第8話 闘争経路

「やっぱり……死んでほしくない」


 瞬時に鎖を破壊し、足元でうずくまるレイジに両手を差し伸べるキーネ。背中に刻まれた2つの銃痕に手を当てると傷は埋まっていく。『MINE』に逆らう行為のはずだというのに、キーネは。


「痛まない? 大丈夫?」

「キーネさん……思った通りや、優しい人で」

「勘違いはしないで。今も私は君達の敵だから」


 スタンスは崩さず、レイジの傷を治療したキーネは歩き出すとモントと並び立った。やはりと言うべきか、モントは頭を下げる。


「あのっ、ありがとうございます」

「お礼はいらないよ」


 モントの方を向かずにキーネは答えた。口から流れる血を服の裾で拭くナイドと目が合う。


「なんのつもりだい? この前ロック達の傷を治した時もそうだったけど、キーネがそんな事をしなければジャムも死んでいなかっただろうし……痛い目に合わないと、分からないか?」


 本調子ではないとはいえ、弾丸発射機構がある程度復活した【MIDNIGHTER】を持つナイド。明らかに調子に乗っている。この場でナイドにとって一番の脅威はイーサンであったがラディが対処し、モントはまずナイドを殺す覚悟を持てていないと見て取れた。そしてキーネは治癒能力自体は持つものの、24時間に4回の使用制限がある“他人の肉体を若返らせる”能力は既に使い切っていた。


「いやその必要はないよナイドくん。ここからはできるだけ、すぐに離れた方が良いと思うから」

「僕が怖いのかい?」

「……きっとロックくん達もここに来る。保安局の人間も増援に来るかもしれない。だろうけど、それじゃあになるからね」


 無表情だが主導権を確実に取ろうとしている態度だった。キーネの言う事には説得力があり、ナイドも不満を見せながら渋々従う。


「そのには僕が含まれてないんだけど……ラディ! さっさと逃走しよう」

「……ハイハイ」


 イーサンと戦っていたラディは、最後に大きな電撃を放ちイーサンを痺れさせる。Uターンしナイドを後ろに乗せた後、走ってきたキーネは自らを子供の姿まで若返らせナイドの背中に抱きついた。『MINE』は倒したい、だがキーネを攻撃したくはないモントは動きが止まってしまう。


「モントちゃん。今はレイジくんを助けたけど、私の目標は変わってないから……今度会う時は敵同士だよ」


 モントと同程度の背丈になったキーネは言う。冷酷な物言いであったが優しさも含まれている声色で、モントは黙って頷いた。直後、ラディの手によって【DESTRUCTION】は走り出す。キーネを救い出せたラディは満足そうに微笑んでいたが、ナイドの表情は険しい。間もなく彼らの姿はエンジンの轟音と共に遠くなっていく。


「……ごめんなさい。追えなくて」


 電撃の痺れが解けたイーサンへとモントは謝罪。彼は身体の調子を確かめるために腕を回しながら答える。


「いいや、上出来だ。話が通じただけでもな。現にあいつはレイジを殺せないと見た。次こそは必ず、『MINE』の手がかり……もしくは直接ぶっ壊す。だが……やっぱりラディの相手は無理だ!! 【INSIDE】もいつもの様に動かせない上になんだあのスピードは」


 直接対決で敗北し彼も悔しがっていた。モントへのフォローは欠かさず行い、次なる作戦を練ろうと考え込む。親交を経てイーサンの態度も柔らかくなっている事はモントにも理解できている。


「今まで『黄色』の人を相手にする時は、ダムラントさんに任せてたんですか?」

「大体はそうだな。あいつの植物装備は電気に対しても強い。逆にあいつが苦手としてる『赤色』や『茶色』なんかは俺がカバーしてた」

「そうなんですか……」


 話を聴きながらモントは、埋められた傷跡を気にするレイジに近づいていた。背中も腹部も、体内にできた傷すらもなくなっていたようで。レイジはホッと一息ついた。


「あの、イーサン局長さん。提案があるんですけど」

「なんだ?」


 珍しく、モントが他人に自身の願望を通そうとしていた。だがやはりその願望も他人を思っての事だった。


「タスクさんを、保安局の一員にしてくれませんか?」

「え……あの女を、か?」

「はい。タスクさんなら戦力として十分過ぎるほどだと思いますし、あの人定職に就いたことが無いらしくって……タスクさんのこれからの事とか、心配になったので」

「……考えておこう」


 そう一言だけイーサンは返す。実際にタスクと戦った彼は実力を把握している。あの重力操作の力があれば壁や天井を走る事ができ、人質の救出や建造物への侵入も容易い。イーサンにとっても確保しておきたい人材だ。



 *



 しかし、肝心のタスク本人はというと。


「ロックって今は彼女いないんだ。ならウチが付き合ってあげよっか?」

「……え?」


 不謹慎でふざけた態度。イーサン達が居る会議室へと向かう道中、彼らは小走りをしながら話し合っていた。一言だけ零したロックは反応に困って黙りこくってしまう。一番に反発したのはナイアだった。


「ちょっと、ロックが困ってるじゃん……やめてよね?」

「何? ナイアはロックのこと狙ってるの? 取られたくないんだ」

「は、はぁ!? 私も困るって、そういうの……!」


 殺された恋人と似た名前、似た能力、同じ髪色。ロックはナイアの事も失いたくないとは思っていたが、もう一度恋人を作りたいとは思っていなかった。失うのが怖くなってしまったからだ。

 それをナイアも理解していたため、タスクのおふざけには手を焼いてしまう。


「もうすぐで着くっスよ」


 先頭を歩くダムラントが言うと、自ずと場の空気は引き締まる。マイとラヴちゃんも黙って前を向いた。だが次の瞬間、前方の廊下を横切るバイクが一台。逃走を計ったラディの【DESTRUCTION】と、後ろに乗るナイドとキーネ。


「『MINE』……!?」


 咄嗟にロック達はカプセルを手に持ったが、ナイド達は攻撃する素振りも見せず通過していった。


「後ろに乗っていたあの少女……おそらくキーネ様ですね」


 ラヴちゃんの予想は正しい。キーネを取り戻すため、出入口へと爆走している彼らを追おうとロックは走り出そうとしたがダムラントが制止する。


「待ってロック。今はイーサン局長達の安否を確認するのが先だ。それに追跡なら他に適任がいる。さっき君と戦った『水色』の男っスよ」


 乗り物を自由自在に操る事ができる能力であれば、追跡だけでなく【DESTRUCTION】の主導権を奪う事も可能。ダムラントはスマートフォンを取り出し通話を始めた。


「もしもし? あぁ、命懸けの深追いはしないくらいでお願いするっスよ」


 警察官の男の実力はロックも身をもって味わった。信頼はしている。そしてイーサンやモント、レイジの元に急ごうとしたその時だった。ラヴちゃんが口を開く。


「……なぜわたくし達がキーネ様を求めるのか。『MINE』に奪い返されてしまった以上、隠しておく必要もありませんね」

「ラ、ラヴちゃん……?」


 マイが心配そうに声をかける。彼女らがキーネの引き渡しを望んでいた理由は、ダムラントだけでなくロック達も知りたがっていた。


「かつてわたくし達が住んでいた孤児院。そこが襲撃された際に生き残ったのはわたくしとお嬢様、そしてのみ、と言いましたね? キーネ様はその院長と、同一人物であると考えています」

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