第4話 氷に浸透していく志

「受けて立とう」


 軽トラの荷台に座っていた警察官の男が立ち上がる。何も武器を持っていないロックは素手のまま彼に殴りかかった。着ているパーカーの内ポケットには、ナイドの手のひらを貫いた事もあるドライバーや折りたたみナイフ等も用意されていたが使おうとはしていない。


「うあぁ!」


 悲鳴にも似た叫び声でロックの拳が突き出される。しかし男は易々と避け、ロックの手首を掴むと思い切り捻った。


「うっ……」


 これだけに留まらず、捻ったまま引っ張り荷台に叩きつけた。うつぶせの状態でロックは怯み、あっという間に取り押さえられてしまった。ロックの背中に男がのしかかり両腕も捕らえられ動けない。


「でも、これで終わりだ」


 磨きあげられた逮捕術に為す術もない。いとも簡単にロックが負けてしまったように見えたが、彼の心は諦めていない。


「……きっと他の皆は勝ってくれるはず。俺が負けても、あいつらが」

「君は、自分より他人を優先する人間だと聞いた。だからこうしてマイを人質にとったワシ達に刃向かった……優しい性格だ。でも本当にこれで良かったのか?」


 すると男は力を緩めてロックから離れた。拘束が解かれたがロックは戦闘を再開しようとは思わなかった。勝てる見込みがなかったのも確かだが、男からは敵意が薄れ話し合いの意を感じられたからだ。ロックが起き上がってから座ると男も同じ目線になるよう座った。


「ワシ達は確かにマイを精神的に傷つけた。その点については謝ろう……まぁ、勝手にダムラントがやった事でワシ達は後から呼び出された立場だが」

「人質をとる行為を見て……それに協力する事に嫌悪感はなかったんですか」

「少しはあった。ワシにも優しさというものはあるからね。だけど状況を全体的に見た結果、ワシはダムラントに力を貸した。キーネから話を聞きたいっていうのに、そのキーネを引き渡すよう何故かマイとラヴちゃんが求めている、と……理由も話してくれなかったからね」


 ロック達も、ラヴちゃんをMINEのリーダーなのではないかと疑っていた。それでもマイを助けるため協力した理由は、ダムラント達の行いを許せないという感情的なもの。対して男は合理的な考えを見せる。


「犯罪者を渡すなんて立場上見過ごせないし、ラヴちゃんは強い。彼女の戦いぶりを見たことのあるワシが考えるに、ダムラント達と4人がかりでも良くて相打ち。だから人質としてのマイを解放するつもりもなかった。お目当てのキーネから情報を得た後に、じっくりラヴちゃんからキーネとの関係も聞き出そうと思っていたさ」


 穏やかな声色は変わらず嘘など含んでいない本音。ロックにとっても理解できる内容であり、男への憎しみなんてものは無いに等しかった。


「ワシも君と同じ立場だったら、君のように動いていたかもしれない。必要以上に痛めつけたりはしないよ」

「……もし、俺がまだ抵抗するならどうしますか」

「もう一度相手をしよう」


 男の方も、できればこれ以上戦いたくはないといった様子だった。するとロックは言葉で戦う道を。


「ロォドさんは、復讐も1つの選択肢だと俺に言ってくれました。だけど俺には……多分それは向いてないです」

「そうだろうね」


 脈略のない話ではあったが男は相槌を打つ。


「でも、ダムラントさんを見るラヴちゃんの目を見て思ったんです。マイを傷つけた貴方達に、復讐も考えてるんじゃないかって。現に昨日はイーサン局長がマイのトラウマを刺激してしまったらしくて……その時も、ラヴちゃんは相当怒ってたらしいです」

「ワシ達に危害が行くことを心配しているのかい?」

「それもそうなんですけど……今から俺が言うこと聞いても笑わないでくださいね」


 若干恥ずかしがるロック。黙って頷いた男は聞き入れる準備が出来ていた。


「もちろん俺も、キーネさんからは『MINE』のことを全部聞きたいです。イーサン局長やダムラントさんから見ても納得がいく結果にしたいし、マイとラヴちゃんがキーネさんを求めてる理由も知りたいしで……俺は、全部を解決したいんです」

