雑誌の顔を目指してなんやかんやする話

シナミカナ

流行のファッション

 顔に冷たい風が刺すように吹くたび顔を首に巻いているマフラーに埋める。


 電車に乗っていると男たちはみんなが同じ雑誌を広げて読んでいてああ、そういや今日かと思い出し駅前のコンビニに入る。


 今まで上着のポケットに潜り込ませていた手を外に解き放ちかじかむ両手を揉みほぐすようにしながら毎月と同じように雑誌コーナーへと足を進めた。


様々な表紙が並んでいる中でその雑誌だけはすぐに見つけた。雑誌名は「月刊モテる!キテる!流行に乗っからKNIGHT!。」

通称は"モテナイト"。


 創刊は古くそれでもこの令和の世代まで続く流行の最先端の男性向けファッション雑誌だ。


 この雑誌で紹介される表紙の男性は今一番流行の最先端を行く男「ミスターナイト」と紹介され彼の着ている服装は勿論、車や趣味までもが特集され尽くす。


 なぜここまで流行の最先端を行きモテるのか?テレビやネットも後を追うように'あの'話題の男として紹介される。


 それを羨ましく思う男はその雑誌を読んで研究し、次のミスターナイトとして紹介されるように最新を取り入れ切磋琢磨し男を磨く。


 今月号に載っているミスターナイトは昭和の九州男児を絵で描いたような漢で黒い短髪にパーマを当て捻じれハチマキを締め、服装はバブル感を強調し車も高級な外車を乗りこなす。

趣味は映画観賞(Vシネマ)と書かれている。


天井を見上げてため息をつくように呟いた。


「はぁ~マジ渋いわ~。」


「己まだ先月号のミスターナイトの関西弁なんか使ってんか。今月号のミスターナイトは九州の男ばってんぞ。」


 隣で立ち読みしていた似非九州弁の男が突っかかってくる。彼は同じ大学生でいつも僕より流行の最先端を行く男である竹中君だ。


 2,3日前までは金髪に染めていたはずだった髪は黒く短く刈り込んであり雑誌のような昭和感が演出されている。


 こんなにも寒いというのに半袖半ズボンからは細い手足をみせびらかせる。オマケに腹巻まで巻いていた。


「そんな時代遅れじゃモテんぞ。男なら見た目だけのマッチョを止めていさぎええ絞り切った体系にならんといかんぞ。」


 竹中君は僕が空気椅子をしながら立ち読みをしているのを横目にレジへと向かった。


 男性と女性の店員がレジ番している中であえて女性の方へ行き「姉ちゃん、ワシと茶ァしばかんかぁ?」と口説いてる。


そのまま連絡先を交換して口笛を吹きながら竹中君はコンビニを後にした。


 僕は今度こそ本当のため息をついてモテナイトとプロテインバーを箱買いコンビニを後にした。



 夜になり日課である筋トレを終えてネットでミスターナイトについて検索していた。


 バーベル120キロを3セット持ち上げた腕は小刻みに痙攣して体からは汗が蒸発し蒸気が部屋にたちこめるが気にしない。


 ミスターナイトを調べるのは男にとって子供から続くルーティーンであり人生のすべてだ。


 非公式サイトの過去から現在のミスターナイトの姿が並ぶのを見て思いはせる。


 僕がモテナイトを読み始めたのは同世代の男女より遅く中学生の時だった。


 小学生の頃はみんなが似たような服装だったのは時代の流行だと思い込み母に似たような服をせがんでいたが中学生になってようやく間違いに気づく。


 コンビニに昼食を買いに初めて訪れた時にふと雑誌コーナーにある一つの雑誌の表紙に目を奪われた。


 それは今学校で流行っている服装そっくりの男・・・ミスターナイトが写っておりそこから僕の人生は変わった。


昼食を買うお金でその雑誌を買いご飯の代わりにその雑誌にかじりついた。


 表紙に映っている男は皆がかっこよく毎月その雑誌を買い果てには同級生から不要となった僕が買うよりも以前の雑誌をタダ同然で買い取った。


 流行のファッション雑誌のバックナンバーなど価値がないと当時の僕は知らなかった。ただただ毎月の彼らに憧れて過去の彼らに思いをはせた。


 本棚には透明なブックカバーを被せたモテナイトが創刊号から最新号まで収まっている。


 だが僕がどれだけ過去のモテナイトを読み漁っても常に最新のモノを取り込んでいく竹中君にどうやっても勝てない。


 僕が良いと思った歴代のミスターナイトの特に輝いて見えた髪型や鍛えられた筋肉やコアな資格、選りすぐったそれらを僕一人に取り入れても僕が本物のミスターナイトになることはなかった。


