第5話 愛と獅子

(あの日、イーサンは初めて人を殺した。例え気に入らない人間だとしても、守るべき対象を保護する為に。でも自分は……人を殺せなかったし、人を守れもしなかった。自分を思い知ったんだ)


 ラヴちゃんの斬撃を植物の盾で受け止めたダムラントは、戦闘の最中だというのにもかかわらず回想にふけっていた。早々に人質のマイを取り返され、タスクとラヴちゃん2人の猛攻にも耐えきれず。『茶色』の力を持っている受付の女は既に戦闘不能にされてしまっていた。ダムラントは敗北を悟っている状態。


「まともな反撃もしてこない……諦めていらっしゃるのですか?」


 ラヴちゃんが言った通り、後ろに下がりながら防御を続けていたため建物内部を駆け巡る戦いとなっていたがダムラントはひたすら盾や鎧で自分を守っているだけ。


「もうウチが助太刀しなくても決着つきそう?」


 ここは世界政府本部。周りに居る関係の無い職員達を巻き込まないようにタスクは避難誘導をする余裕すらあった。ラヴちゃんによる怒涛の斬撃は見る者を魅了する程に華麗で、ぶれることのない太刀筋の一つ一つがダムラントにのしかかる。逆手持ちは通常の順手持ちよりも相手との間合いが近くなりがちだというのに、尚も圧倒し続けていた。


「やる気がないのなら、すぐに終わらせてあげますが」


 後退しながらの防御も限界で、通路突き当たりの壁にダムラントの背中が当たる。ラヴちゃんから放たれる憎悪は誰の目にも明らか。口角は上がっているが目線はひたすらダムラントへと向けられ、殺意に溢れた刀を振る様。これには流石のタスクも止めに入ろうとしていた。


「ちょっと、まさかそのまま殺す気じゃあないよね」


 ポケットに手を入れたままローラースケートを使い近づいていく。呆れ気味で気が抜けていたが、次の瞬間いやおうなしに“彼”の敵意によって気が引き締まった。


「──舐めるなよ」


 壁にもたれたままダムラントが低い声で呟いた。タスクはもちろん、今までに何回か付き合いのあったラヴちゃんですら見たことのない冷徹な表情へと変貌する。あまりの気迫にラヴちゃんの笑顔はなくなり、背後のタスクへと声を。


「……タスク様。再びご協力をお願いできますか?」

唯唯諾諾いいだくだく。従うほかないかな」


 今度はラヴちゃんが後退していきタスクと肩を並べる。タスクは出来るだけ血が流れない幕引きを望んでいたため、度が過ぎてしまいそうな2人を鎮めようしていた。


「【KINGDOM・QUEEN MODE】だ」


 ダムラントの【KINGDOM】にある5つの能力。チェスを模したそれはバランス型のナイト、遠距離戦に対応できるビショップ、防御を主とするルーク、仲間に指示が出来るキング、そして残るはクイーン。どんな力を見せてくるのか、タスクは身構えたが。


「……【KNIGHT】の槍と、【BISHOP】の杖?」


 ある意味期待はずれの装備でもあった。【KNIGHT】の槍が現れ、鎧が無い代わりに種子の弾丸を発射する【BISHOP】の杖と同時装備を可能とする、攻撃特化の能力。杖の力は話に聞いていただけではあったが、他の力の使い回しにタスクは油断してしまう。しかしこの力を使うダムラントに対し、ラヴちゃんは少し驚いた様子だった。


「気は抜かないで下さいタスク様。ダムラント様は今まで“人命の尊重”に重きを置いていました。自分や他の者の命を守る事を第一に考え、対象の撃破はイーサン様に任せる。そんな彼が武器のみを手にした……わたくしも、【QUEEN MODE】を見るのは初めてです」

「あー……本気ってコト?」


 実際に今までのダムラントは攻撃ではなく防御の方を深く考えていた。そして人を殺したくないという態度も表していた。

 病院でナイド及び【MIDNIGHTER】と交戦した際はイーサンがナイド本人を狙い、自らは【MIDNIGHTER】を相手にしていた。

 サーキットにて再びナイドと対峙した際にはロックとナイアに【MIDNIGHTER】を任せていたが、ナイドが振るうブッチャーナイフを避けながら命を奪えない威力の種の弾丸を撃ち込んでいた。

 そしてキーネとの戦闘時、ダムラントはレイジやロック、イーサン達をひたすらに守り続けていた。

 彼は、他人を死なせたくないと願い。

 彼は、他人を殺したくないと願った。もちろん今も。


「局長のため……邪魔をするんなら、もう容赦はしない」

「お嬢様を苦しませる訳にはいかないので、相手になりましょう」

「えっと……まぁ、モントが先に行ったし、ここ通してもらおっかな」


 他人の為に戦う宣言をするダムラントとラヴちゃん。釣られてタスクもたどたどしく発言した。

 行き止まりの壁に追い込まれたダムラントへと2人の突撃が行われる。ラヴちゃんの推察通り、今まで防御に徹していたダムラントは打って変わって見違えたような動きを見せてきた。自分から足を動かし“対応する側”から“対応させる側”に。【BISHOP】の杖から放たれる種子の弾丸はタスクへと差し向けられ、【KNIGHT】の槍でラヴちゃんの斬撃を受け止めようとする。


「なるほど。わたくしと比べて未知数、かつアクロバティックな動きをするタスク様と近接戦闘を行うのは悪手と判断しましたか」

「何をされるかわかったもんじゃないからな」


 ラヴちゃんの振るう刀と、ダムラントが扱う槍では間合いが違った。鋭い太刀筋が近づいてくる前に槍の先端で正確に突き、今度はダムラントが追い込んでいく展開となる。ラヴちゃんの刀【SAMURAI】は状況を打破できるような特殊能力は持ち合わせておらず、おもちゃから模擬刀、そして刀へと変化していく能力であり『緑色』の力で多少の風を操ること以外は、シンプルな斬撃武器としてしか使えない。それでもこれまでマイの護衛を務めてこれたのは本人の機転からくる策の数々があったからだ。


「では、わたくしも本気を」


 ラヴちゃんの左足が強く踏み込まれる。刺突が迫る直前、刀身に僅かながら『緑色』の風がまとわりつき槍の先端とぶつかった。と同時に風圧で槍がほんの少しだけ浮く。ラヴちゃんが刀を持つ右手に力を入れると槍をガリガリと削りながら前進していった。刃こぼれを考慮せず、かつ表情を変えずに迫ってくる彼女にダムラントは恐怖すら抱き、咄嗟に種子の弾丸を発射する。


「それごと斬ります」


 種子を裂いたままの勢いでダムラントにも切りかかろうとしたラヴちゃんだったが、刃に種が触れた瞬間。一気に草花が成長し目くらましとなった。ラヴちゃんの視界の大半を覆う。この隙に側方から槍の刺突を行おうとダムラントは考えたが、ラヴちゃんにも奥の手はあった。マイから借りている力の一片。


「【LIONS】!」


 首に巻いているオレンジ色のマフラーから、可愛らしいライオンのマスコットキーホルダーが飛び出した。それに付属している黄緑色ボールチェーンが瞬間的に巨大化・変形し、鋭利な鉤爪となるとラヴちゃんの左手に装着される。刀を持っている右ではなく、左半身を狙おうとしたダムラントだが対応されてしまった。槍の先端は鉤爪によって受け止められる。


「これを使わされるとは……ですが」

「ッ……!」

「終わりです」


 ダムラントは【KNIGHT MODE】の鎧を出現させようとしたが、刀の切り上げはすぐさま行われた。

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