第4話 純粋な真っ黒い色

 落ち着いたロックは無言でナイアの瞳を見つめ、『今度はお前の番だろ』と言うように顎で指示を出した。

 感傷に浸っていたナイアは慌て緑色の髪を揺らし、巻いていた迷彩柄のマフラーを擦りながら話し始める。


「私ね、小さい頃に両親が死んじゃって……これもイアって人と同じだけど、私には年の離れた兄さんがいた。兄さんはどんな仕事をしているか教えてくれなかったけど、なんとかお金を工面してくれてたの。でも、1ヶ月前に突然姿を消して……」

「その兄も、詐欺グループに襲われた可能性はあるな」


 ロックの推測にナイアは思わず唾を飲み込んでいた。否定はしたいが可能性は十分にある、と。


「仕事の内容も教えてくれなかったのは、やっぱりその詐欺グループと関わる危ない仕事だったから……なのかな」

「俺にも分からないが……ひとまずその線で考えた方が良さそうだな。俺と同じく詐欺グループを追ってる協力者に連絡してみるぞ、良いか?」


 ナイアの頷きを受け取ったロックは、スマートフォンをズボンの左ポケットから取り出した。ナイアから聞いた話を簡潔に纏め協力者に送っている。


「あぁ、兄さんの名前は────」

「あいつの居場所が分かった!?」


 言い忘れていた兄の名前も伝えようと口を開いたナイアだったが、驚愕の声に阻まれていた。スマートフォンの画面には『黒い奴の居場所を突き止めた』と無機質な一文がたった今送信されてきたところだった。


「行くぞナイア。あいつから詐欺グループの実態と本拠地を聞き出す」

「えぇちょっと待ってよ……! 話は後回しでいいかもだけどさ、その協力者の人と合流した方が良いんじゃ?」

「そうしたいのは山々だけどな」


 ロックも苦い表情を浮かべていた。立ち上がった直後に見せた画面には

『詐欺グループの1人(紫色)に邪魔されている。しばらくは合流できない』

 と表示されていた。これは先程のメッセージの直後に送信されたもの。文章に焦りは見えていないが、長い間足止めされる事は確実。


「あの黒い奴がいつ移動するかも分からない。早めに手を打っておくぞ。それにあいつのオートバイ……どこかで見たような気がするんだ」

「あ……うん」



 ガレージに向かうと、2人は再びバイクに跨り勢い良く飛び出した。ロックは自身のスマートフォンをナイアに手渡し、開かれていたマップアプリの画面を操作するよう促す。


「全力で飛ばす! 案内は頼んだぞ!」

「……わかった」



 *



 そこは使われなくなった廃工場。錆び付いたタンクや配管は、昼間の太陽に照らされ不気味に光っていた。今にも崩壊寸前と見て取れる煙突まである。

 その廃工場の内部。倒れた青いプラスチックの箱に尻を乗せ、ため息をついた人物は先程ナイアを襲った黒い人物。尚もヘルメットは外さず、誰かの命令を待ち焦がれていた。


「本当は僕もこんな事、したくないのに……『灰色』のあの人からの指示まだかなぁ」


 身長140cmの彼女は体型も華奢だ。サイズがやや大きい服のおかげで目立ってはいないものの、やせ細った腕や足は今にも折れそうなほど。

 不満も漏らしており、グループには仕方なく従っている様子を見せていた。


「……おい!」


 怒りと困惑が混じった青年の声が廃工場内部に響き渡った。錆や汚れがある床を踏みしめ、外からの光が後光のように射している。

 現れた彼らはロックと、後を追ってきたナイア。

 この廃工場に嫌な思い出を持つロックは緊張と後悔から。急に黙って走り出したロックを追いかけたナイアは疲労から息が絶え絶えだ。


「まさかここだとは思わなかったぞ……」


 1か月前、イアが殺害された現場。この廃工場がそうだった。

 黒い人物は何も言わず立ち上がり、真っ黒なカプセルをパーカーの内ポケットから取り出す。


「……色は全部で12色のはず。

 黄、赤、青、水、緑、黄緑、紫、茶、ベージュ、オレンジ、ピンク、灰。

 私の【WANNA BE REAL】は緑色、ロックの【ROCKING’OUT】は灰色だけど……黒色なんて初めて見た」

「これが僕の【FINAL MOMENT】……!」


 床に向けた黒色のカプセルの先端から粒子が放出され、人形ドールの姿が形成される。しかし現れたのはナイアを襲ったサイドカー付属のオートバイではなく、4つの車輪がある1枚の板。

 スケートボードだった。


「あのオートバイはどこへやった?」


 案の定ロックは疑いをぶつける。オートバイはそもそも人形ドールではない可能性も、他のメンバーが使う人形ドールを拝借した可能性もあると彼は考えていた。

 だが黒い人物は答える事なく、質問されてもいない自己紹介を始める。


「僕の名前は“モント”……僕は大切な人を人質に取られているんですよ。だからさっさと、殺されてください!」


 名乗ったモントはスケートボードである【FINAL MOMENT】に飛び乗り、右足で床を蹴ると急加速した。

 すかさず2人もカプセルを取り出し、自身の人形ドールを出現させる。


「……来い、【ROCKING’OUT】」

「出てきて、【WANNA BE REAL】!」


 バイクの後輪を足、前輪を頭と見て取れるように縦に現れた【ROCKING’OUT】。モントの体重を乗せたスケートボードが跳躍し正面衝突をしたが、バイクの腹部。つまりエンジン部分で受け止められていた。

 このまま押し切る事は不可能と踏んだモントはスケートボードと共に飛び退き、ガラガラという車輪の音を立てながら距離を取った。


「人質だと……嘘を吐きやがって」

「いや、本当の事だよ。間違いなく本音だった」


 信じようとしないロックの発言を遮るナイア。現れた【WANNA BE REAL】の座席部分に右手を添えながら、彼女はやや強めの声色で発していた。

 すると【WANNA BE REAL】の中心、ペダルと前輪を繋ぐ部分が突然別れを告げた。自転車が丁度半分こ、真っ二つになった光景にロックとモントは驚きを隠せない。


「ぶっ……壊した!?」

「私の人形ドールはこんな風にも使えるんだよ」


 間髪入れず分裂した【WANNA BE REAL】の前輪部分が浮かびナイアの左腕に、後輪部分は右腕に装着された。

 左腕にはカゴとハンドルが、右腕にはペダルと座席が目立つ。


 独りでに2つの車輪は回転し始め、緑色の風を纏っていく。周囲にあった重量のないプラスチックの箱が飛び、ナイア自身の服や髪もたなびいていた。


「ほぅら!」


 10回転に到達した瞬間、ナイアは右手と左手を順に振り抜き車輪を飛び道具として使った。

 モントへと向かっていく車輪。スケートボードを蹴り上げ左手で掴んだモントは後輪の攻撃は防いだものの、続いて右から迫り来る前輪の一撃を脇腹に受けてしまった。


「ぐうっ……!」


 小さく弱い喘ぎを上げたモントは転がり込み、積まれたダンボール箱に突入し下敷きとなる。埃も飛び散りこの工場が放置されている事を表していた。

 跳ね返った2つの車輪はナイアへと戻っていく。すっぽりと元の位置にセットし直され、それでも少しの反動はあったのかナイアの身体は揺れる。


「まさかそうやって使えるなんて……それに、人質居るっていうのに容赦もないな」

「大人しく殺されたくはないし。あと、その人質の事も助けたくなってきちゃった」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る