第7話 信用
キーネの肉体が爛れ落ちていく。血液は流れず、ぼとりと音を立てた肉塊は蒸発し消えていった。段々とキーネの真の姿が顕となる。外殻の中身は痩せ細った手足。至るところにシワがあり、イボやシミも目立ってしまっている老人の肉体。顔も変形していき、目や口元が垂れに垂れきっている老人。60代に見える今までの仮初の姿とはまるで違った。
「……これが私の、本当の姿」
声も枯れている。今にも死んでしまいそうなほど、消えてしまいそうなほど小さい声だった。レイジとモントは驚愕し、一言も発する事ができていない。すると部屋の壁にもたれかかっているイーサンが最初に反応を示す。
「なるほどな。若返りの力を常時使っていたわけで……今のは単に解除しただけか」
枯れ木のようなキーネを見たイーサンは、自らの祖母を思い出していた。病に体を侵されいつ死んでしまってもおかしくない祖母と、再び重ねてしまう。それでも変わらず、容赦はしないつもりではあった。
「レイジくん。私の姿は醜いでしょう? 私はこれをずっと隠してきていた……君だけじゃなくて皆を、ずっと他人を騙してきた。そんな私を今更説得するなんて、考えるだけ無駄だから」
冷たいキーネの声が会議室に染み渡る。心配したモントがレイジの顔を見た。動揺しているのかと思いきや、彼はキーネを尚も見つめ続け、どこか悲しさも感じられる表情になっている。
「レイジさん……?」
「なんでや、なんで…………それは俺が求めてるもんじゃないんやって! 気づいてくれないんや!」
レイジは急に大声を出した。静かで落ち着いた空気が改めて緊張で張り詰める。モントはレイジの発言の意図がよく分かっていなかった。
「レイジくん、どういうこと?」
キーネも同じようで、首を傾げレイジの真意を待つ。
「俺は、他人のことを外見だけ見て考えるような奴なんかじゃあらへん。キーネさんは誰にでも優しく接してくれとって、会う度に明るく挨拶もしてくれとった……なのになんで詐欺グループの一員やったんか、それが知りたいんやって! 俺は外見を知りたいんやない! もっと内側の、気持ちや目的を知りたいんや……!」
現にキーネは本来の姿を表しただけ。どうして『MINE』に加入するに至ったのか等は語っていない。傷の治癒を依頼された際、その気になればレイジ達を始末できていたというのに、終始素直に従っていた理由。
「レイジくんは、私のこの姿を見ても……変わらないんだね」
ロックに勝るとも劣らない優しさを持つレイジに対し、キーネは何か思うものがあった様子。目線を下にすると、小さなため息も吐いた。
「……私はね。人を殺すのも、騙すのも好んでやってるわけじゃないの。ただ詐欺グループとして活動していけば、私にとって死んでほしくない人が生きていける理由があるの」
相も変わらず、その詳細な理由は話そうとしていない。だがまともに会話が成立しているところを見たイーサンは、やはりレイジに希望を抱いて正解だったと確信する。続いてモントも口を開いた。
「先程も聞きましたけど、どうして詐欺がその死んでほしくない人のための行動になるんですか?」
「それは……絶対に言えない。言ってしまったら、その人は死んでしまう事になりそうだから」
コンビニ店内で衝突した際もモントは同じ質問をしていた。肝心の核心に迫れていないもどかしさに悩む。
「たった1人のために、大勢を不幸にしている……馬鹿げてるって自覚はあるよ。でも世界の全てを敵に回してでも、私はあの人に死んでほしくないと願ったからね」
「だから、僕のことも殺そうとしたんですか……」
まだ年齢の若いモントに対しても、キーネは【NAKED】を差し向け若返りの力で殺害しようとしていたのは事実。だが、レイジを殺そうとしていなかったのも事実。
『レイジくん……君は殺さない』
冷蔵庫の中、そう言っていたのはキーネ本人。彼女の中にも慈悲というものはある。
「せやけど、俺を殺そうとはしてなかったやろ? 傷の治癒を頼んだ時も、俺達は隙だらけやった。何を考えとったんや……? あの場にはナイアも居たし、俺達を気遣う言葉も全部本音だったんやろ?」
