第9話 厚き希望、薄い現実
ラヴちゃんの抑揚のない声はその場の全員に透き通る。ダムラントは納得がいったようで頷いていたが、ラヴちゃんを『MINE』のリーダーなのではないかと疑っているロック達は内心で慌ててしまう。
(ラヴちゃんが本当に『MINE』のリーダーだとしたら……! 今、ナイド達に奪い返されたのはまずい。この状況全てがラヴちゃんにとって良い方向に動いてる事になる!)
表情で悟られないよう真顔のままでロックは焦っていた。ナイアも同様、何も言葉を発さずにラヴちゃんの方を向いている。彼女の事を微塵も疑っていないマイは謝罪と説明を始めた。
「ごめん! ずっと黙ってて……キーネが院長だって確証がなかったから、言い出せなかったの。でも今ので私もラヴちゃんも確信した。孤児院に残ってた院長の写真、それも珍しいモノクロのもの。それと瓜二つだった!」
するとラヴちゃんがスーツのポケットから古びた写真を取り出した。色が無い白黒の写真ではあったが先程の、少女と化したキーネと同じ見た目の人間が写っている。夏場で日差しが強かったのか、半袖半ズボンの姿であり木陰で涼んでいた。
「確証を持てたのは良いのですが、既に『MINE』の手に渡ってしまいましたね……ダムラント様が邪魔をしなければ、今頃再会できていたというのに」
「悪かったっスね……でも今はイーサン局長達のところに行くっスよ」
簡潔な謝罪の後、他を先導するように足を動かしたダムラント。彼にとって今一番優先したいものはイーサンの安否だったからだ。けれども、その願いはすぐに果たされる。ダムラントが廊下を曲がった直後、鉢合わせる形でイーサンと出くわした。後ろにはレイジとモントも着いてきている。
「あ……局長。今ヤツらが通り過ぎていったっスけど、怪我とかは?」
「ラディに電撃ぶち当てられた。まぁ出血なんかはしてないぞ。レイジはナイドに撃たれたが……」
そう聞いた瞬間、すぐさま駆け寄ったのはロックだった。
「だっ……大丈夫なのかレイジ!? 絶対、痛かっただろ!?」
「今は大丈夫やって。キーネさんが治してくれたんや」
「キーネさんが……?」
「せや。もう行っちまったけどな、きっといつか分かり合えるって信じとる」
キーネが裏切っていた、それを知った時とは全く違いレイジは微笑んでいる。キーネとの和解の道が見えた事をロックは察した。
一方、やや後悔した様子のモントにはタスク、マイ、ラヴちゃんが歩いていく。
「モント! そっちも怪我はない〜?」
「マイさん……僕は平気ですけど、あの、レイジさんが撃たれたのは僕のせいです……僕が、【BE THE ONE】を最初から使わなかったから」
「気にせんで大丈夫やって! あれ使ったら相当痛いやろ」
「ウチも、モントの立場だったら同じようにしてたと思うよ」
モントを責める者はこの場に誰一人としていなかった。当の本人は自分を責めたい気分だったが。慰められ同情されることでその意思は段々と薄れていく。
「あの『水色』の男に追跡は依頼したっス」
「なら俺達も向かうか? キーネに会いたい奴も、この場には居るからな」
イーサンの提案はレイジやモント、マイやラヴちゃんにとって嬉しいもの。朝から連戦が続いており体力の消耗は激しかったが、全員が首を縦に振った。
*
軍用車両の【KINGDOM】に乗り、一同は走行による振動で揺れながら『水色』の警察官の男からの報告を受ける。イーサンが膝の上でノートパソコンを開き、音声通話で繋がった。
「もしもし? イーサンだ」
「あぁイーサンか。ワシとこうして話すのは久しぶりかな。1年前の仕事で一緒になった時以来か」
「今はその話はいい、ヤツらをちゃんと追えているのか?」
「ばっちりだ。各地の署や交番の覆面パトカーの乗り換えを繰り返してね、怪しまれないよう追っている最中だ。ただ、乗ったパトカー達を元の場所に戻すのはかなり面倒だけどね。後でイーサンとダムラントにも手伝ってもらおうか」
「勝手に言うっスねぇ」
