第2話 自分勝手な嘘

「あ、あなたは……そうですか、あなたがあの」


 ナイアと同じように転がったものの、黒い人物の傷は浅かった。すぐに起き上がりオートバイに飛び乗る。


「今は逃げるしかないですね……ですが必ずあなた達は始末します! するしか、ないんです」


 オートバイはマフラーから灰色の煙を噴射し加速。付属していたサイドカーと共に荒々しく車道へと戻っていく。

 それを青年が許せるはずもなく、全速力で追いかけようと彼はアクセルを握りしめようとした。しかし顔の向きを変え、去っていくオートバイと、ナイアを交互に凝視する。


「……くそっ! 別に助けたい訳じゃない。お前に不審者扱いされるかもしれないって思っただけだ。……警察沙汰になると色々と面倒だからな」


 歯ぎしりをしながら青年はバイクから飛び降り、転がっていた【WANNA BE REAL】を両手で持ち上げナイアの元へ。


「ほら、さっさとカプセルにしまえ」


 前輪を左、後輪を右手で掴んでいた。彼は緑色の手袋を付けており、軽々と自転車を持ち上げる姿にナイアは驚く。


「……はやくしろ」

「ああっごめん」


 厳しめの物言いにナイアは慌て大人しく、そして素早くカプセルを取り出し【WANNA BE REAL】を戻した。目に優しい緑色の粒子は、青年にも既視感があった。彼はしゃがみ、倒れていたナイアと同じ目線に並ぶ。


「……どこを怪我してる?」

「え? あ、ええっと、手の甲とか。二の腕も~……ほっぺたも」

「ざまぁねぇな……きっと天罰が下ったんだ」


 相手の気持ちを考えないような、無神経な発言。聞いた者は殆どが怒り狂うか、呆れや悲しみの感情を抱く。


 しかしナイアは、『困惑』だった。


「あ、あのさ」

「あ?」



「どうして…………『嘘』なんかついてるの?」

「──ッ!」



 突然だった。ナイアにとっては素朴な疑問だったが、その単語は青年にとって思い入れが深く、尚且つ嫌な想い出でもあるもの。

 青年は左手を突き出すとナイアの右肩に命中。押し倒され、落ち葉の上に緑の髪と灰の服が触れる。


「……誰が嘘なんか」

「ポケットに突っ込んでるその右手って」

「あ……」


 ナイアが指さした先、青年のズボンの右ポケットには赤と白を基調とした紙箱が頭を出している。青年はつい先程、小さいサイズの絆創膏を取り出そうとしていた。


「天罰下ったとか言って、心配してくれたんだ。『優しい』んだね……」

「なっ……お、俺は……!」


 再びナイアは青年の逆鱗に触れてしまった。今にも泣きそうな苦い表情に変わっていき、拳が強く握りしめられていた。


「俺は優しくなんかないただのバカだ! 『優しい』なんて……俺の前で言うな!!」


 唾が飛び出るほど感情のこもった叫び声は嘆きにも似ていた。だがナイアは怯む事なく発言を続ける。


「私の【WANNA BE REAL】は“本音を見分ける”能力を持ってるの。だから私の前では、嘘は意味ないよ」

「……そうか。似てるな、あいつと……!」


 ナイアはゆっくりと体を起こし、過呼吸気味になっている青年と見つめ合う。青年の言っている人物に心当たりは無かった彼女は質問責めに移ろうとした。


「ねぇ、名前くらい教えてくれない? 私はナイア。あなたは?」

「……ロックだ。もういいだろ、さっさと絆創膏貼って帰れよ」


 この発言は心からの本音では無かったが、嘘でもないとナイアは能力の関係ない直感で読み取った。これ以上巻き込みたくないけれど、なぜナイアが襲われていたのか、を知りたい感情もあると。

 絆創膏の箱を素直に受け取ったナイアは、開けずに質問を続ける。


「さっきはありがとうね。何か、お礼とか欲しい?」

「何もいらな……いや、本音じゃないってバレるよな。お前が狙われていた理由……それは知りたい」


 帰れ、とは言ったもののやはりロックはナイアと黒い人物の関係を知りたかった。

 嘘をつく癖は1ヶ月前のとある事件がきっかけのため、体が慣れきっており【WANNA BE REAL】の力を知っても嘘はついてしまう。


「いやぁーそれがね……私も知らないの。さっきいきなり追突されて、さ」

「……なんだよ。何も手がかりなしかよ」

「は〜い、今の本音じゃないね?」


 呆れた様子で立ち上がり、背を向けたロックの右肩に左手を乗せたナイア。かつてロックも本音を多く口にしていた人間だったが、嘘をつく癖はそう簡単に抜き出せるものではなかった。


「見たところ、私を襲ってきたあの人ってロックの事も知ってる様子だったじゃん? 私とロックの共通点……そこに狙われる理由があるかもしれない。事情とか~……聞いても良い?」


 あざとく顔を近づけ頭も傾けていた。そんなナイアの振る舞いに、ロックはかつての想い人の既視感デジャヴを覚えた。おかげで一瞬固まってはいたが、ハッと正気を取り戻すと口を動かす。


「……他の奴に聞かれたらまずい。どこか、人目のつかない所で話しても良いか?」


 これは心からの本音。


 なぜあの黒い人物を追っているのか。

 なぜ『嘘』を鎧の様に身にまとってしまったのか。

 なぜ『優しい』という単語が彼を苛立たせるのか。


 それは『優しさでは救えないものもある』と、知ってしまったから。

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