ジャムの記憶

追想『ジャンプ・ジャム・ジャック』

 ナイドが『MINE』に加入してから1ヶ月が経ったある日の事。灰色の壁に囲まれた無機質な地下室にて、中央にある螺旋階段に座ったナイドとジャムは会話を交わす。


「罪悪感、なくなってきたか?」

「……かなりね。自分のためだと思えば、人は残酷になれるって分かったよ」

「そりゃそうだ! 人は普通、自分の感情しか把握できないからな!」

「ジャムは……他人の感情や考えている事が読めるのに、罪悪感は無いのかい?」


 それを聞いたジャムは鼻息を漏らし、純粋な疑問を持ったナイドと見つめ合った。するとジャムが顔を近づけ、ナイドの肩に手を回すと口づけを交わしてしまいそうな程の距離に。


「……いきなり何を」

「話してやるよ、オレがどうしてこんな人間になったのか。あれは今から4年くらい前だったか」



 *



『人形の白』が突如として現れ、全世界の人間に人形ドールが与えられ始めた日。それは辺境の地、電波すら届かない地方も例外ではなかった。

 ジャムが住んでいた村は、世界から隔絶されていたようなものだった。農業や畜産による自給自足、村内だけで完結する人の一生。


「なぁジャム、なんか変な棒きれと……指輪が突然僕の元に現れたんだけど」


 ジャムの家の扉を叩き、相談を持ちかけてきたのは親友の“ロン”。右手の中指にはピンク色のラインが入った指輪がはめられていたが、ジャムが気を取られたのは頭髪の方だった。


「お前……ピンク色の髪って」

「起きたらこうなってたんだって! この指輪と絶対何か関係があるはず」


 当時のジャムは黒髪で、唐突に派手さが増した親友を羨ましく思ってもいた。

 2人は他にも同じような事象と遭遇した村人がいないか探し始めた。村の人口は40人程度。その内の4人がカプセル及び人形ドールを手にしていた。

 村人全員は村長の指示で広場まで集められ、緊急の会議が始まった。松明たいまつの前で村長とロンは並び立ち、指輪を示して村人に説明がなされる。


「どうやらそれぞれに違う力があり、髪色も変わるらしい」

「すみません村長、僕の力だけ分からなくって……」

「あまり自分を責めるなロン。気づきにくいものなのかもしれない」


 人形ドールを手にしていた者の中でロンだけが自らの能力を把握できないでいる様子。しかし次の瞬間、『パチン』という異音と共に悲劇の導火線に火が付けられた。


「……っ!? ロン!」

「うわっ」


 2人の後ろに立っていた松明たいまつが倒れ、ロンに覆いかぶさる直前で村長が身代わりとなった。弾き飛ばされたロンは、全身が炎に包まれ悶える村長をただ見つめるだけ。


「うわぁぁぁぁ!?」

「は、早く水を!」


 村人達は大騒ぎ。泣き出す者もいたが、ジャムはすぐさまロンに駆け寄った。ロンの肩は震えていなかったが表情は狼狽そのもの。


「ぼ、僕を庇って……」

「ロン、ひとまずここから離れよう」


 ジャムは気を使い村長から離れさせようとした。心を落ち着かせるための行動だったが、再び。


 パチン、と鳴り響く。


「ぎゃ、ぎゃああああ!!!!」

「がぁぁぁ!?」


 村人が1人、また1人と傷を負って倒れていく。光景は残忍で、口にナイフが突き刺さっていたりレンガに足を潰されいたり。どれも一瞬のうちに行われ、犯人の特定など到底不可能。

 するとついに歯をガチガチと鳴らしたロンは立ち上がり、狂乱したまま走り出した。


「う、う〜わぁぁーー!!」

「ロン!」


 ジャムは追えなかった。自分の足も震えているとようやく気づいたからだ。周囲の人間が無惨に、あっけなく死んでいく光景を目の当たりにしたジャムはひとまずの逃亡を試みる。


