第3話 しろいさぎ

 マイの提案により、ロック達は病院内にある食堂へ向かう事となった。立ちながらの会話はお行儀が悪く他の通行人にも迷惑、とマイは話す。

 院内食堂は1階にあり、大きな窓からは朝日が覗く。その光を浴びられる席に一同は座り、料理を頼んだ後に会話は再始動した。


「食べながら話すのはお行儀が悪くないのか?」

「食べながらお話したら楽しいも〜ん」


 椅子に座ったマイの足は床に着いていない。ぶらぶらと揺らし25歳とは到底思えない行動ばかりだった。

 ロックの向かい側にマイが。

 ナイアの向かい側にはラヴちゃん。

 レイジに対面する者はいなかった。誰も座っていない椅子のみ。しかしマイが自らの人形ドールをそこに出現させる。


「私の【WORLD】!」


 取り出した真っ白なカプセルから粒子が放出され、段々と鳥のシルエットを描き形成していく。白く美しい鳥類──白鷺しらさぎであった。白鷺の形をした【WORLD】は足とくちばしが黒く、まるで本物の生物のように動いている。だが左の翼がもがれたようにして存在しておらず、不気味でもあった。


「この子も食べ物を摂れたりするの。すごいでしょ」


 そう言ってマイは水の入ったコップを【WORLD】の口に持っていき飲ませた。水滴を零さない綺麗な飲み方で、本当に意思を持っているかの様。


「謝るのは私の方って言ってたけどね、人形ドールのせいで大切なもの……職や住居、人の命なんかも失った人達は、大半が私への非難や嫌がらせをしてきてるの。だから、そういう人達にはひたすら謝ってる」

「でもイアが死んだのは、俺のせいだ。マイに責任はない」

「でも命を奪ったのはナイドの人形ドールでしょ?」

「っ……それは、そうだけどな」


 結局、ロックはマイに対して敬語は使わなかった。責任という名の重荷の奪い合い。双方共に優しい心を持っているからこその言動。全ての人形ドールの形状・特殊能力はマイの知識、経験、願望が元になっている。


「【MIDNIGHTER】の能力もイーサンから聞いた。“自身の事を調べようとしてきた人物の個人情報がデータとして手に入る”能力の元になった時の出来事なんて、思い出せないけど……」

「お嬢様は、記憶喪失なのです」


 ラヴちゃんが口を開いた。


「記憶喪失ゥ?」

「まずはお嬢様の過去を語らなければなりませんね」


 半信半疑のレイジに食い気味で割り込んだラヴちゃんは、声色と雰囲気だけで自らの会話のペースに引き込んだ。喉を潤すために水を一杯飲み込んでから話し始めた。


「……お嬢様は知っての通り、世界政府総長“ドイル”様の娘。お母様は早くにお亡くなりになり、ドイル様は多忙で面倒を見てやれない……という理由で、お嬢様は孤児院で過ごす事になりました」

「親が居るのに孤児院に行くんか?」

「親となる人間自体は居ても、それぞれの事情があればそこに入る事になるからな」


 かつてイアの祖母がイアを児童養護施設に入れたがっていた所に、自らの家で住む事を提案したロックだからこその発言。


「お嬢様がその孤児院に入所した直後に、わたくしも入所し知り合ったのです。ちなみにわたくしはお嬢様の一つ下。24歳です」


 見た目だけならばラヴちゃんの方が歳上なのだが、元々は『差程歳の離れていない友達』のような関係であった。


「お嬢様が11歳の頃、謎の武装集団によって孤児院が襲われ……抵抗虚しく院の人間はほとんどが虐殺されました。その時のあまりにも大きいショックによってお嬢様の記憶は大半が無くなり、赤子同然の状態になってしまったのです。そして生き残った者はわたくしとお嬢様、院長の3人のみ。ですが院長は間もなく行方不明に……もし今もまだ生きていたとしても相当な老婆になっているでしょう、ね」


 感傷的な声になったラヴちゃんは、隣のマイの頭を撫でる。マイ自身は記憶を失っているため虐殺の光景は想像する事しかできないが。


「それで救助に来てくれたのが、まだ下っ端だった頃のイーサンとダムラントなんだよね?」

「ええ。当時はお二人共19歳と、かなり若かったらしいですが」


 14年前の出来事。つまりイーサンとダムラントは現在33歳。重役としてはまだまだ若い事実にロックは感心した。


「……そんな事もあり、わたくしは命を賭けてでもお嬢様を守ると誓いました。これがわたくし達の自己紹介、と言ったところでしょうか」


 澄んだ瞳でラヴちゃんはロック達3人全員を視界に入れた。まるでゆっくりと抱かれるような感覚に襲われた彼らは身震いをする。そのまま握りつぶされるような、殺気にも似たものだ。


「ね、良かったら私達友達にならない!?」


 暗い話が続いていた事もあり、マイは明るい声で提案。記憶を失ってから14年、ロック達よりも年下と考える事もできる。真っ先に反応したのはナイアだ。


「うんもちろん! 私も家族関係の事になると寂しくなるし……気の合う友達は欲しいな」

「俺もええで! こんな美少女と知り合えるだけでも光栄なのに、友とか歓迎や!」


 ナイアとレイジがすぐに承諾すると、マイは頷きながら笑いラヴちゃんも口角を上げた。最後に残ったのはロック。


「本当に良いのか? 俺はジャムを殺した、人殺しなんだ。さっきも『嫌な気持ちはある』って言ってただろ?」


 最早しつこいくらいの気遣いをロックは披露している。人殺しの友達を作らせたくない、という優しさ。しかしマイは。


「良いんだよ! だって貴方は悪い人じゃないし。私もさっき言ったけど、こっちも正直謝りたいし……とにかくっ! ジャムの事については全然大丈夫なの!」


 屈託のない可愛らしい顔を目の当たりにし、ロックは考えを改めた。彼が会った人間の中でもトップクラスの優しさを持つマイに、どこか惹かれてもいる。


「……わかった。俺も頑固だったし、余計な『優しさ』だったな」


 イアを死なせてしまったあの時の光景がまたしても脳裏に過ぎる。だがマイと目を合わせ、信頼と承諾の印はしっかりと見せていた。

 けれどもナイアは、先程のラヴちゃんの発言に疑念を抱いていた。


(さっきのラヴちゃんの話……『“武装集団”に襲われた』部分は本音じゃなかった。でも何者かに襲われた事自体は本音。武装集団ではない誰かに襲われた……? この人はいったい何を、隠しているの?)

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