第6話 薄い皮で出来た外殻

 ダムラントの首元に刃が迫る。殺意を持った攻撃は容赦など持ち合わせていなかった。しかし長い足が割って入る。タスクが人形ドール、ローラースケートの【FLAME TUSK】を使って切り上げを止めた。


「ちょっと、本気で殺す気?」

「なぜ止めるのです? 負けた者は大人しく喰われるべきなのでは?」

「問答無用って感じ? ここでこの人殺してもなんか意味ある?」


 刀の逆手持ちは本来、力が入りづらく受け流す戦法を主とするもの。足の重量を乗せれば刀は落ちるだろう、とタスクは考えていたがラヴちゃんの腕力は想像を超えていた。タスクが足に力を入れてもなお、刀は落ちるどころか段々と上がっていっている。


「許せないのです。お嬢様をあのように扱うなど、反吐が出る」

「ならなんで最初から本気出さなかったの?」

「……なんの事でしょうか?」

「マイって子から力借りてるんでしょ? その【SAMURAI】と【LIONS】だけじゃない。他にもマフラーの中に隠してそうだし、あんまり見られたくない理由でもあるの?」


 ダムラントからしてみれば敵が仲間割れを起こしているも同然。再び種子の弾丸を放とうとしたものの、タスクの左手が杖を掴んだ。


「2人ともやめた方が良いと思うよ、ほら」


 そう言いながら顎を使って目線を誘導したタスク。するとマイ、ナイア、ロックの3人が近づいてきていた。ラヴちゃんは背中で気配を感じ取り、即座に作り笑顔を用意すると人形ドールをカプセルに収納する。


「ラヴちゃん! 大丈夫?」

「お嬢様もご無事で何よりです」


 振り返ったラヴちゃんはすぐさまマイの元へ駆け寄ると、マイに異常がないか身体のあちこちをまさぐって確認した。以前にも病院で同じ光景を見ていた一同は驚くことはなかった。


「ナイアと私で協力して、あのピンク色の人は倒せた! ロックもなんとか切り抜けられたみたい」

「俺はまあ、実際に勝ったと言えるかどうかは微妙だったけどな」


 戦いに勝利したのではなく、警察官の男の心を動かした事でここに来れていたロックは言葉を濁す。

 仲間の全員が倒されてしまったダムラントも人形ドールを収納した。これ以上戦っても何も得られるものはないと判断したからだ。しかし、それ以上に。


(結局自分は、何もできないまま……何も成し遂げられない人間なのか?)


 タスクがいなければ死んでいたかもしれない。単純な実力でもラヴちゃんに上を取られ、成せたのは多少の時間稼ぎのみ。自分自身を責めるダムラント。だがそんな彼からタスクは離れていなかった。


「ほぼ初対面のウチが言うのもなんだけどさ、あんたって戦いに向いてないと思うよ?」

「……慰めっスか?」

「うーんそういうのじゃなくて。もっと後ろから支える、みたいな? 実際に戦闘とかするより、指揮とかしてた方が良いんじゃない?」


 ロック、ナイア、マイ、そしてラヴちゃんの4人を見つめながらタスクは言う。


「イーサンはウチを助けてくれたけど、最初は殺そうとしてた。でもあんたからは殺意をあんまり感じられなかった。【QUEEN MODE】を使い始めてからもね」

「他人を殺す事に耐えられる方が希少っスよ」

「もしかして、無理して今の仕事してる? 一蓮托生いちれんたくしょうなのは良いけど、無理してイーサンの役に立とうとしてるの?」

「大切な人の願いのためなら、案外やれるもんスよ」

「ふーん……あ、タバコ持ってない? 後で1箱奢ってあげるからさ」


 軽い言い合いの後、タスクは唐突に煙草の催促をした。黙って従うダムラントは上着の内ポケットから紺色の箱を取って差し出した。


「ありがと……って、これ10ミリじゃん。けっこう濃いやつだし」

「お気に召さない?」

「いや、たまにはこういうのも良いかもね。ウチは普段メンソール系ばっかり吸ってるから。ヒンヤリするのが好きなの」


 出現させ続けていた【FLAME TUSK】から出る火を利用して煙草に着火。ゆっくりと味わい始めた。


「じゃウチは皆と一緒にモントとイーサンのところに行くから。着いてくる?」

「……案内してやるっスよ」



 *



 少し時は遡り──モントとレイジ。世界政府本部の中に入ったのは良いものの、イーサンがどこでキーネの事情聴取を行っているのか見当もついていなかった。


「どこに居るのか分からないですけど……とりあえず、この建物の中にある保安局の方へ向かいましょう」

「せやな! って、あれイーサン局長おるやん?」


 廊下の奥を指さしたレイジ。ジャンパーのポケットに手を突っ込んでいるイーサンが歩いていた。イーサンも2人に気がつくと足の動きを早くして駆け寄る。


「来たか。ま、お前らの事だ。ダムラント達と一悶着あったんだろ?」

「見透かされとるやんけ」

「あなたも、僕達をキーネさんと会わせるつもりはないんですか?」


 不満を表したモントだったがイーサンは頭を横に振る。


「いいや、俺の方から頼みがある。キーネの口を割ってくれ」


 いつにも増して真剣な眼差しだった。ナイアでなくとも本音だと感じられるその態度と声色。頭も下げ、懇願の意思表示。


「『ベージュ色』を持つ人間の中でも、キーネは特にその力が優秀らしい。聴覚や痛覚もなくせるようでな、例え精神面・物理面の両方の拷問をしても効果はないだろう。だから……頼む。小さな可能性でもお前ら2人ならある、だろ?」


 やけに他人の話を聞き入れ、受け入れるようになったイーサンに2人は戸惑うものの、この懇願を断る理由はない。顔を上げたイーサンには頷いて応える。


「俺達に任せとくんやで?」

「ありがとうございます。キーネさんを、傷つけてはいないんですよね?」

「モントの言う通り、痛めつける尋問なんてしていない……例を言うのはこっちの方だな、助かる」


 イーサンはモントとレイジを信用し、キーネを説得できる可能性があると信頼した。堅物な男があまり親しくもない人間を信じられるようになった、と言えば聞こえは良いが、その親しくもない人間に頼る選択肢しか取れなかったとも言える。それほどまでにキーネの口は、堅い。


 キーネの身柄を確保し、事情聴取をしていた部屋は先日もドイルとの会談に使った会議室だった。イーサンに案内された2人はゆっくりと扉を開き、部屋の中央の椅子に縛り付けられたキーネの姿を目にする。


「……2人とも、来たんだね」


 彼女の外見は普段と変わらず。しかし鉄の鎖で手足を縛られている光景は非日常。


「今度こそ全部話してもらいますからね」

「なんでや、なんで詐欺グループなんかに……」


 キーネのそばまで2人は歩く。イーサンの言った通り彼女の体には傷1つなかった。


「誰だって、他人から見られたくない秘密がある……でも、そうだね。レイジくんは私のこの姿を見ても、いつもの態度でいられるのかな?」

「なんだ……!? カプセルは俺が持っているのに!」


 するキーネの体がボコボコと音を立てて変形していく。【NAKED】のカプセルは既にイーサンの手にあったにもかかわらず、力の行使。まるで使ように、キーネの身体は崩壊していった。

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