第5話 死んで逝った彼らの

 ナイアは余裕の笑みを見せ、

『ダンボールの下敷きになったモントにもう1回車輪の一撃をお見舞いしてやろう』

と考えていた。しかし警戒は緩めず、飛び出した瞬間を狙おうと意気込んでもいる。


「怪我はさせたくない……そうだろ? そんなに殺意持ってて大丈夫かよ」


 優しさから冷や汗も溢れ出ていたロックは逆にモントさえも心配していた。だが同時に【ROCKING’OUT】に跨り、いつでも加速出来るようにアクセルを握っている。


「……本当に、あなた達は諦めの悪い! なら【GLORY】に!」

「来る……っ!」

「【GLORY】……どこかで聞いたような」


 ロックに聞き覚えのあるワードを含んだ、大声でのモントの叫びが。動き出すと考えたナイアは両腕を上から下へと素早く交差させ、同時に放たれた2つの車輪は挟み撃ちになる形でダンボールの山に向かった。車輪が纏っている緑色の風によってダンボール箱もいくつか吹き飛んでいく。

 そして同時攻撃が直撃する寸前。突然、目に見える真っ黒い衝撃波がモントを中心に炸裂した。禍々しく刺々しくもあるそれは車輪を弾き飛ばし、人形ドールの姿も顕になる。


「な……あれは!?」

「スケートボードがなくなって……あの時のオートバイとサイドカーが!?」


 ナイアが驚いた通り、スケートボードはなくなり代わりに黒いオートバイ達が現れていた。エンジン音をまるで威嚇のように轟かせ、跨るモントの前傾姿勢も相まって威圧感はかなりのもの。

 弾き飛ばされた【WANNA BE REAL】の車輪はナイアへと飛んでいき戻ってはいたが、その瞬間モントのオートバイも加速し始めた。


「これが僕の人形ドールが持つ能力です!!」


 お返しとでも言うべきか、ナイアに向かっていくオートバイとサイドカー。

 1度はナイアも吹き飛ばされたが、それは背後からの不意打ち。真正面からの突撃は対応できると踏み、彼女は車輪を回転させながら直接の打撃を狙い走り出した。


「待て! まだあいつの能力が完全に明かされていない内は無闇に近づくな!」


 ナイアが自分から近距離戦に挑むとは想定していなかったロックは慌て、アクセル全開で急加速を始める。

 摩擦から煙を出すほどの回転は急激な成長を遂げ、【FINAL MOMENT】とおぼしき人形ドールへ突進を仕掛けた。


「なら同時攻撃ね!」


 ロックと【ROCKING’OUT】を視界の左端に入れたナイアは勝手な連携宣言を告げ、近づいてきたオートバイの頭目掛けて右ストレートを打ち込んだ。

 オンロードバイクこと【ROCKING’OUT】はオートバイの右側面を狙っている。

 この速度ならば反対側にハンドルを回しても間に合わず、急な後退バックもできず、正面にはナイアが待ち構えており逃げ場はない。しかしモントは動揺する事なく、再び叫びを放つ。


「【FINAL MOMENT】! !」


 軽やかな女性の声は威勢も良く、透き通ってもいた。するとオートバイとサイドカーは、つい先程にも発せられた真っ黒い衝撃波に包まれた。しかし今回は小規模で、迫っていたナイアに干渉する事は無かった。だがロックとナイアにとっては想定外の事態に発展してしまう。


 黒い円形の衝撃波に包まれていたオートバイとサイドカーは、うねうねと動きながら変形しスケートボードへと戻った。


「えぇっ!?」


 当然、ヘッドライト付近を狙っていた車輪による打撃は空気だけを貫く。スケートボードはモントの意思によって一瞬にして跳ね上がり、回転していた【WANNA BE REAL】の車輪にホイールを乗せた。回転を利用し加速を始め、迫る【ROCKING’OUT】とそれを扱うロック目掛けて跳躍。


「くっ……!」


 突然の襲撃。モントはナイアの対処に集中している、という先入観からロックの反応は遅れてしまう。だがそれでも間に合った。車体を力強く持ち上げウィリーの状態に移行し、硬いエンジン部分としなやかなタイヤで衝撃を緩和する。

 それでもなかなかの振動がロックと車体に響き渡り、バランスをとる事に精一杯だった彼に一難去ってまた一難。


「ならまた【GLORY】を!」


 スケートボードのホイールは回り続けていた。壁のようにそびえ立っていた車体の底を【FINAL MOMENT】は駆け上がる。【ROCKING’OUT】の回り続けていた前輪を避け、空中で回転。廃工場の屋根を支える鉄骨にホイールが密着したが未だに回っている。風の力が残留していた。


「まずいっっっ!」


 またしてもスケートボードはオートバイ達に姿を変えた。

 前者ならまだしも後者が数メートル上空から降ってくるのならば重症、当たり所が悪ければ死亡は免れない。

 そう考えたロックは【ROCKING’OUT】から飛び退き、逃げ出す事で回避しようと考えた。


「逃がさない!!!!」


 しかしモントが許すはずもなかった。悲鳴にも似た声と共にモントも自らの人形ドールから飛び、身体全体に黒いオーラがまとわりついていく。【FINAL MOMENT】が身につけていたものがモント自身にも残留思念のようにこびりついていた。


「たぁぁぁ!!!!」

「がぁっ……」


 モントは右足を突き出し、隙だらけだったロックの背中に渾身のキックを与えて見せた。メキメキと骨にヒビが入る音が鳴り、汚い廃工場の床をロックは10回ほど転がり込んだ。


「ロック!」


 重症を負った様子のロックを守るため、ナイアは先程も放った2つの車輪をモントに向かわせた。殺傷能力のある攻撃が背後から近づいているというのに、モントは振り向かず倒れていたロックへと歩いていく。

 同時に、【GLORY】と呼ばれたオートバイとサイドカーが着地する。その瞬間だった。


 とある人形ドールの名前が、モントの口から。


「お願い、【LIAR】……!」

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