第4話 命取り

「君はイアを見限るかと思ってたけど、本当に底抜けの……優しいバカだ」

「俺にとったら褒め言葉だな? ……ありがとなイア、助かった。後はこいつを片付けるだけだ」


 工場の支柱を頼りにナイドは立ち上がり、再び弾丸を発射しようと【MIDNIGHTER】の方を向いた。対してロックは軽々と【ROCKING’OUT】に飛び乗りハンドルを握りしめる。


「僕はこんな所で終わる訳には……いかないんだよ! まだまだ金は集め足りない!」


 自分から起こしてしまった事態だというのに、ナイドは口から唾が零れるほどの激昂を見せた。【MIDNIGHTER】の口に光が集まり、再度弾丸は放たれる。


「こっちも終わる訳にはいかないんだ!」


 ロックは思い切りアクセルを踏み込み【ROCKING’OUT】は走り出す。更に前輪が持ち上げられウィリー走行となる。大して勢いがついていない状態でこんな芸当ができるのも人形ドールの長所。あくまで能力を持っているだけで、人の姿をしたものより自由は効かないが各部位を動かせる。

 弾丸はバイクの腹部、つまりエンジン部分に弾かれ無力化された。攻撃は通らなかったがナイドは諦めず、轟轟と迫り来る【ROCKING’OUT】を再び受け止めようと自らの人形ドールを身構えさせた。


「これならどうだ!」


 先程とは趣向を変え、【MIDNIGHTER】は長い両腕ではなく右足によるハイキックで迎え撃った。これもエンジン部分を狙ったもので、二つの硬い装甲がぶつかり合い重い音が響き渡る。


「と、止まっちまった!?」


 キックを繰り出した右足は重みにより震えていたものの防ぐ事には成功していた。安堵しため息をついたナイドだったがそれもつかの間、彼の視界左からは【LIAR】が襲いかかる。


「なら【LIAR】で決める!」


 イアの宣言と共に三度目の右ストレート。先程は突然だったため両手でバイクの対処に追われていたが、今回はかろうじて両腕、それに口が空いている。【MIDNIGHTER】は右ストレートに対し左腕を仕向けた。

 次の瞬間、拳撃をまともに受け止めた左腕の装甲は凹んでしまったが防御した事に変わりはない。間髪入れず【MIDNIGHTER】の口からも三度目の弾丸が放たれた。


「くそっ……!」


 決定打を与える事ができなかったためイアは悪態をつく。弾丸は【LIAR】が再度右腕で防いだが、その隙をナイドは見逃さなかった。


「今だっ!」

「うおっ」


 右足に留まらず、更に右腕のパンチもエンジン部分に衝撃を与えた。【MIDNIGHTER】の腕が長いからこそ可能だった攻撃。【ROCKING’OUT】もこれには耐えきれず押し返され、後ろ向きで倒れ込んでしまう。


「ロック!」

「よそ見している場合かな!?」


 バイクの下敷きになったであろうロック。彼を心配した隙を突き、【MIDNIGHTER】は素早く走りイアの顔面目がけて左ストレートを仕掛けた。【LIAR】を咄嗟に盾として利用する事で直撃は免れたものの、それが原因で吹き飛ばされた【LIAR】に押しのけられ転がり込んでしまう。


「うっ……」


 足首を痛めたイアは苦い表情を浮かべる。この時点で勝利を確信したナイドはニヤリと笑い、右手で自身の頭を抑えた。


「危なかったがなんとか勝ったぞ……これで僕達は真の贅沢を──」


 笑顔を廃工場の天井に向けた途端、ナイドは黙りこくってしまい口をぽっかりと空けてしまう。天井付近の骨組み、その鉄骨にぶら下がっていた人物が目に入ってしまったのだから。



「な……!?」

「これで終わりだ、ナイド!」



 右手を頼りにぶら下がっていた男はロック。【ROCKING’OUT】の下敷きになったものだとナイドは思っていたため、思いがけない光景に反応は遅れてしまう。

 ロックは一度後ろに揺れる事で勢いをつけた後、手を離すと前方へ飛び上がった。


「しまっ──」


 自らの失態に気づいたが時すでに遅し、ナイドの顔面はモノトーンの靴で踏みつけられ発言も封じられる。そのままロックの全体重がナイドへとのしかかり、硬く茶色い床に後頭部が直撃した。


「あ、が……」


 発したものはそれだけだった。目を閉じ力が抜け、【MIDNIGHTER】も動かなくなった事を確認するとロックは足を離した。




「……終わったな」


 座り込んでいたイアまで歩き、右手を差し伸べて言った。彼女は律儀に応え、同じく右手を伸ばし手を繋ぎ笑顔で立ち上がる。戦いが終わった事に安心感を覚え、二人の緊張は解けきっていた。


「最初にあの鉄骨が落ちてきて思いついた。【ROCKING’OUT】を踏み台にしてジャンプしたら、きっとあそこを掴めるって」

「すごい事思いつくね~……一瞬、死んじゃったかと思ったんだよ?」

「嘘……じゃないよな?」


 からかったようにロックは返答をすると、イアは鼻で笑った後に口を開く。


「本当、だよ。ロックが私を心配してくれたように、私もこれから……あなたを気にかけるから!」


 目も線になり、口角も更に上がっていくイア。幸せの体現者と言わんばかりの顔を見せた彼女に、ロックも微笑みを返す。


「俺はこれから、もっと本音のイアが見れると思うとワクワクしてくる」


 確かに彼女は嘘をついていたが、全てがそうだった訳ではない。嘘の割合は一割にも満たないのだとロックは確信した。


「……さ、早くあいつを警察に──」


 気持ちを切り替え、イアの両親の仇と言っても過言ではない犯罪者の方へと体を向けたロック。


 しかし彼の目に映ったものは、口に光が集まっていた【MIDNIGHTER】だった。狙いを定めた先にいる人物はイア。


「金にもならない話を……だらだら続けやがって……──」


 ナイドの意思は完全には消失していなかった。しかし肝心のナイドは発射直後に気絶し、今度こそ意識を失った。

 弾丸が発射される寸前に気づいたのはいいが、【ROCKING’OUT】は自身から離れているため今から操っても間に合わないとロックは結論づける。彼が取る行動は一つしか無かった。


「イアっ!」


 自分自身が盾となり、彼女の代わりに弾丸を受け止める。優しすぎた行動により、ロックのあばら骨の間に細い弾丸は突き刺さった。


「うがぁっ!」


 初めて体験する激痛に彼は悶え、膝をついたが盾となれた事に間違いは無かった。傷口から出血し始め、更に息も苦しくなっていく。それでも愛する者を守れた事に後悔は持たず、振り向いた瞬間。思いもしなかった光景を目の当たりにしてしまう。






「あ……ぇ…………?」






 小さな喘ぎを発したイアの心臓付近からは、ロックとは比べ物にならないほどの血液が流れ出ていた。黒いパーカーは貫通されており、体は小刻みに震えている。

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