第5章 儚い、炎

第1話 インサイド・キングダム

「う……んん?」


 ロックの意識が戻る。いつの間にか真っ白なベッドに寝転び、無機質な天井を見上げていた。数秒の間、彼は呆然としていたがジャム達との対決をすぐに思い出し上半身を起こす。同時に胸に痛みが走り、『茶色』の力である岩石の攻撃による傷が癒えていない事を確認した。


「でも……ほとんど治ってるな」


 病室には他に誰もいない。簡素な白いシャツの上から胸をなぞると、かさぶた特有のザラザラした感触が指を遊ぶ。

 すると病室の外から足音が聞こえ、ガラガラと引き戸が開かれた。


「お邪魔しま……あ、ロックも起きた!」

「ほんまか!? ほんまや!!」


 頭と腕、足にも包帯を巻いているナイア。右ふくらはぎの銃痕が完治していたレイジの2人が部屋に入る。病院に配属されている人形ドールの力は偉大。驚きながらも歓喜するレイジはすぐさまロックに抱きついた。


「良かった……良かったで! おーしよしよしよし」

「髪の毛くしゃくしゃすんなよ……そうだ、モントはどうした?」

「あ……それが、なぁ」


 動く手を止めたレイジは言葉がつまり、目を逸らす。その様子を見たナイアは気を使い自らが説明した。


「あれから3日経ったけど、まだ目を覚ましてないの。右腕と左眼をなくして……他にも傷が酷いみたい。生きてる事が奇跡って、病院の人も言ってた」

「俺を助けるために無茶を…………感謝、伝えたいんやけどな」


 話題が暗くなり、3人は黙った。ひとまず会話を続けるためにロックから質問を繰り出し始める。


「……ジャムやナイド達はどうなった?」

「ジャムは……死んだで。ナイドとラディには逃げられたけどな、【MIDNIGHTER】のカプセルは俺が回収した。ナイドの力を恐れる必要はもうないんや」

「そうか……俺は、ジャムをこの手で。“殺す勢いで挑むが殺しはしない”なんて言っておいて結局このザマか」


 自身の両手を見つめたロックは大きいため息を吐いた。安堵と後悔が含まれており、覚悟も決まる。


「だったら後はラディと……“外見を若返らせる”能力を持ってるメンバーと、『MINE』のリーダーの3人。そいつらを倒せば全部終わるはず」

「それが、な……」

「どうした?」


 苦い表情を浮かべたレイジは、入ってきた引き戸の方に親指を向ける。と同時に2人の長身の男が歩いてきた。

 一方はパーマがかけられた短い青髪をしており、黒いジャンパーには袖を通さず肩がけしている。真顔であり他人を近寄らせない重苦しい雰囲気。

 もう一方は黄緑色のふわふわした髪の上に黒い帽子を乗せ、スーツを着用しているが表情は柔らか。花柄のマフラーも首に巻いていた。


「話はレイジとナイアから聞いた。お前達のようなガキがこれ以上戦う必要はない。後は大人に任せておけ」

「怯えなくても良いっスよ。言い方キツくてもホントは優しいんスよ、この人」

「無駄口を叩くなダムラント」

「あの……貴方達は」


 唐突なガキ呼ばわりにも怒らず、ロックは彼らの身分を確認しようとする。


「俺は『ドール保安局』の局長、“イーサン”だ」

「本職は副局長の“ダムラント”ってやっこっスよ。局長、いつものアレ言わないんスか?」

「今は必要ないだろう?」

「ケチっスね」

「う……言えばいいんだろう言えば」


 世界政府直属、人形ドールの犯罪を取り締まる保安局で一番の権限を持つ男イーサン。19年前に設立されたばかりの組織で、イーサンは2年前からこの職に就いていた。


「俺を呼ぶ時は“さん”付けをしなくていい。『イーサンさん』になる。サンは太陽……太陽は2つもいらないからだ」

「わー、かっこいいっスね。世界政府総長に鼻で笑われた決め台詞」


 しかし、主にダムラントが要因で場の空気は軽くなる。決め台詞を晒したイーサンは顔が赤くなり、ロック達に背を向けると長いため息を吐いた。


「局長はそこで恥ずかしがっててください、口下手なんスから。代わりに本職が君達に説明するっスよ」

「は、はぁ……わかりました」


 体だけでなく心に傷を負ったロック達相手に、イーサンでは説明が上手くいかないというダムラントの判断。部屋の端にあったパイプ椅子を寄せ、座ると緩やかな声と表情で話し始める。


「まず、君達には礼を言わないと。今まで『MINE』についての情報はほとんど掴めなかった。ナイドの【MIDNIGHTER】のせいっスね。“自身の事を調べようとしてきた人物の個人情報がデータとして手に入る”能力のおかげで、情報を掴んだ人物は簡単に殺されちゃうんスから」

「でも、【MIDNIGHTER】のカプセルは今兄さんの手にはない……」

「うん。だからようやく安心して『MINE』を調べられる。本当にありがたいっスよ。今まで警察とかにも言わなくて良かったっス。もしそれやっちゃったなら、裏社会にいろーんな人の個人情報バラされちゃうんスから」


 割り込んだナイアにも笑顔を見せ、頭の後ろで手を組んだ後に頷いた。人当たりの良い印象を相手に抱かせる手法。


「まぁそういう事で。後は本職達に任せておいて。まだ事情聴取はしてもらうつもりっスけど、安心して元の生活に戻れば良い。数ヶ月間は家の周りに警備員も配備しておくっスから」


 立ち上がったダムラントは目を線にし、満面の作り笑顔を3人に向ける。レイジは疑いを持たなかったが、ロックとナイアは瞳の奥に真意が隠されている事を察した。


「でも俺は、人を殺して……」

「正当防衛っスよ。君は悪くない。だから……手を出すな」


 ややドスの効いた声でダムラントは言う。ロックもこれには押し黙る。するとイーサンも近づきダムラントの右に立った。


「そういう訳だ。だがまぁ……どうしてもジャムの件が気がかりなら、霊安室だな。遺体が安置してある所に行け。ジャムの友人が居る。もちろん詐欺には加担していない人間だ。自分を責めたいならそいつに色々言われてこい」


 ダムラントの説明が一通り終わったと判断したイーサンは提案。続いてジャンパーのポケットからタバコとライターを取り出し火を付けようとしたが、咥えたタバコの先端をダムラントが咥えこんだ。キスを交わしてしまいそうな程の距離。


「んっ!?」

「ここ禁煙っスよ。このタバコは貰うんで……それじゃあ本職達は喫煙所に直行!」

「ちょっお前」


 仮にも上司だというのに、イーサンはダムラントに引っ張られ情けなく連れ去られる形。ロック達3人は呆気にとられた。


「……とりあえず、ジャムの遺体を見に行くか。例え詐欺グループの人間だとしても俺はその人の友を殺してしまったんだ。謝らないと、な」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る