第6話 自らの本音に堕とされた少女

 ナイドの右手は震えており相当な痛みが伴っていたが、左手でロックの右腕を掴み離していない。その執念は異常なまでに強烈で、ロックが恐怖すら感じる程だった。


「【MIDNIGHTER】! こいつをぶっ殺せ!!」


 打って変わって攻撃的な大声で命じた。【ROCKING’OUT】を支えたまま、彼の【MIDNIGHTER】は細く黒い右腕を伸ばしロックの首へと向かう。


「【WANNA BE REAL】……!」


 ロックの首が絞められてしまいそうなその瞬間、緑色の風を纏った車輪がロックと【MIDNIGHTER】の間に入った。回転数はたったの2回。威力は小さく牽制程度にしかならないものだったが、細い腕を弾き飛ばす事には成功した。


「ロック! 今はとりあえず逃げよう!」


 誰よりもナイドを問い詰めたい気持ちがあったナイアだが、それよりもロックの命を優先していた。今度は左腕の車輪を放ち、怯んだ【MIDNIGHTER】の胴体を狙う。回転数は5回転。たったの5回ではあるが2回の倍以上はある。ギザギザした波状の胸に車輪は直撃し、まるで削り取る形で横に傷跡を残した。


「……わかった」


 衝撃で僅かに後退した【MIDNIGHTER】。支えとなっていた細い右足が離れた事で体勢は元通りとなり、前輪は着地する。それとほぼ同時にロックは【ROCKING’OUT】に飛び乗り、駆けつけたナイアを乗せアクセルを全開。


「撃ち殺せ【MIDNIGHTER】!」


 逃がすまいと取り乱したナイドは激昂。狙いも正確には定めずがむしゃらに弾丸が放たれた。

 しかし後方確認を怠っていなかったナイアは両腕を伸ばす。地面に落ちていた車輪が連動し彼女の元へと戻っていき、銃弾も受け止め回収と防御を両立させた。


「とにかく遠くに。不意打ちでもしなきゃ兄さんには、勝てない」


 捻り出した声は小さく、ロックの耳元で囁かれた。憎しみを抑え事実を受け取ったロックは頷き、車輪で砂利を撒き散らしながら公園の奥地へと【ROCKING’OUT】を走らせた。


「あのまま俺の首が絞められ人質にでもされていたら確かに勝ち目はなかった……全力で走っても弾丸を避ける事もできなかった。悔しいが……そうだな」


 2人の会話が交わされた時には既に銃弾の射程距離外だった。エンジン音である程度追跡はされるが、【ROCKING’OUT】をカプセルに戻してしまえばそれもなくなる。

 しかし車輪の回転にも音は発生するため【WANNA BE REAL】も不意打ちには向いていない。ナイア自身は、とりあえず兄から離れて落ち着きたいという願いもあった。



「……ここまで離れたら大丈夫そうだな」


 公園中心部にあった林に【ROCKING’OUT】は駐車し、周囲を警戒しながらカプセルに収納された。彼らの耳にはロォドとジャムの戦闘による物音は僅かに届いてはいたが、それも先程と比べると小さく、移動した距離の大きさを表していた。


「兄さんの言葉……全部、本音だった」


 走ってきた道を振り返ったナイアは悲しい声色で発する。


「私を貫いてロックを殺そうとした事も、だけど私を殺すつもりなんて無かった事も……全部。どうして今まで、気づかなかったの? 私はどうして……兄さんの、本音を…………聞いてきたはずなのに!」


 つい1ヶ月前までは親しく、共に生活していた家族。詐欺グループMINEの一員であった事、幾度も犯罪行為を繰り返してきた事も真だというのに、家族への情はナイドにも残っていた。

 本音を見抜ける能力を持ちながら犯罪者を野放しにし続けていた事、そして同時に兄の本音は『汚い嘘』でもあった事に、ナイアは深く絶望していた。


「詐欺は嘘をつく……だから兄さんと対面するまで、完全には信じられなかった。でも、分かっちゃった。兄さんは私の能力の抜け穴を突いていた……本音に、嘘を混ぜて……私を騙していた」

「……どういう意味だ?」


 ナイアの吐露を上手く汲み取れなかったロックは詳しく求めた。“本音を見抜く”能力の感触、感覚は本人しか知り得ない。


「あの、ね。仕事の事を聞いた時も兄さんは

『他の人に言っちゃいけないんだよ。例え家族でも、そういう決まりだから』

『久々にでかいボーナスを掴んだんだ。これでナイアに楽させてやれるよ……』

 とかで、はぐらかしてた。本音には違いない……けど、嘘を混ぜ込んだ歪な本音。私はそれに……まんまと騙されちゃってた」


 瞳には涙が溜まっていたが、辺りは暗かったためロックにはその様子は見えない。けれど震えた声から、涙を我慢していると推測はしていた。


「あぁ……私、何年前いつから騙されてたんだろ。私ってほんと馬鹿。兄さんが親切にしてくれた時も、頭を撫でてくれた時も……ぜーんぶ裏で詐欺を繰り返してて……私は、その詐欺で手に入れたお金で生活してて…………」


 真実を追い求めていたというのに、その真実によって追い詰められたナイア。今まで本音を信じ生き抜いてきたというのに、実際は嘘で騙す詐欺によって、無惨にも奪い取られた金銭で人生を過ごしてきていた。

 ナイアにとっては何よりの皮肉。今まで食してきた料理や、衣服を買う時に使ったお金も全て詐欺によるお金。


「あ、あぁ……っっ!」


 故意による共犯ならまだしも、兄を信じ続け本音を信じ続け、詐欺の被害者にも気づかず呑気に生きていた。


「ナイア……」


 嘆くナイアの姿に、ロックは共感と同情を抱き何もせず見守った。


 かつて彼は自らの『優しさ』を信じ行動した結果、想い人を亡くした。

 そしてナイアは自らの『本音』を信じ何の疑いも持たず、特殊な行動も取らず生活していたが、実際は汚いお金で衣食住を補っていた。その事実にナイアは、堕とされた。


 人が信じる自分自身の『決意』は強力。その決意は時に火山ボルケーノ地獄ヘルの様に燃え盛り、その人の揺るぎない圧倒的な力となる。

 しかしその『決意』を利用され、悪い結果に傾いてしまった時には、その人の圧倒的な傷となる。

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