白の反逆 LIFE DRIVE 人形と本音の物語

第1章 汚い、嘘

第1話 本音の少女

『白』の意思は絶対だ。『白』の予見は絶対だ。『白』の人形は絶対だ。


 だが、その意思を虹色に塗り替える人間が現れた。白はどんな色にでも変えられる。そこが、唯一の盲点だった。そして彼は灰色の力を手にし異形の者達に立ち向かう。




 都市部から少し離れた郊外。無駄に広い駐車場が付属しているコンビニエンスストア店内にて、1人の少女がレジへと歩く。


 所々跳ねている緑色の髪が揺れ、束ねられていた後ろ髪の部分は特にそれが顕著だった。毎日洗浄している迷彩柄のマフラーには、毛玉や埃なんてものは付着しておらず、洗剤の柔らかい匂いを近づいた者に振りまいていく。


「こんにちはキーネさん!」

「こんにちは。今日もナイアちゃんは元気ねぇ」


 時刻は14:10分頃で、珍しく彼女以外の客は1人として来店していなかった。運ばれてきた青色のカゴの中にはミネラルウォーター4本に、6枚切りの食パン、町が定めた指定のゴミ袋2つが入っており、店員のキーネは素早い動きでバーコードを読み取っていく。


「……まだお兄さんは見つかってないのよね?」


 カウンターの上に茶色いマイバッグを乗せようとしていたナイアに、キーネは神妙な顔をして話しかけた。キーネの見た目は所謂“パートのおばちゃん”で、声のトーンはまるで娘を心配する母親のようだ。

 ナイアは頭頂部に巻いていた白い帯のゴーグルを撫で、考え込む間もなく答えを返す。


「はい。でも兄さんが訳もなく消えるとは思えないんです。絶対何か理由があるはず……今日も、探しに行きます」


 兄とお揃いの迷彩柄マフラーをぎゅっと握り、ナイアは本音に満ちた瞳をキーネへと向けていた。


「そう……今日はどこに行くつもり?」

「少し離れた商店街に行って、ついでにお買い物もしてくるつもりです」



 *



 茶色のマイバッグを右手にナイアは店を出ると、灰色の上着のポケットから緑色の小さい棒状の物体。板ガムのパッケージほどのサイズをしたカプセルを取り出した。


「出てきて、【WANNA BE REAL】」


 カプセルを駐車場の端へと向けると緑色の粒子が飛び出ていき、集まったそれは僅か2秒ほどで自転車へと変貌を遂げた。【WANNA BE REAL】は彼女の人形ドールである。

 自重で倒れそうになった【WANNA BE REAL】の、緑色をしたハンドル部分をナイアは両手で掴み、飛び乗るように座席に座る。黒いスカートを履いており下着が見えてしまうのではないか、と周りの人間に心配されていた事もあったが、“スパッツを履いているので別に見られても構わない”と彼女は答えていた。


「よっと」


 前輪の上部に鎮座する、金属製のカゴにマイバッグが押し込められた。幸いカゴは大きく、バッグを端に追いやれば半分のスペースが空く。

 付け根付近までの長さがあるニーソックスを履いた足で、ナイアは自転車を操縦する。Uターンし駐車場から歩道へと移行、安全運転を心がけ速度はそこまで出ていなかった。




 20年前のある日、世界政府総長の娘“マイ”に突然『人形の白』という不可思議な力が謎の人物によって授けられた。謎の人物の名前は“イシバシ”と噂されている。

 当時5歳だったマイは力の制御なんてものは到底なし得ず、当時生きていた人間、その後に産まれた人間関係なく、全ての人類に平等に『人形ドール』が取り憑く結果となった。取り憑いたとは言っても悪霊のように害を与えることはなく、基本的には持ち主の思いのままに動き従う。


 人形ドールは12の色で区別されている。黄、赤、青、水、緑、黄緑、紫、茶、ベージュ、オレンジ、ピンク、灰だ。

 更にそれぞれ固有の特殊能力を持ち合わせており、【WANNA BE REAL】は“本音を見分ける”能力といった具合。人形ドールの形状・特殊能力は総長の娘であるマイの知識、経験、願望が元になっている。

 しかし『人形ドール』を動かすにもエネルギーが必要で、廃業寸前だったガソリンスタンドが食いついた。現在車は殆ど利用されておらず、機動力に優れる人形ドールまでにもなっていた。




「キーネさんは一応本音だったなぁ……」


 ナイアは現在17歳。この国では赤子が産まれる瞬間、“そばにカプセルを用意しておく”必要がある。産み落とされた直後の赤子にもそれぞれの人形ドールは現れ、収納するカプセルを用意していない場合、もし巨大な人形ドールだったとしたら大惨事になりかねないという理由からだ。

