第4話

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 司令官とイグソルウト人守備隊の精鋭が、レセトの難詰を受けるのは至極当然であった。彼等は、やむを得ずタルスたちが残してきたコス人傭兵を連れてきていたのだが、手当てをした様子はなく、寧ろ長剣で脅しつけて無理矢理歩かせてきたように見える。

「それなるは、傭兵団の同胞でございます。貴殿らの友軍に対する扱いは、正当なものとは思えませんな」

 レセトが、その気になれば能弁にもなれることを知って、タルスはこの友人を見直したが、守備隊の反応は氷のように冷ややかだった。

 それどころか、司令官が片手を挙げると、精鋭たちが四人、階段をおり下ってきた。彼等は各々二連の弩を構えており、配置に着くなりタルスたちに狙いを定めた。

「おっとーー」

 タルスとレセトは、両手を上に挙げて降参の形をとった。

「遠方からわざわざ助太刀に来た我等にあんまりではないですかな? せめて理由くらい告げて貰わねばーー」

「知らんほうがよいと思うぞ」

 司令官がレセトに答える。

吝嗇けちなこと云いなさんな」

「ふん、では後悔しろ」

 司令官の合図で、コス人が前に送り出された。片足のきかないまま、自力で階段を降りた傭兵を、守備隊員がさらに刃で急き立てる。コス人は苦労して進んだ。助けようとするレセトを、守備隊員が牽制する。レセトは再び両手を挙げた。云われるまま前進したコス人が、例の神像に近寄る。その背中に、嫌ったらしく剣先がどやしつけられ、傭兵はつんのめって、神像に手をついた。

 その時、恐ろしいことが起こった。石で出来ていると思われた神像が動いたのだ。

 四方八方に突き出ていた腕や脚やはらわたが、獲物を捕まえる菟葵いそぎんちゃくの触手のように蠢き、コス人の手や頭や腰に巻きついた。傭兵の口からは魂切るような悲鳴が迸った。それらは傭兵の躰に達した先から、すでに肉を食みはじめているのだ。ゾブゾブと血を啜り、骨を砕く音がタルスの処まで聞こえてくる。生きながら徐々に喰われるおぞましさに、コス人の精神は破壊され、その口からは哄笑にも似た声が洩れ、やがて沈黙した。

「ーー後悔したのではないか?」

 嗜虐的な司令官の云いぶりに、タルスは反発心を抑えられなかった。

「とんでもない! 何が起こるかは判ったが、何故なのかは一向に判らんではないか!」

 司令官は煩わしげな顔になったが、思い直したようで、では手短に済ませようと云った。

「この場所は旧い支配者である有尾人によって造られた、おぞましい魔術の実験場よ。彼奴らが何を目指し、どの様な所業を積み重ねたのかは今となっては伝えられておらんが、命を玩ぶ涜神の業であったのは間違いなかろう。そして其は、彼奴らの遺した唯一の成果よ」

 其が、神像を指すのは云うまでもなかった。

「彼奴らが其を遺した理由は判らん。滅するには惜しかったのか、滅することが出来ないほど強力な化物だったのか……」

 とまれ、その有尾人とやらが神像を封印して消え去ったことは変わらなかった。そしていかなる深慮の所以か、封印の解き方を蛮族ブルガーー人間ゾブオンに伝え遺していったのだった。生け贄を与え続けることにより、神像は息を吹き返すのだと。

「貴様……同胞を生け贄にしたな?」

 レセトの声が鋭くなる。タルスも気づいたのだが、ツィタ砦で行方不明になったという兵士たちは逃げ出したのではなく、この地下広間に連れて来られて化物の活き餌にされたのだ。

「凡ては帝国の御為おんため。軍神ザールよ照覧あれ!」

 司令官の熱弁に比して、タルスとレセトの心は冷えていた。無論、詭弁であった。つまりは、守備隊幹部連中は、雑兵の命と引き替えに、蘇らせた化物と蛮族ブルガを噛み合わせようとしているのだが、そんなに国を守りたければ、己が栄誉ある帝国軍人としてしこ御楯みたてとなればよいのだ。

「さて、時を無駄にした。そなたらには大人しく化物に向かってもらおう。抵抗しても無駄だ。どうせ死ぬのだ。ならば役に立ってはくれんか? 恐ろしければ、弩を撃ち込んで絶息する寸前に食わせてやってもよいぞ。幸いそいつは選り好みせんようでな……」

 云い終える前に起こった出来事は、司令官には理解の範疇外だったに違いない。タルスとレセトに弩を向けていた四人の守備隊員のうち一人が、突然、ギャッと悲鳴を発し顔を押さえたのだ。弩から立て続けに矢が跳び、運悪く射線上にいた隣の守備隊員を貫いた。

 当然の如く、包囲網は乱れた。機を見るに敏なレセトは、短剣を曲芸めいた手際で放り、瞬く間に射手を一人、葬った。タルスも同時に動いていた。地を這うような低い態勢で一人に殺到すると、脚に体当りする。

 もんどりうって倒れた射手をひっ掴むと、馬鹿力を発揮して、化物に向けて放り投げた。目潰しをくらった隊員もレセトに同じ目に遭った。そのお陰で化物は新たに二人分の生き血にありついた。この当意即妙の遣り取りは、僅かな間のことであり、いかなイグソルウト人の精鋭とて対応出来なかった。

 タルスが遣ったのは、苦行僧の得手とする暗器であった。口に含んだ鉛玉を、独特の強靭な呼吸法で吹き飛ばし、対手の意表を突くのだ。しかし、この時、イグソルウト人が二人を仕留め損なった所以は、傭兵たちのためばかりではなかった。タルスたちの背後で、守備隊を怯ませる事態が勃発していた。彼の化物の封印が遂に解けたのだ!

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