165 対策をねるねるねるね


 愉快痛快。

 師匠たちに仕掛けられております。

 修行という名の宣戦布告に違いなし。

 ファッ●ン。

 弟子離れして欲しいと切に願う。

『弟子離れ=殺』な気がしないでもない。

 俺が失敗したら『今回もダメだったわね』とか言いそう。

 なんかそれぐらいの執念を感じた。

 つまり、俺が真に独り立ちしたかったらあの師匠たちを倒せねばならないわけだ。

 超めんどくせー。

 魔神王相手にするより絶対めんどくせー。


「珍しい反応ね」


 タワマンに戻って来てソファでグダグダとする俺に霧が言った。


「騒動があればテンション高くなるのがあなたなのに?」

「ああ……それな」


 うん。霧の言いたいことはわかる。


「もうこれは刷り込みの問題だな」

「刷り込み」

「それだけ、師匠連中の修業が厳しかったってこと」

「なるほどね」

「昭和かってレベルでスパルタ努力根性の三種の神器を振り回したからなぁ」


 本当に思い出したくないブラック企業ならぬブラック師匠である。

 死んだら弟子が弱いのが悪いで済むとかどんな地獄だよ。

 もうこうなったらブラック師匠は打倒されなければならぬ。

 俺はホワイトな世界を生きていくのだ。


「つまり、苦手意識を刷り込まれているというわけ?」

「そういうこと」

「それはかわいそうに」

「そう、俺めっちゃかわいそう。慰めるがよろし」

「はいはい」


 霧が俺の頭を抱えて膝に置く。

 膝枕である。


「読書は一段落したのか?」

「とりあえず。少しは現実に目を向けようと思えるぐらいには」

「それはよかった」

「それで、戦うの?」

「もちろん」


 そこに迷いはない。

 敵となるなら倒さねばならぬ。

 あいにくと交渉能力は仕込まれておらぬ。邪魔するものは叩いて潰す。それが、奴らが俺に仕込んだ癖だ。

 バトルジャンキーなその癖だけはもはや俺にも修正不可だ。


「あのクソ師匠ブラックがRXになろうとも絶対にヒィヒィ言わせてやる!」

「昭和ネタを続けるのはやめてくれる?」

「だがまぁ、さすがに準備が必要だな」


 連中の誘いに乗って向こうが用意した戦場に準備無しで飛び込んではいられない。

 できればなんとか、もう一皮むけておきたい。


「師匠ズが俺にどんな試練を用意するか。なんとなく想像が付いているしな」


 で、スペクターに見せちまったものの件もある。


「あなたは勝つわよ」


 霧が俺の頭を撫でながら言った。


「それは予見? それとも慰め?」

「どっちがいい?」

「慰めかな」

「なら、そういうことにしておいてあげる」

「おう。俺は勝つぞ」


 わははと笑い、二人で総菜屋の焼き鳥で夕食を済ませる。

 それから久しぶりにゆっくりと撫でるような時間を過ごした。


 嘘です。


 めっちゃどぎつく責められました。

 お願いだから霧まで俺をドMにしようとするのはやめてください。


 色々と処理すること数日。

 竹葉さんに経過報告。とりあえずスペクターと接触して本人特定までは成功したことを告げてその情報も渡しておく。

 奴が狙うのをやめたわけではないのでミッションコンプリートとはいかない。

 ただ、奴の本体を特定したのはでかい。

 竹葉さんも独自の情報網で俺が特定した人物を調査するとのこと。

 問題が解決するまでの専属護衛を依頼されたが遠回しに断る。

 俺がいなくても俺の配置した駒がきっちり守っていると告げると竹葉さんの護衛たちがざわついた。

 わはは、そう簡単には見つけられんよと笑っておく。


 Lに連絡して例の玩具の計画をさらに進める。

 外装とエンジンはできた。OSもOK。内部のあれこれもOK。武装もOK。一部で予備資源が足りないという問題があるがまぁとりあえずOK。

 というわけで組み立てを指示しておく。


 幹部会議。

 で、スペクターに見せた例のアレを連れて行って見せてやる。

 全員、口あんぐり。

 そしてクラスとスキルの取得方法の確立にまで話が行くと全員が難しい顔をした。


 みな、なんとなく心に引っかかっているようだ。


 世界は、このままで本当に良いのか?