 ナイアの【WANNA BE REAL】は自転車だったため大事には至らなかったが、問題はその能力。


 “本音を見分ける”という能力は、目の前の人間が“嘘を付いている”かどうかも簡単に分かってしまう能力。


 よってナイアは、幼少期の頃は特に他人との接し方に迷いを持っていた。親密な関係になったとしても本音を言っていない、と見透かしてしまう。

 しかしナイア自身が嘘を吐かず常に本音で他人と接していった事で、自然と彼女の周りには“あまり嘘をつかない人”が集まる事となった。彼らは嘘をつく事はあっても、他人を陥れない優しい嘘。何かサプライズを用意する時や、気遣う時だけに限るものだった。


「……早く兄さんを見つけないと」


 彼女の兄は約1ヶ月前に忽然と姿を消していた。両親が早くに亡くなり、自身を支えていた愛しの兄が失踪した事実はナイアの心に深い傷を負わせた。

 兄がどんな仕事をしてどのくらいお金を稼いでいたのか、ナイアは把握していなかったが、それでも兄への信頼は確固たるもの。その証拠に毎日の捜索は未だにやる気に満ち溢れている。高校には通っているため、平日は長時間の捜索はできていないが、丁度長めの冬休みに突入したところではあった。時間は余っている。


「……?」


 長らく放置されていたのか、歩道には街路樹の落ち葉が大量に敷かれていた。その落ち葉がナイアの背に吹き飛んできたため、強風でも吹いたのかと振り向いた瞬間。


 飛び跳ねた黒いオートバイと、その右に取り付けられたサイドカーがナイアと【WANNA BE REAL】に追突した。落ち葉を撒き散らすスピードでぶつかった事で威力は抜群。弾き飛ばされたナイアは歩道を転がり、少し離れた街路樹に背中を強打しうずくまる。


「うっ……痛っ、いったぁ……!」


 背中は勿論の事、手の甲や二の腕、頬にも傷が出来てしまい少量の血液が零れる。擦り傷の痛みはじわじわと襲いかかり、瞳からは涙も滲み出ていた。


「嘘……これでも死なないんですか……!? 折角覚悟を決めて突っ込んだっていうのに!」


 黒いオートバイに跨る人物は動揺し、幼い女性の声を震わせていた。ヘルメットを被っており表情は伺えないが、ハンドルを握る手も震えている。


「いや、僕はやるしかない……! もう後がないんだ!」


 追い込まれている事を匂わせてはいたが、ナイアはそれどころではなく、なんとか逃げ出そうともがいていた。しかし恐怖で腰が抜けてしまったのか、まるで産まれたての小鹿の様に立ち上がっては転倒を繰り返し。


「ううっ……な、なんなの?」


 ナイアが黒い人物の方を向いた瞬間、オートバイのエンジンが思い切り動き始めた。後輪が煙を噴出し再びの発進。距離が短いため最高速度には遠く及ばなかったが、それでもこのまま直撃すれば今度こそ命を落としてしまう。

 危険を感じ取ったナイアは呼吸が荒くなり、ますます脱出への意欲が高まるが尚も足はおぼつかない。


「このままじゃ……」

「ごめんなさい、ごめんなさい!」


 黒い人物の身長は低く140cm程度。オートバイにはサイドカーも付属している事実も相まって、比較するとサイズの違和感が凄まじい。

 轟轟と迫り来る車両に、ナイアはもはや諦めすら抱いていた。【WANNA BE REAL】は視界の奥、例え近くにあったとしても漕ぎ出す事なんてできないと。


「うっ……」


 現実に目を背け、右腕で視界を塞いだ。いつか来たる正面衝突の衝撃に歯が震え、恐怖に押しつぶされそうになっている。


 と、その時。ナイアの背後に再び落ち葉が降りかかる。今回は振り返る間もなく、その機体が彼女の左を通り過ぎオートバイと激突。


「え?」

「ひゃぁっ!」


 黒い人物とオートバイ及びサイドカーは返り討ち。ナイアのように吹き飛ばされもがいていた。

 現れたのは灰色のオンロードバイクだった。ドリフトもしていたためナイアの前で止まった時には、彼女から見てそのバイクは右を向いている。

 そして跨る青年は、灰色の髪をワックスとスプレーを使い派手に乱したような髪型をしていた。


「……別に助けた訳じゃない。たまたまあいつが、俺の追っていた相手だったからだ」


 黒いパーカーに黒いズボン。外見はナイアを襲っていた人物とそう変わりはなかったが、僅かに違う所をナイアは感じていた。


「そこで勝手に這いつくばってろ。ただし邪魔しようっていうんなら……命の保証はしない」


 青年がナイアと顔を合わせ、暗めの表情を晒す。目の下には隈ができており、食事もまともに摂っていないのか痩せ気味でもあった。


 そして【WANNA BE REAL】の“本音を見分ける”能力を持っていたナイアには、ここまでの彼の言葉が全て『嘘』だと感じ取れていた。自身を襲ってきたあの人物の言葉は全て『本音』だったが、この男は全てが嘘。


「目の前で人が死ぬのは、もう嫌なんだ……!」


 しかしこの言葉だけは、『本音』だとナイアは確信した。

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