第7話 猫を被った兄

 ロック達を追うナイドは、街灯を頼りに地に落ちていた血痕を辿った。所々壊れているものもあったが、月明かりだけでも十分に赤い色は確認できる。

 バイクで走り去ったため血はバラけていた。それでも大まかな行き先は推測できる程度。


「ナイア……例え汚いお金でもね、価値は一緒なんだよ。全部。君なら分かる……いや、分からせるしかないか」


 2人が隠れている林へとナイドは近づく。既にエンジン音は消失、自転車の車輪が回転する音も響いてはいない。


「おや? あれは……」



 *



 少し遡り、ロックとナイア。


「俺は弾丸の痛みには慣れた。良い事じゃないけどな……だから1発くらいは耐えられる」


 乾いた土の上での作戦会議。勘づかれないようにぼそぼそとした声を交わしていた。


「ごめん。私が兄さんを見抜けなかったせいで……」

「悪いが今はこっちの話に集中してくれないか? ……辛いってのは、分かってるけどな」


 やや強めの態度でロックは諭す。彼自身も心に傷を負いながらの発言ではあったが、ナイアを黙らせる事には成功した。


「まず俺が1人で突っ込む。そうしたらあいつの、【MIDNIGHTER】の弾丸が発射された瞬間に、車輪を2回転くらいさせてナイド本体にぶち込め。その隙に俺も駆け寄り縛り付ける」

「でもそれだと、またロックは撃たれるんじゃ」

「不意を突かなきゃ勝てない。そうだろ?」


 無理やりだった。ナイアの意見を聞かず、言いくるめる。それでも彼女は従う。ロックの言葉は心からの本音。

 痛みに馴れたのも事実だが、“ナイアに傷を負わせたくない”という理由が大半を占めていた。


(本当にロックは……優しいんだから)


 ナイアは心の中でそう呟き、一言も発さず頷いて返答。命懸けの作戦ではあったが、動揺しているナイアの心境ではこれ以上の策は立てる事ができない。ナイドに対し怒りや憎しみを抱いている彼に任せた方が良い、と判断していた。



「……ここにいるんだろ、2人とも」


 足音と共にナイドの声が近づき、ロックとナイアの呼吸が一瞬だけ止まった。喉から出す差程大きくはない声。とはいえ緊張を空間に走らせるのには丁度良いくらいだった。

 ロックは走り出そうと右足に力を込めるも次の瞬間、ナイドが思わぬ発言を繰り出す。


「悪いけど、こちらには人質があるんだ。おっと暴れるんじゃないよ……爪も立てやがって。もっと首絞めてやろうか?」


 ロックの身体が跳ねる。彼らの場所からナイドの様子は伺えないため、人質が真かどうかすぐには判別が付かなかった。

 しかし時間帯は夜間。都合良く人質に出来るような人間が通るのか、そもそも人質を取ってしまってはその人間が証人になってしまうため、もし居たとしても最初から殺す気なのではないのか。

 そう考えたロックだがやはり動けないまま。実際に確認しなければ飛び込めない。


(兄さんの言ってる人質は……間違いなく本音!)


 けれどナイアは聞き取れる。ロックの瞳を見つめながら歯を食いしばり、首を横に振る。『飛び出すな』というサインをロックは汲み取り、足から力が抜けた。


「こんな時間帯に出歩くような、年端もいかない悪い子供は捕まって当然だよね。……ナイア! 砂利道に出てきなよ。そうしたら人質は解放する」


 これも本音。一点の曇りもなく、解放する気持ちは青空のように広がっている。悲鳴どころか唸り声、物音すら立っていないのは妙だとは感じていたものの、自然と彼女は立ち上がった。


(まさか……ナイドが言ってるのは本気の本音なのか?)


 林へと続く砂利道、その少し歩いた先にナイドは立っている。街灯は途切れ途切れで、姿をはっきりとは明らかにしていない。

 ナイアは車輪をすぐにでも放てるよう、両腕に力を入れながら駆け出した。


 しかし、彼女の視界にナイドが映った瞬間。動きは止まった。



「ニャーォ」



 ナイドの手が人質の口から離れ、可愛らしい鳴き声。人質は真っ黒な猫だった。猫の胴体を捕まえていた【MIDNIGHTER】の両腕が離れ去っていくが、同時に口から弾丸が発射される。人質は解放したのだから、嘘は言っていない。

 ナイドの思惑通り、ナイアの反応は遅れた。人質が人間ではなかった事に安堵してしまい、大きな隙が。慌てて車輪を放とうとするも遅かった。


「うぁあっ……!」


 右の脇腹に弾丸が命中。貫通し林の葉と木々を散らしていった。ナイアは喘ぎ声と一緒に倒れ込み、痛みに悶えビクビクと痙攣する。


「ナイアっ!」


 考えずにロックは飛び込んでしまった。かつてイアを庇ったあの時の様に。すぐにその事には気づきハッとナイドの方を向いたものの、右肩に銃弾が襲いかかり貫通。


「うっ……」


 膝から崩れ、ナイアが着ている灰色パーカーに右手が落ちる。自らの傷は気にせず、ナイアを心配し近寄った。


「ふぅ〜……これでようやくロックを始末できる。さ、ナイア。僕と一緒に来るんだ。そこにいたら誤射してしまうかもしれない。お金があればその傷も治せる。さあ来るんだよ」


 とっくに弾丸を撃ち込んでいたというのに、ゆっくりと歩きながら勧誘。【MIDNIGHTER】は顔を傾けロックへと向かい、弾丸が発射されようとしたその瞬間。


 エンジン音と砂利を撒き散らしながら、ナイドと【MIDNIGHTER】を狙った乗り物が突っ込んだ。反応が早かったナイドは即座に後退する事によって難を逃れたが、その乗り物はロックとナイアの前に止まり盾となる。


「なんだ……これも人形ドールか?」


 それは灰色の軽トラック。何の変哲もないただの軽トラック。

 しかしナイドの推察通り人形ドールであり、レイジのもの。名は。

【RAGE OF ANGER】だ。


「ロック!」


 軽トラックのドアが開かれ、ロックとナイアの前に乗車していた2人が降りる。レイジと、もう1人はモント。【MIDNIGHTER】の弾丸の餌食にならないように軽トラックを壁にしているためしゃがみ気味。


「モントと俺の人形ドールで協力して完成した! お前の【ROCKING’OUT】に秘められた真の力……

“他の乗り物の姿をした人形ドールをバイクと合体させる”能力を見せてやれ!!」

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