 世界は時間とともに変化するものだ。石器が鉄器になり、狩猟主体から農耕主体に、大航海時代に産業革命、二度の世界大戦。

 世界はいつだって変化を続けている。

 だが、この変化は正しいのか?

 大地から宇宙に飛び出してスペースオペラか宇宙世紀かになるなら、あるいはそれは正統な変化と言えるのかもしれない。

 だが、世界の壁を破り、いままで存在していなかった青水晶というエネルギーと、クラスとスキルによって構成された超人たちが大活躍する現在。

 こんなものが登場する新世界は、はたして正しい変化なのか?

 そしてこの夢はいつまで続くのか?

 続けていいのか?


「俺たちの意思でこの世界を続けるか、それとも神の気分に振り回されるままになるか。どうしたらいいと思う?」


 その問いに、誰もちゃんとは答えられなかった。

 どいつもこいつも肝は太い。

 自分か、あるいはその周辺ぐらいの運命ならドンと受け止めるぐらいの気概はある連中だ。

 だが、いま俺が用意しているこれは、世界そのものの運命に関わるものだ。

 さすがに規模がデカすぎて想像力と決断力が追い付かないようだ。


「マスターはどのようにかんがえているので?」


 経営部門の杜川っちが聞いてくる。


「俺としてはどっちでもいい。こんなことをしてるのも、いまやっていることをどれだけ継続できるかっていう調査のためでもある。神の気まぐれでダンジョンが供給ストップされた時、自分たちで変わらず青水晶を獲得できるようにするためにはどうすればいいか? そして、青水晶を獲得するための人材を永続的に維持するためにはどうすればいいか? その問いに対しての解が、ここの先にあるってだけのことだ」


 俺の返答にまた全員が唸る。


「やめましょうといえば、やめるので?」

「個人的理由があるから調査は止めないが、クラスとスキルとの拡散という部分なら本当にどっちでもいい。お前たちが決めてくれ」

「クランの未来に関わることですが?」

「すでに俺たちが生きてる間ぐらいは問題ない。それから先がどうなるかなんて、知ったこっちゃないと言えばそうなんだよ。いまの現状をひと時の夢で終わらせるか、それとも一つの時代にするか、本当に、俺にはどうでもいいんだ」


 どうなろうと俺は力を失わない。

 たぶん、霧ももう大丈夫だ。

 この点が大きい。

 そして、スペクター相手に脅し気味に言ったが、いますぐにダンジョンの供給を止められても、いますでにいる異世界帰還者たちが絶滅するぐらいは持つだろうと考えている。


「我々がこれを受け入れたら、すぐに始めるのかい?」

「重すぎるか?」


 開発部門の藤堂に質問を返すと苦い顔を浮かべた。


「そりゃあな。いまここにいる俺たちだけで世界の命運を決めるんだと言われたら、重すぎるわな」

「一応、案は考えているが聞くかい?」

「是非とも」


 というわけで俺の案というか、今後のクラスとスキルの拡散する体制を作るまでの流れを説明する。

 説明を終えると、皆が長々とため息を吐いた。


「織羽ちゃんは本当に、この世で唯一無二の女王になる気だね」

「結果的に?」


 亮平の乾いた笑いにそう答える。

 女王になりたいわけじゃない。

 だが、結果的にそうなってしまうというだけだ。

 俺の王国に国境はない。

 だが誰もが俺を無視できないようになる、というだけだ。


 会議からさらに数日後、竹葉さんからスペクターの死体を見つけたと連絡が来た。





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