「それは……」
言葉が詰まった。
「俺はキーネさんの事、今までなんも分かっとらんかった。だから……教えて欲しい。俺達にくれた優しさが本音やったっていうんなら、キーネさんはまだ……その1人のために他の全てを犠牲にはできないって事やろ? せやったら話せるはずや。俺達も、できる限りの協力はしてみせたる……!」
「っ……私は、あの時はあれ以上、君達を巻き込みたくはなくて────」
レイジと見つめ合ったキーネ。その視線の先には会議室の出入口、扉もあったが。その扉が一瞬にして開かれると共に聞き慣れた発砲音が鳴り響く。
「ぁがっ……」
「レイジくん!?」
レイジの背中に着弾し腹部を貫通。レイジが床に倒れ込むよりも早く、モントとイーサンは扉の方を向いて
「来るんだ、キーネ」
「【FINAL MOMENT】!」
「走り抜けるぞ【INSIDE】!」
扉から一番距離が近かったのはイーサンだ。すぐさま【INSIDE】の力で撃破しようと加速したが、ラディと【DESTRUCTION】に阻まれてしまう。
「ボクとヤろっか?」
「くっ……『黄色』のお前とは戦いたくなかったんだがな」
一方、モントはナイドを相手取ろうと走る。銃撃を受けたレイジが心配ではあったものの、ここでナイド達を倒せば『MINE』を追い込める事を考え振り向かなかった。
「今、君には興味ないんだけど。急ぎで修理したせいで、【MIDNIGHTER】も本調子じゃないし」
「お願い【LIAR】! ここで倒します……!」
スケートボードは人骨とそれに巻き付く黒い鎧に変形した。できるだけ【BE THE ONE】を使わない。そうマイに対して前日も言っていた通り、【LIAR】のみを出した行動だったがナイドは嫌気がさしたようで。
「僕のこと、本当に舐めるようになったんだね。なら分からせてあげよう。君は何も成し遂げられない、何も守れないってね!」
珍しくナイドが前に出た。大雑把なナイフの一振りをモントは咄嗟に避ける。直後【LIAR】で【MIDNIGHTER】に打撃を与えようとしたものの、その長い腕で【LIAR】の右ストレートを真剣白刃取りの形で受け止めてしまった。もちろん、口から放たれる弾丸を止めることはできない。倒れたレイジに追い討ちとしてもう1発の銃撃。再び背中に当たり貫通、弾丸は胸から飛び出ると床に鮮血と共に食い込んだ。
「うっ……!」
まともな言葉も吐けず、ただうずくまり喘ぐレイジを目にしてしまったモントは。
「あ、うぅ……【FINAL MOMENT・BE THE ONE】……!【OVERLOADING】!」
最初から【BE THE ONE】の力を使わなかったせいで。そう後悔したモントは泣きながら、かつて右腕があった場所に白バイの前輪部分を出現させた。回転し始めた前輪はナイドの顔面に直撃すると跳ね飛ばした。
「ぐぼぁっ」
汚い声を上げたナイドだが、執念というべきか【MIDNIGHTER】の操作を止めてはいなかった。狙いを定めていない発砲が行われる。しかし今回はモントも対応し、【LIAR】の腕で防御する事には成功した。
「僕が、僕が……ここで終わらせます」
いつまでも泣き言に甘えるのではなく、1度走り出した自分の足を止めない事を選んだ。すると、ラディと交戦中のイーサンが動いた。水を操るイーサンは電撃を使うラディとの相性は最悪。防御や逃げに徹していたイーサンは、キーネのカプセルを投げて本人の元に返した。
「イーサンくん……?」
敵同士の関係であるというのに、このような行為にキーネも困惑。
「キーネ、俺はお前に賭けることにした」
イーサンとモントが戦っているこの最中、傷を負ったレイジを治療できる人間はキーネのみ。そう理解していたイーサンは大きな賭けに出ていた。キーネは『MINE』の一員だ。レイジを見捨て、ナイド達と一緒に逃げおおせる事も、簡単にできるはず。
「私、は…………」
以前の、60代程度の外見に戻ったキーネ。判断は案外、早くに決められた。
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