第7話 最後の代償
「【『ライトブルー』エンヴィー・ロッド】」
フルルの声と同時に、モントの左手に握られていたハンマーは水色の棍棒へと瞬時に切り替わった。対峙するラヴちゃんは次に仕掛けてくるであろう特殊能力への警戒を強める。
「……複数の能力を警戒しなければならないこの気持ちを、わたくしが抱く側になってしまいましたか」
「こっちは1つずつ切り替えなくちゃいけない。色々と同時に使えるそっちと一緒にしてもらっても困るかもね」
「これは失敬」
それでも態度は崩さなかった。いつまでもポーカーフェイスのラヴちゃん。負傷し頭から血を流しているタスクは戦いを眺める事しかできておらず、そして突如現れたフルルという存在への不信感も抱き始めた。
彼がモントの身体を操りラヴちゃんと互角に戦っている事自体はタスクにとっても喜ばしい。だがフルルの正体および言動に怪しさを感じていた。
(あれが『黒』の力……でも、どうしてモントはあんなに冷静になってるの? 多分、意識がぼんやりとしてるんだろうけど。フルルって奴が勝手にモントの身体を使ってる……さっき爪で刺されてたし、治療するためにウチも加勢して手っ取り早く終わらせた方が良い、のかな)
座っていた体を起こし、スケートボードである【FLAME TUSK】の刃に火炎を灯した。鉤爪で胸に付けられた傷はかなり深く、血を流しながら動いている姿を見ていては不安が大きくなっていくばかり。
モントの左腕が動き、ロッドが床に突き立てられた。『水色』の基礎能力は氷を操るもの。ロォドが氷柱だけでなく道としても使っていたように応用は効く。フルルの意思で操られた氷は地を這うように広がっていった。ラヴちゃんは咄嗟に鍵盤ハーモニカを目の前に移動させ顔を隠し、守る体勢。
「ウチも手伝う」
フルルとの同時攻撃を行おうとタスクが走り出そうとしたが。右足を上げた直後、彼女の体の動きが止まった。意識はそのままで、まるで凍ったように体温も低くなっていく。
(なにこれ?)
視界の奥に立っていたラヴちゃんも止まっていた。これがフルルの力によるものだとタスクはすぐに理解する。
(強制凍結? でもモントの体も固まってるし意味ないんじゃ)
「【『グレイ』クリエイション・ライフル】」
タスクの推測は外れた。棍棒から聞こえるフルルの声。彼のみがこの凍結空間での行動を許されていた。棍棒は『灰色』の小銃へと変形していく。無骨で無慈悲。3発の弾丸が放たれラヴちゃんの胴体に着弾、貫通した。そして“凍結”の能力は解除される。
「っ……なるほど」
弾丸が肉体を貫通したというのに、ラヴちゃんは最小限のリアクションで済ませていた。彼女は白いマフラーに手を突っ込み『ピンク色』のカプセルを取り出す。
「では【REVIVE】を」
カプセルはピンク色のかわいらしい絆創膏へと変貌。子供用のそれが右頬に貼り付けられると、身体からの出血が唐突に止まった。止まるだけで傷跡は治っていくという訳でもなく、【REVIVE】の能力は怪我の応急処置だと見て取れた。
負傷は与えたが大したダメージではない事を察したフルルは挑発に出た。
「もうそっちの手札も少なくなってきた頃合いだ。
『緑色』の【SAMURAI】
『黄緑色』の【LIONS】
『赤色』の【IMAGINATION】
『黄色』の【ENERGY BELIEVER】
『ピンク色』の【REVIVE】
……さぁ、いつまで対応できるか見ものだ」
あくまでラヴちゃんはマイから力を借りているだけ。現に『茶色』の【STARS】や『ベージュ色』の【FINE ONE】等はマイが持っており、【WORLD】の4つの力は未だ発現していない。
『青色』『水色』『オレンジ色』『紫色』だ。12種ある色のうちほとんどが出尽くしている。ラヴちゃんに残されたのは『灰色』だけだった。