「とりあえず……安全な所に! オレの家に来てくれ皆!」


 戸惑っている他の村人を心配し、自身の家への誘導。5人が気づき同行したものの、その場から動けなかった者は置いていくしかなかった。


「いったいなんだったんだ?」

「わけがわからない」


 玄関で一息ついた村人はやはり落ち着かない。ジャム自身もそうだった。


「え……?」


 そしてついに、ジャムの頭髪が紫色に変わっていった。右の掌にはカプセルが出現し、他の5人を見渡すと思考が見通せるようにもなる。


「い、いったいなんなんだ!」

「きっと祟りだ! 髪色が変わった人が出てきたのも何かの祟りだ!」


 とはいえ極限状態。頭に浮かんだ事をそのまま言っているため思考を読める事の利点は無かった。


「髪色が変わった奴のせいなんだ! お前もだジャム!」

「そんな……オレは関係ない! そ、そうだオレは思考が読めるようになったんだ! ここにいる皆も何もやってないんだよ! 安全なんだよ!」

「嘘だ! んなもんでっちあげられるだろ!」


 錯乱した村人5人はジャムを責め立てる。和解を申し出たが聞いて貰えず、1人が殴りかかった。涙ぐんだジャムは咄嗟に右手で頭を守ると、【JUMP COMMUNICATION】。2つの巨大ブッチャーナイフが両手に装備された。硬い刃に拳は阻まれる。


「な……なんだその凶器は!?」

「お前も俺達を殺そうとしてるんだな!!」


 ジャムは何も言い返せなかった。いきなりに出現したナイフに恨みを向けると、カプセルに収納されていくも疑いは晴れない。

 諦めを抱いたジャムは家を飛び出した。


(どうして……どうして信じてくれないんだ)


 背後からは罵倒。追跡はされなかった。


「そうだ、ロン……ロンはどこに!?」


 ロンなら信じてくれる、一緒にここから逃げ出せる。淡い想いを胸に必死にジャムは村を走り回った。だがロンの姿はどこにもなかった。

 代わりに目に入ったのは、髪色が変わった他の3人が血反吐を吐いて倒れている光景だった。


「あいつもだ! ジャムも殺せ!!」


 狭い村内のコミュニティ。結束は強いはずだった。いや強いからこそ、多数が生き残るために少数を排除する考えに至った。


「なっ……俺の髪の色も!?」

「お前もだぁぁぁ!!」


 しかし、最早多数派とは言えなかった。段々と髪色が変わっていく村人も増え、疑心暗鬼の殺し合い。目の前で仲間割れが起こったおかげでジャムはその場から逃げ出す事ができた。


「どうしてみんな殺し合うんだよ!! どうして髪の色が変わって……変な物が現れたんだよ!!」


 誰にも届かない質問は空を切る。すれ違う村人達の思考は困惑そのもの。ジャムを警戒する者はもちろん、ぐちゃぐちゃに思考を壊され死体を抱きしめるだけの者もいた。


「ジャム!」

「ロ、ロン!?」


 森へと続く道にはロンが立っていた。ジャムはすぐさま彼の元に向かい、共に森の中へ入っていく。追ってくる人間は誰一人としておらず、2分程度でジャムの心は落ち着いた。


「よかった……ジャムは無事で。僕の家族も友達も、みんな殺されちゃったんだ。でもまさかジャムも同じように髪色が?」

「あ、あぁ……どうしてこんなこ────」


 疲れきった足を休め、ロンの顔を目にした瞬間だった。ジャムはロンの思考を読んだ。


〘あとはジャムと一緒に逃げるだけ。ほんと、みんな簡単に殺されちゃってチョロいな〙


 犯人は、ロン。


「……? どうしたの、ジャム」

「こっちの台詞だ……! お前が犯人だったのかロン!!」

「え、えぇ? いきなり何言ってるの?」

〘まじかよこいつ、バレたのか? いやそんなはずはない〙


 読み間違いではなかった。けれども、きっかけとなったのはロンを襲った松明たいまつ。ロン自身が襲われたというのに、ロンが犯人だと辻褄が合わない。


「だって僕、他のみんなが殺された時もジャムの近くにいたじゃん。無理なんだよ」

〘僕の力は“指輪をはめた中指と親指で音を鳴らすと少しの間、時間を止められる”ものだから、その間に殺せたんだけどね! 最初は僕が疑われないために松明たいまつを僕自身に襲わせたんだけど、まさか村長が助けてくれるとは〙


