第5話 黒き意思

 ラヴちゃんは咄嗟に警戒態勢に入った。しかし今の今まで装備していたはずの人形ドール4種が全てなくなっている。マフラーの中にあるカプセルを確認するも、全てが真っ黒に染まっていた。


(これも『黒色』の力……?)


 目の前で開いていく扉から目を離さず、何かが襲ってきた場合その身一つで戦う事を想定。手の甲の血管が浮かび上がり全力の拳を突き出せる用意が出来た瞬間。開ききった扉の向こうに立つ人影が見えた。


「……あなたは?」


 黒い髪に黒い服。虚ろな瞳を向けてくる謎の青年。どこかモントと同じ雰囲気をラヴちゃんは感じ取った。


「僕は“フルル”だ。悪いけど『黒』は渡せない。死を司るこの力は……然るべき人間が持つべきだから」


 モントが以前口にしていた名前“フルル”、彼との邂逅。ラヴちゃんがモントを殺さなかった理由を、フルルは既に見抜いている。


「貴女はこの力を欲しているようだけど、諦めた方が身のためだ」

「絶対に諦めない、と言ったら?」

「……ここでは僕達は争えない。だから」


 フルルが指を鳴らした途端、空間はひび割れ崩壊していく。12色や『白』とも異なる深淵の力を前にラヴちゃんの欲は高まった。


「モント、彼女の体を通して。僕が直々に貴女を倒す」


 次の瞬間、ラヴちゃんの意識は元に戻った。時間の経過はしておらず、視覚を失ったモントが目の前に倒れており背後にはタスクが膝をついていた。ラヴちゃんは即座にモントの胸部へと【LIONS】の爪を突き刺す。フルルがモントを通して戦いを挑んでくるのならば、その前にモントの息の根を止めようとした。


「モン……トっ!」


 しかしタスクがラヴちゃんの両足に掴みかかる。体勢が崩れてしまい爪がモントの胸から引き抜かれた。振り払うための模擬刀の打撃がタスクの背中に直撃するが、歯を食いしばり離す気配すらなかった。


「どきなさい」

「モント、お願い……死なないで!」


 背中だけでなく頭や首にも模擬刀が叩きつけられる。出血をしてもなお、タスクはラヴちゃんから離れようとしない。しびれをきらしたラヴちゃんは【LIONS】でタスクから殺害しようと振り上げた。だがそこで動きが止まった。


 モントが立ち上がり、左手に持つ大鎌で鉤爪を止めていた。先程引き抜かれた右眼も新たに“創造”されている。しかしその瞳は、本来白い部分が黒色に。黒い部分が白色となっているもの。


「モ、モント……?」


 これにはタスクも動揺した。明らかに別人の雰囲気が混じっていたからだ。すると大鎌から男性の声が。


「モント。君が望むのなら、君自身を代償にすることで更なる力を与えられる」


 フルルの声が。タスクの妨害で彼の登場を許してしまったラヴちゃんは焦る。対してモントはやけに落ち着いた様子で答えた。


「はい。捧げます……ラヴちゃんさんを止めるために」

「──わかった。【FINAL MOMENT・パラダイス ロスト】と名付けよう」


 ひとりでに動いた大鎌は【LIONS】をはじいてみせた。フルルが言った“更なる力”が解放されていく。至近距離では危険だとラヴちゃんは考え、その場から飛び退き臨戦態勢。


「【『オレンジ』プライド・アロー】」


 フルルの無機質な声は、機械音声と言われても違和感のないものだった。『オレンジ色』の光と共に大鎌は弓と矢に変形し、モントが操作することなく複数の矢は即座に発射される。唐突な遠距離攻撃だったがラヴちゃんは対応し模擬刀と鉤爪を使い全てを打ち落とした。


「色が付いている……? まさか」

「能力発動だ」


 今までの【FINAL MOMENT】は変形後、その人形ドールの“色”にあたる部分は全て黒に染まっていた。【LIAR】の緑の鎧が黒くなっていたように。しかし今の弓矢はオレンジ色。するとモントの身体はオレンジ色の光に包まれたかと思うと、一瞬でその場から消えた。

 そう、マイの力を借りているラヴちゃんと同じようにモントは。


「【『パープル』グリード・ハンマー】」


 その声はラヴちゃんの背後から発せられた。打ち落とした矢の位置にモントは瞬間移動していた。そして弓矢は『紫色』の巨大ハンマーに姿を変え、ラヴちゃんに襲いかかる。反応はしていたものの細い模擬刀と鉤爪ではハンマーの一撃を受け切ることはできず、異常なまでの剛力も乗せられた一撃がラヴちゃんに入った。


「かっ……あ」


 喘ぎ声は最低限で吹き飛び、ラヴちゃんは廃工場の壁に激突し倒れる。モントの攻撃が初めて通った。だが相変わらずモントの表情は変わっていない。ゆっくりとラヴちゃんが起き上がり、今の一撃で確信した様子。


「これが『黒』の力……『白』と同等の力……ですがあなたは、モント様の身体を操ってどうするおつもりで?」

「答えるつもりはないよ」



 *



 ロックは【OVERLOADING MODE】を使用し氷柱をナイドに向けて放つ。弾丸によって相殺され、命中する事はなかったがロックはバイクと共に突っ込んだ。対抗としてナイドは【MIDNIGHTER】の両腕でヘッドライトを掴み、受け止めた。


「本気で轢き殺す勢いじゃないか……!? 話が違う」

「俺は……俺は」


 追撃として新たな氷柱が3つ出現しナイドを襲う。ナイフによって2つは防御したものの取りこぼした氷柱が腹部に突き刺さった。決着のチャンスが生まれた瞬間だったが、後方で様子を見ていたナイアは悩んだ。


(このままじゃロックは兄さんを殺すかもしれない……!? でも早く終わらせないと、ラヴちゃんと戦ってる2人が危ないし……どうすれば)


 いくら悪人でも家族は死なせたくない、だがすぐにでも決着をつけなければ仲間に死が迫る。決断はできなかった。

 姿勢が崩れた事で【MIDNIGHTER】の操作も一瞬のみ緩んだ。【ROCKING’OUT】が再び発進し、力強い加速でナイドごと突き飛ばす。土煙が舞いナイドは転がる。無様に足をばたつかせながらなんとか立ち上がった。


「今のは痛かったよ、ロック……! ジャムと同じように僕も殺すつもりなんだね!」

「……あぁ。俺の体はそうしたいって思ってるらしい」


 震える手でロックはハンドルを握っている。前言撤回した彼の本音を聞いたナイアはますます呼吸が乱れてしまう。

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