軽口を言う余裕すらある。警察官の男が持つ力ならば【DESTRUCTION】だけでなく、周囲の車両を操る事も可能であるため、車道というフィールドは彼にとって有利過ぎる程に働く。
「それじゃあ後日、手伝ってくれた人にはワシが美味しいもの奢ってあげるから」
「よっしゃロック、俺達もやるで」
「俺が持ってるのバイクの免許だけって知ってるだろ……」
レイジもまた、ふざけた態度をとる事ができている。心が少し軽くなった証拠だ。しかし免許、というワードを聞いたモントは内心で慌ててしまう。
(あ……そういえば僕が無免許だってこと、注意されてない。バレて、ないんですかね)
この状況でモントの無免許運転を今更指摘する者も、誰一人としていなかった。
*
「着いたぞ。ここにヤツらが入っていったらしい」
着いた先は、ロック達にとっても覚えがあり嫌な思い出もある場所だった。車両から降りたロックの目に映ったのは。錆び付いたタンクや配管、今にも壊れてしまいそうな煙突。イアが亡くなり、モントとの交戦もしたあの廃工場。
「ここは……」
「ワシも知ってるよ」
ロックの視界右方向から警察官の男が入ってきた。彼もここで起きた件について把握はしている様子で、帽子のつばに右手を添えた上にどこか悲しげな顔にもなっている。
「ナイド達がここに居るんですね。なら、すぐにでも全員で……!」
「いや……この先の光景を見ようとするなら、相応の覚悟が必要だと思う」
廃工場に先に着いていた男は、何かを目撃していたようで言葉を濁す。
「なにかあったって顔っスね」
「ああ。全員で向かった方が良いのは間違いないけど、どうだろうね……」
真実を話さない彼に対し痺れを切らしたのはマイだった。ラヴちゃんと共に一番に歩き出す。
「……私は行くよ」
「では」
ラヴちゃんは前もって【SAMURAI】を出現させ、マイとの問答を行い真剣に変形させた。何が待ち受けているのか。未知の領域ではあるが他も釣られて行く。
「ぼ、僕も……」
「せやな、キーネさんがおるんやろ?」
「俺達も行くか、ナイア?」
「うん……」
「ウチも行く行く」
警察官の男の言葉は、濁ってはいたが本音でもあるとナイアは感じ取る。覚悟が必要、それは本当なのだと。5人は揃ってマイ達の後を追う。残ったのは大人の男性陣3人。イーサン、ダムラント、警察官の男。
「ワシは行かないけど、イーサンには行ってほしいかな。彼らの安全のために」
「わかった。何を隠しているのかは知らんが、あいつらを思っての事だろ?」
続いてイーサンも早歩きで向かっていく。残されたダムラントと男は向かい合い、2人きりの会話が始まる。
「知ってるだろうけど、ワシはロックを見逃した」
「聞いたっスよ。君が負けるとは思ってなかったから、ロックが来た時は驚いたっス」
「すまないね。でも一つだけ言いたい。ダムラントは、自分に自信を持てていないまま少し走り過ぎることがたまにあると思うんだ」
「……ついさっき、自覚したっスよ」
「そうか、ならワシからの説教は必要ないか」
*
廃工場に近づくにつれ、バイクのエンジン音や急ブレーキの音、硬いもの同士がぶつかる音も聞こえてきた。ラディと何者かが戦っているのだと、ロック達は推測するがその相手が思いつかない。
「ここか……?」
かつてイアが亡くなった場所と同一。既に開いていた出入口の扉から、中の様子を全員で確認する。ラディと交戦中の人間がいるのなら、その人物の手助けをしようとロックは考えたが。ラディの【DESTRUCTION】と対峙していたのは、ナイドだった。彼が差し向ける弾丸をラディは避けながら電撃を放つ。
「なんで僕に反論するかな」
「こっちのセリフだよ……どうして、殺す必要なんてなかったでしょ!?」
そうラディが言い放った瞬間。ロック達にも見えてしまった。
腹部を貫通する鉄パイプによって壁に固定させられ、額を撃ち抜かれた、キーネの死体が。姿は少女のままで。もう動くことも叶わず、ただ血を流しているだけの肉塊になっていた。
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