 建前と本音。信じていた親友が村を壊した。事実はジャムを押しつぶす。


「オレの力は“思考を見通す”ものなんだ! どうして、どうしてだよぉぉ!! どうして殺戮なんて!」

「あぁそうだったんだ、それはね。単に今の暮らしが嫌だったからだよ。両親にはダメ息子と言われ、親友と呼べるのはキミだけ……他の友達は僕を利用してただけ」

「そんな理由で……」

「僕にとっては積み上がって大きくなったものなんだよ。実行に至ったのは、もちろんこれのおかげ」


 妖しく光る指輪を見せ、わざとらしい笑顔を作る。


「できればジャムと一緒に最期まで暮らしたかったけど……もういいや。僕の正体を知ったキミに価値はない」

「っ……!」


 笑顔はすぐに無くなった。直後に、『パチン』と指が鳴る。止まった時間の中では思考も読めない。ロンは勝利を確信していた。

 止まった時の中でロンは腰からナイフを取り出し、ジャムの腹部に向かって投擲。しかしロンの手から離れた途端にスピードは落ちていき、空中で停滞した。


「止めている間は直接攻撃はできないみたいだからね……もうすぐ時は動き出す」


 時が元通りになった瞬間ナイフはジャムに突き刺さる、はずだった。


「【JUMP COMMUNICATION[飛び越える意思疎通]】!」


 ジャムはこの場で名付けた人形ドールの名を叫び、2つのブッチャーナイフを出現させ縦に一閃。弾いた。そしてその先には持ち主であったロン。予想外の反撃に対応できず胸にナイフが刺さった。


「がぁぁぁ!?」

「うわぁぁぁぁ!!」


 ジャムは悲鳴を上げながらロンに突っ込むと、ブッチャーナイフで彼の右腕を斬り落とした。


「痛い!! 痛いぃぃぃ!!」

「ロン……!」


 言葉にできない感情。他人の思考は読めても、自らの思考は他人に見せられないもどかしさ。


「こ、このままじゃ出血多量で死ぬ……! そうなったらジャム、キミも僕と同じだ! 同じ人殺し!! ジャムと一緒になれるんだ!!」

「同じに、なんて……!」


 言葉が詰まった。言い返せなかった。ロンの言葉は虚勢などではなくどす黒い欲にまみれた本心。

 ジャムが出した結論は。


「ああ分かったよロン! ひとまずはお前と同じになってやる……でもオレはお前なんかすぐに超えてやる! 別の存在になってやる!! もう騙されるのは嫌だ……だからオレは、常に騙し続ける側に!」


 しかし、後半部分で既にロンの意識は途絶えていた。勝ち逃げされたと感じたジャムは再び森の中を走り続けた。



 *



「…………と、こんな感じ」


 自らの過去をナイドに晒し、満足気な顔を浮かべたジャムはヘラヘラと笑う。


「……別の存在には、なれたのかい?」


 ナイドは少し考え込んだ後に質問した。


「なれなかったな! 今年の初め頃に詐欺グループを作ってからは人を騙して、人を殺して……どこまでいってもオレはロンとそれほど変わらなかった。人間、確かに変わるが所詮根っこが同じじゃあな。同じ事をやらかせば当然同じになるんだ」


 普段のジャムからは見せない感傷的な声の震え。ジャムも人間なのだと改めて認識したナイドは何も返事はしなかった。


「だけどな、“親しい人に騙されていた奴”はオレと同じで好きって思える。ナイド、お前もだ。でもお前は父親と和解する道を自分で壊してしまった……ちょっと責任感じてるんだよ。だからオレは、お前の親友で居続ける。親友なら、一緒の存在でも悪くないって思えるだろ?」


 他人の人間関係を壊す詐欺グループの人間が口にしたとは到底思えない言葉。

 騙される側より、騙す側を選んだジャム。同じく騙す側の人間に向かう仲間意識。


(ジャム……そんな気持ち、お金にはならないのに)


 けれどもナイドは、感情よりも金を優先する。

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