第3話 自らの優しさに堕とされた青年

「着いて来い。今は外出してるはずだが、知り合い、まぁ……友達だな。“レイジ”……そいつの家に行くぞ。合鍵は持ってる」


 合鍵を持っているなんてどれだけ仲が良いのか、とナイアは問おうとはしたが口には出さなかった。

 ほぼ初対面の異性と共に人目のつかない場所に移動。この文面だけならば如何わしい情事が行われるのではないかと勘ぐる者も出てくるが、ナイアはロックの発言を“心からの本音”と受け取った。


「ほら、後ろに乗れ」


 再度オンロードバイクに跨ったロックは身体を少し前進させ、座席シートの後半部分にナイアが座るスペースを設けた。しかしナイアはぽかんとした顔で、2人乗りする事に抵抗を持っていた。


「安心しろ。後ろに乗せる事は……慣れてた」


 過去形だったが言いくるめようとロックは話す。だがナイアが危惧しているのは。


「2人乗りってなんか、恋人同士がするものって私は捉えてて……抵抗感というか」

「お前そんな事気にしてたのか……あのな、お前は今怪我しててまともに自転車も漕げないだろ」


 親切心からの行動だとナイアも分かってはいたが、なんとなく『してはいけない事』のように感じてしまい拒否反応を示した。対してロックは説明を続け説得を試みる。


「もし漕げたとしても俺のバイクにはついてこれない。歩きだったらまたあいつに襲われた時咄嗟に対応できない。合理的に考えて、一緒にこいつに……【ROCKING’OUT】に乗る方が良いだろ」


 自身の人形ドールの名前も明かしたロック。右の眉をくすぐりながら、ナイアの返答を待ち遠しく思っている様子だ。かつての想い人とはいつも2人乗りで、1ヶ月前から1人乗りがメインになってからは背中を寂しく思ってもいた。


「まぁ……確かにそうだね。乗るよ乗るよ」


 笑みを浮かべたナイアは説明に納得し、背後に座ると両手でがっしりとロックの肩を掴んだ。以前は腹部に腕を回されていたため、ロックは少し驚き口を丸くする。


「……振り落とされても知らねーぞ」


 本音ではない発言。けれどナイアは反応しなかった。



 *



「着いたぞ」


 4分程度走り、先程ナイアが言っていた行先の商店街近く。平凡な住宅街に埋もれた1つの家屋のガレージだ。徐々にスピードを落とした【ROCKING’OUT】が閉じていた黒い扉の前に止まると認証されロック解除。引き戸のそれは自動で右に流れていく。外の光に当てられ、その中には他のバイク3台の姿が見えた。


 舗装されていない道の走行も可能とするオフロードバイク。車高は高くタイヤのサイズも大きめでサスペンションも長い。これは2台がガレージの右端に確認できた。


 そしてガレージの中央に居座っているのは、レースに使用されるスーパースポーツバイク。排気量は1000cc、『リッターss』と呼ばれるものだ。艶のある黄色いボディは太陽に反射し美しく輝いていた。


「なんか、すっごい高そう」

「この家に住んでる知り合い……いや友だな。そいつは人形ドールの整備とかやってるんだ。これも他の人間から頼まれたものだろうな」


 人形ドールの整備士。そもそも人形ドールは20年前に現れたためそこまで広まっている職業では無かったが、“整備にうってつけ”の能力を持つ人形ドールの持ち主ならばまさに天職。

 2人は【ROCKING’OUT】から降り、ロックは歩きながらカプセルに収納していた。ガレージの中に入って左には人1人が入れる大きさの白い扉があり、そこがこの家の玄関。迎え入れるように扉上部の照明が光る。