「【『ブルー』グラトニー・ハルバード】」
しかしフルルの戦法には余裕がある。今まで見せた力は4種。1つずつしか使えないとは言っても、予測不能でバリエーション豊かな能力への対応は難しい。
ライフルは青い薙刀に変形しモントの足元に水が生まれる。このまま戦えばフルルの勝利、かと思われたが。ラヴちゃんが口を開く。
「もしや……貴方の力はそれぞれ1回ずつしか使えない。そんな制約があるのでは?」
「……何を根拠に」
「もう一度凍結を行い、矢を放って瞬間移動。そしてライフル乱射からのハンマーでの打撃……そうすれば、わたくしを倒せるかと思いますが」
ラヴちゃんの発言はフルルに刺さった。戦闘ではなく言葉で押され黙りこくってしまう。そんな様子にタスクも呆れた。
(戦闘だと一騎当千って感じだけど、もしかしてコミュニケーション苦手なタイプの人間か……)
他人との会話は苦手だが戦いは的確にこなす。まさにモントとフルルの共通点だったが、弱点も暴かれてしまった。各能力の使用は1回のみに限られるという致命的な弱点。
「バレたところで、次で終わらせれば良い話だ」
「動揺が現れているようですね」
煽り合いはラヴちゃんの方が上手だった。しかし手の内に余裕があるのはフルル側。モントの左手に握られた薙刀が水を纏った。先端に集っていくそれは鋭くなっていき、刺突武器として扱えるほどになる。
「その生意気な口を貫く」
今回は近距離戦を挑もうとモントの足が動き出す。彼女の意識はやはり朦朧としておりフルルの意思に従うだけ。今度こそ助太刀をしようとタスクも向かった。彼女の協力を快く受け取るべく、フルルは隙を作ろうと薙刀での突きを狙う。
ラヴちゃんの武装は模擬刀と鉤爪に加え火球を放つ鍵盤ハーモニカ、背後を防御するランドセルの計4種。水を操る『青色』かつ、特殊能力が不明な薙刀へと迂闊に火球を放つのは危険だとは判断し鉤爪で迎え撃とうとしていた。
「貴女も来ますか? タスク様」
「決まってるでしょ」
既に傷を負っているタスクに対しては模擬刀で応じようとしている。1人で2人の攻撃を捌く事は無茶に等しい、常人であれば。
「わたくしには“経験”がありますから」
迫り来る薙刀の先端を鉤爪で受け止め、頭部を狙ったタスクの蹴りはあえて近づいていく事で避けた。突然距離を縮められ怯んだタスク。さらにラヴちゃんが仕掛ける。自ら模擬刀でランドセルを叩き電撃を発生させた。ラヴちゃんの体、そして鉤爪から薙刀に伝っていきモントが痺れてしまう。水を操る薙刀が裏目に出た。
「それでも貴方は止まらないでしょう」
電撃の力が乗せられた模擬刀でタスクの脇腹を殴りながら発言。通常よりも速い振り抜きにタスクは対応できておらず、ラヴちゃんもタスクの事は眼中に無い態度でフルルへと。モントの体が動かなくとも武器自体が動いていく。
「【『イエロー』リベンジ・ナイフ】」
薙刀は小型のナイフへと変形。そしてモントの体が電撃に包まれるとタスクを抱いて飛び退いた。ラヴちゃんもすかさず鍵盤ハーモニカから火球を放ったが、電撃に当たっても傷一つつかなかった。停滞する状況に、フルルは決断を迫る。
「モント……君に更なる代償を求めたい」
電撃が解除されフルルとモントの会話が始まる。
「流石の僕でも、このままだといずれ負ける。タスクと共に君も死ぬことになる。ロック達もどうなるか分からない……」
「何を差し出せば、良いんですか」
「声だ。君の喉を捧げてくれ。そうすれば僕の力をもっと引き出せる」
既にモントの肉体はボロボロだった。両眼を失い、右腕を失い。胸からは血を流している。それでもモントは即決した。
「……はい。お願いします」
次の瞬間、モントの口からは多量の血が流れる。
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