていた。彼がこの車両を操作し、イーサンとダムラントを救出。しかし、なぜこのようにタイミングよく来れていたのか。その答えは間もなく説明される。


「ラヴちゃん……彼女の能力だ。先程、ワシもそれで瞬間移動させられてしまった。だが移動させられた先に居たラディという少年、彼が協力を持ちかけてきたんだ。ドイルさんのところに2人が移動させられる可能性がある、ということも話してくれた」

「あのラディがか!? 騙されてないだろうな」

「本当に『MINE』を裏切ったらしい。ワシら警察に対しても色々と教えてくれたよ。ラヴちゃんの人形ドールについても。なぜ詐欺グループなんかを作ったのか、については聞く前に走り去っていったけれど」


 ラディのおかげで自分達が生きている現状に、イーサン達はどうやら複雑な心境。だが裏切りが事実ならば残るメンバーはナイドとラヴちゃんのみ。追い詰めるには絶好のチャンスが訪れた。


「あの廃工場にはラヴちゃんだけじゃない、ナイドも潜んでいるとのことだ」

「……それじゃあ早く戻らないといけないっスね」

「あー、でもねダムにぃ。ここからだとめっちゃ離れてるんだよね。ワタシ達もラディの説明受けてから全速力でトばしてた。だから間に合うかどうかは分からないよ」


 若干、廃工場のロック達を諦めた様子を見せた武闘派の女。だがイーサンとダムラントは弱気になる事はなかった。


「俺達は今からでも向かうつもりだ」

「本職達は保護者みたいな心意気だったし……諦めないっスよ」

「ダムにぃ……わかった。ワタシにもやれることあったら言ってね?」

「ワシも力を全力で貸そう」

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