 *



 慣れた足取りで踏み込んでいくロックを追うため、ナイアは履いていたモノトーンの靴を脱ぎ、紺色のタイルに置き去った。

 茶色いフローリングの廊下を少し歩いて左手、部屋からは明かりが漏れていた。


「レイジの奴……また付けっぱなしにしやがって」


 家主はどこか抜けている性格である事を匂わせる発言。早歩きでロックはその部屋に入ると、頭だけを出しナイアを催促する。


「早く来い。聞きたいんだろ? 俺の事情を」

「ごめんごめん」


 素っ気ない2つ返事をした後、ナイアも歩くスピードを上げ彼の元へと追いついた。


「ここで話すぞ」


 その部屋は一般的なリビングだった。長方形の黒いテーブルが中央に設置してあり、上にはテレビやビデオゲームのコントローラー。完食後放置されたシーフードカップラーメンもあった。

 入口の反対側に庭へと出るための引き戸があったが、白いカーテンで隠されており外の様子は確認できない。

 灰色のカーペットを2人は踏みしめ、ロックはソファを背もたれに使う様にして座る。ナイアは向かいに座り、黒いテーブルに背中を委ねた。


「まずは……そうだな」


 ロックは胡座あぐらを組み楽な体勢。体育座りするナイアの目を見つめ離さない。


「襲ってきたあいつが所属しているグループ……そのメンバーの1人に、俺の彼女が殺されたんだよ。1ヶ月にな」

「えっ」


 ナイアの兄が失踪したのも1ヶ月だったが、驚いたのは殺人事件が関係していた事だった。人の死が関わっているとは思ってもいなかったナイアは途端にロックの事を哀れに感じ、口は小さく開き眉毛も垂れ下がる。


「詳しく語るのは面倒だし……辛い。必要最低限だけで、良いか?」


 問いに黙って頷いたナイア。顎も引いており、集中して話を聞こうとしている。


「俺の彼女は『イア』って名前だった。イアは詐欺で両親を失っていた。でも最近になって、その詐欺を実行した犯人を探っていた」


 自身に名前が似ている事にもナイアは驚いている。『後ろに乗せる事は慣れていた』という発言を思い出し、イアと同じようにロックの後ろに乗った事実を申し訳なく思っていた。


「だがイアは探りを入れた事が逆に犯人に突き止められ、とある廃工場に呼び出されたんだ。そこで俺とイアは犯人と対決……勝ったんだけどな。犯人の人形ドールの口から放たれた弾丸がイアに」

「それで、殺されたんだ……」


 ロックが一呼吸置き、言い切る前にナイアは口を挟んでしまった。するとロックは泣き出しそうな苦しい表情に変わり、捻り出すように声を。


「いや違う……! 俺はイアの前に立ち盾になった。でも弾丸は俺を貫いて、後ろにいたイアに突き刺さった! そのまま当たっていれば、痛いだけで命に別状は無かったはずなのに……俺のせいでイアは死んだ……俺が、俺が『優しい』せいで……!」


 あの時の光景を思い出し、ついに涙が溢れていた。『優しさ』からの行動が想い人を殺してしまった事による責任感は、話だけでもナイアに伝わっている。


「そっ……か。ごめん、気軽に『事情を聞く』とかなんとか言っちゃって」

「……いや、別にいい。話したらなんか、スッキリしたし」


 指で涙を拭ったロックは弱い目付きで応じた。責任感によって打ちひしがれていたが、それも周りに責任転嫁しない『優しさ』によるもの。ナイアはそう察していたが口には出さず、ロックの気持ちが落ち着くまで黙っていた。


「この話は、元々親しい奴や信頼できる知り合いにしか打ち明けてなかったけどな……お前なら大丈夫だって思ったんだ。ありがとう、な」


 今日会ったばかりだというのに、ロックは信頼の表情と雰囲気を見せている。


「いやいや、私は『本音』を言っただけだし……そういえばさっき、“本音を見分ける”能力をって言ってたけどそれってもしかして」

「……あぁ、お前と同じ緑色のイアの人形ドール、【LIAR】の能力は“声を聞いた人間が嘘をついているかどうか直感で分かる”ってものだ。だから俺はお前の……『本音』を信用できた」

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