「そうか…………手を差し伸べてやれると思った相手には、片っ端から伸ばしてみるって事だね」

「はい。欲張りですけど、みんなにとって良い結果が欲しいんです。俺は嫌な結果をもう見たくない……それは誰だって同じだと思うので。だけど、それを叶えるために罪のない他人を傷つける方法は取りたくないです」

「フッ……青臭い、理想だ」


 鼻で笑う男を見てロックは不満の色を示す。約束が違ったからだ。


「笑わないんじゃなかったんですか!?」

「いや、ごめんごめん。警察官だというのに、守るべき市民の理想とはかけ離れた行為をワシはしてしまっていたんだね」


 自らに向けた呆れの声。何か後悔も感じられる色気のあるものだった。当然、ロックは理想を期待する。


「俺の考えを肯定してくれるんですか?」

「まだそこまでは言ってないよ。ただ……そうだね。君だけじゃない、ナイアやモント、レイジにマイ。未来ある若者の意志を虐げてはいけないとは思った。ロォドさんなら、きっと君達を許して先に通しているだろう」

「貴方は、通してくれないってことですか」


 ロックが寂しげに言葉を漏らし、それを見た男は微笑んだ。続いて立ち上がると背を向けあらぬ方向へと話し始める。


「ワシはロックの捕獲に失敗した。ダムラント達には、申し訳ないが」

「え?」

「何かを切り捨てて何かを得るよりも、何から何まで全部得る、助けるという道をワシはもう選べない。成長してしまったからだ。でもまだ成長の余地を残している人間がその道を代わりに選んで、走っていけるのなら……託してみよう」


 男は最後まで振り向かなかった。彼がどういった心理で話していたのか、ロックにはその全てを理解できなかった。しかし理解できた部分を噛み砕き、ロックは軽トラから降りて【ROCKING’OUT】へと駆け寄る。エンジンがかかりゆっくりと走り出しても男は追わなかった。


「ダムラント……すまない。揺らいでしまったんだ。ダムラントが子供、特に上流階級を嫌う理由については同意していたけど。ワシはね……ロォドさんが希望を見た、ロックを信じてみよう」



 *



 遡り14年前。


 世界政府総長の娘が入所しているという孤児院に、謎の武装集団による襲撃が行われた────


 と、人形ドール保安局に報せが届いた。総長の娘の命にかかわる事態。保安局からは大量の人員が投入され、当時19歳の新人局員だったイーサンとダムラントも向かう事となった。


「酷いな……」


 保安局の人間が孤児院に着いた時には既に手遅れの状態になっていた。あちこちで煙が上がり、逃げ惑う子供の悲鳴と無慈悲な銃声。イーサン達の目には子供達の遺体が目に入る。思わず2人は目を背けるが、当時の局長は構うことなく先へ進む。


「怯む暇があるなら、生存者を探せ」

「は、はい!」


 彼の言葉は正しかった。申し訳ない気持ちを2人は抑え、救える命を探しに行った。孤児院の壁のあちこちにはイーサンの【INSIDE】とはまた違った破壊能力を持つ人形ドールが使用されたと見て取れる、空けられた穴が多数あった。単なる破壊ではなく、液体のようにドロドロに溶かされた跡が残っている。


「あそこ、子供がいるよイーサン!」

「なに……?」


 空けられた穴から室内の様子は見えていた。1人の幼い男の子が壁を背にして怯える。そして彼に近寄るフードとマスクで顔を隠した男。すぐさま2人は人形ドールを使おうとしたが、2人の間を局長が駆け抜けていった。


「遅い! それでは間に合わん!」


 局長の言う通りだった。フードの男の手には人形ドールである剣が現れ、男の子を切り裂こうと振りかぶった。身を呈して局長が割って入ると、鋭い刃が腹部に突き刺さる。局長は血を吐きながら倒れてしまった。すると男の子はイーサンとダムラントの方を見て嫌味を含んだ救援要請。


「……な、なにしてるんだよ! オレのこと守れよ……オレがあの製薬会社の跡継ぎだって知ってるだろ! お前らなんかよりオレの方が生きる価値があるんだぞ!?!?」


 イーサンは歯を食いしばりながら走った。ダムラントは、動けなかった。

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