 モテナイトの最新号を読むたびに開いていたサイトをブックマークから飛ぶ。


マップサイトでそこには今までいくつもピンを指している渋谷街の衛星写真だ。

 

 ピンにマウスのカーソルを合わせると今までのミスターナイトのスカウトされた場所と方法が年代付きで載っていた。


 バイト帰りに呼び止められて。友達を待っていたら声をかけられて。買い物していたら止められて。


 どれも僕のように渋谷に何も用事がない男には縁のない話だった。それにお金もかかるしタダじゃないんだ。


売り場が電車で2時間の場所でしか売っていない宝くじのようなものだ。


時間はかかるしくじの代金よりも電車賃の方が高くつく。


 パソコンを閉じてパンツ一丁の男らしい格好のままベッドに倒れる。


 明日は今まで通り男皆が最新のモテナイトのファッションを取り込み最新の流行について最新の話方で・・・そこにしか世界がないかのように。


一週間が当然のように訪れる。一か月も四季も一年もただ過ぎ去っていく。


万物は流転する。ただほんの少しだけ前より目新しくなって。


 僕は適当に放ってある服とズボンを身に着けて外に出た。財布の中身を確認して渋谷までいくらかかるか頭の中で計算する。

安いね。

夢に挑戦する代金にしては安すぎるよ。


 電車に乗り込むと仕事帰りにのサラリーマンが疲労のためか項垂れている。


 もっと早く着かないのか、今日を終わらせたい。


前者においては同じ考えだ。


 電車に揺られやるせない気持ちを発散できず立ったり座ったりを繰り返す。


 何をやっているんだ。こんな事をしたって時間と金の無駄だ。


 鼓動が高まり負の感情が沸き起こる。顔が少し熱く胸が苦しい。


 それでも、例え理性が歯止めをかけようとしていても、このいつもの日常という名の一つの歯車に成り下がる気はない。



 心臓がうるさいくらいに打ち鳴らしたままようやく電車から降りる。

 渋谷街。僕の始まりでありターニングポイントであり夢を終わらせるところだ。


 初めて訪れた右も左も分からない場所で僕はただ練り歩く。周りには似たような服装の男だらけだ。右を見ても左を見ても鏡合わせで変わらないくらいに。


 明らかに周りとは雰囲気が違い人を値踏みしながら歩く男を有象無象の輩が口笛で呼び止めようとするが男は一瞥をくれるだけで相手にはしない。


 あの時立ち読みしていたモテナイトによれば今月のミスターナイトが口笛でスカウトの人間を呼び止めてスカウトさせたという話に皆が習っている。


 だが違う。僕も頭の端っこで考えていた。縁がないだろうと、ありえないだろうと遊び半分と本気が半分の恥ずかしい妄想。


 もし僕がモテナイトのスカウトを呼び止めるときに絶対に使いたいと練習してきた歴代の止め方にない新しい止め方。


 親指と人差し指で輪を作り軽く口に頬張る。久しぶりだけど上手くいけと願いながら息を吹くとそこらの口笛では鳴らない高く大きい音が鳴り響く。


 前を歩いていたスカウトと思わしき男が僕に振り向いた!自慢のボディビルのポーズを決めてすかさず僕は言った!


「おしゃべりは後にしてくれ。パンプが冷めちまう。」



「温故知新」という過去の諺が忘れられていた現在に甦るときに本当の意味が分かる。


 新しいモノというのは過去を刷新した現代風の解釈なのだ。


 大昔に深く埋めた何でもない物が現代では過去の重要な財産として保存される。そのわずかな過去の香りに思いを馳せ研究するものが「新しく過去を発見する。」


 そこに少しの疑惑があっても気にならないくらいの。


 ただ雑誌に載っただけでそんなこの世の全てを知っているかのような錯覚に陥る。


 表紙には夜通しスタジオで撮ったために眠たげな僕の間抜けな顔が飾っている。


 雑誌を棚に戻す。もうこの雑誌を買う必要はない。


 コンビニを出ると待ち構えていたかのように竹中君と鉢合わせる。


 彼は僕の様な風体ではなくごく自然な・・・初めて見る「彼らしい恰好」になっていた。


恐る恐る声をかける。


「おはよう竹中君。」


「お、おはようございます・・・。」


どこかいつもと違いたどたどしい。まるで上司の機嫌を伺う新入社員のようだった。


「あの、教授。雑誌の件おめでとうございます。それと、この前に出した課題に

ついてですが・・・。」


「ああ、あれなら大学で話をしよう。」


僕は竹中君と一緒に大学へと向かった。

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