164 無茶ぶり好きは困る
うーん、困った。
大量の青水晶が欲しくてタケバエネルギーにその交渉をして、代わりにスペクターという異世界帰還者の退治を依頼されたのに、その対象を俺にとって二番目に厄介な師匠連中に確保されてしまった。
ちなみに一番は霧様です。
「困ったねぇ。困った困った」
本部の休憩室に戻ってごろごろする。
「あの……」
「うん?」
「いえ……その……」
俺の腕の中でサチホちゃんがもぞもぞしている。
クッション代わりにサチホちゃんを抱きしめてごろごろしていたのだ。
「霧さんが……」
サチホちゃんが霧を気にしている。
だが、霧はいまだに本に夢中だ。
あれってさっきと違う本だよな? アイテムボックスに積ん読でもしてたのか?
「霧が相手してくれないのが悪い~」
「ええと、それなら……ん」
「いや、JCには手を出さんよ?」
「ええ!? そんなぁ」
「だから大人しく抱き枕になれ~」
「あうあうあうあう~」
唇を突き出してきたサチホちゃんを抱えてごろごろと転がり続ける。
寝るタイミングを逃したせいでテンションがおかしい気がする。
だが今更寝る気にもなれないのでサチホちゃんとごろごろするしかない。
しかしそんなことも長くは続かなかった。
サチホちゃんのマネージャーからモーニングコールがかかり、慌てて準備をすることになった。
本部のシャワールームを提供して送り出すころには事務系のクラン員が出社してくる。
秘書チームの一人が来たので幹部会の予定を突っ込んでおく。
たぶん三日後くらいになるだろうという返事を聞き、帰ることにする。
ぶっちゃけ、これのためだけにここに残っていたようなものだった。
……よく考えたら電話かメールで済むことだった。
いかんね、やっぱりちょっと動揺してるのかもしれん。
「ああ、めんどいめんどい」
そんなことを呟きながら霧を連れてタワマンの方に転移。
寝る。
起きる。
霧はまだ本を読んでいる。
もうなんか、「本を読む少女」とかいう彫像なんだろうか?
あ、いや……さすがにもう少女ではないか?
まぁいいや。
とりあえず霧の分のご飯も作っておく。時計を見ると昼時を少し過ぎたぐらい。
常識的な量の牛バラを塩胡椒と焼肉のたれで焼き、冷蔵庫にあったきんぴらごぼうとポテサラを追加。タワマンの管理人をしている鷹島夫婦が冷蔵庫に食材やら常備菜やらを入れておいてくれるのだ。感謝。
それらのおかずでご飯をもりもりと頂き、食後に最近飲んでいる薬を用意する。
リポDの蓋ぐらいの量をくぴっと飲み干し、暇な時の訓練をこなす。
気が付くと夕方になっていた。
霧はまだ本を読んでいる。
テーブルの上の食事はなくなり、皿は片づけられていた。
まるで俺が見ていないときだけ動くなにかのようだと苦笑する。
「ちょっと走って来る」
そう声をかけて外に出る。
タッタカターとランニング。
一時間ぐらい走ってからその店に到着した。
店に入る前に魔法で汗を飛ばしておく。
「いらっしゃいませぇ。あっ!」
総菜屋のレジ前には娘ちゃんがいた。
「ほんとに封月織羽さんだぁ」
「は~い。ほんとの封月織羽だよぅ」
暇を見つけてはここであれこれ買っているが、娘ちゃんと遭遇したのは今日が初めてだった。
「おばちゃんは?」
「あ、今は配達に……」
「なるほど、んじゃあ……」
と、霧の夕食分も含めてどんと買う。
「最後にもも揚げね」
「はい!」
俺の大量注文にわたわたと対応する娘ちゃんを微笑ましく見守る。
最後にサインと握手を求められて気恥ずかしい気分で応じる。
なにはともあれ曇りのない笑顔はいいものだと店を出る。
出たんだけどなぁ……。
「……せっかく気分よくなってるところに、やめてくんないかな?」
「あら、ひどい言いぐさね」
「ひどくもなるだろ? 邪魔してくれてるんだから」
「こちらの誘いを無視しているのはそちらでしょう?」
「そろそろ師匠離れしたい年頃なんだけど?」
「反抗期ということね」
「過保護がうぜぇ」
信号で止まって振り返ると、そこには白い女。
白魔法の師匠、ニースだ。
「目的は達成しただろ? それなのにいまだに俺を育てる気っていうのがな」
「それはそうでしょう。私たちの目的はまだ終わっていないのだから」
「あん?」
「魔神王を倒したのは私たちにとっては始まりにしか過ぎない。まだまだこれからよ、織羽」
「……その言い草、もしかしてぇと思ったりしなかったりしていたりなんかしたりしちゃっていたけどもしかして?」
「言葉遣いはちゃんとしなさい」
「あんたらがダンジョンをここの世界と繋げたな?」
「ええ、そうよ」
「素直に認めちゃったかぁ」
「いまさら隠す必要もないでしょう。あのダンジョンでの調査が進んだら、いずれは判明することよ」
「……なにが目的?」
「何一つ変わっていないわ」
「あん?」
「あなたを呼んだ時から何一つ変わってない」
「神殺し」
「その通り」
「あの世界を困らせていた魔神王は倒しただろう? これ以上何を望む?」
「それ以上よ」
「意外に強欲だな」
「最初から、魔神王は過程でしかなかったということ」
「もしかして、俺がいた異世界もコピー品だったりするわけか?」
「そうね」
「……嫌になる答えをありがとう」
「でも、あなたは他の異世界帰還者と違うことはわかっているでしょう?」
「そういう問題でもないが……」
嫌になるね。
まったく嫌になる。
こんな真実を知ってなんになるっていうのやら。
「俺をこんなひねくれた性格にしたあんたらだ。善人集団だとは思っていなかったが、まさかここまでとはな」
「あら、あなたは最初からそうなりそうな性格だったわよ」
「ふざけるな。ご近所じゃあ顔はいまいちだけど妹思いの良いお兄ちゃんで通っていたんだ」
「自分でそれを言う時点で、ね?」
「うるせぇ」
「ともあれ、最適な人材が見つかったことであなたへの試練は完成した。さあ、乗り越えてごらんなさい」
「やりたくねぇ」
俺の嘆きを無視して白い女は景色の中に溶けていった。
ああ嫌になる。
とりあえず、俺はマッハで溜まったストレスをどうにかするため、もも揚げを骨ごと齧った。
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現在は毎週月曜日19:00更新でやっています。
余力があったら木曜日19:00も更新しています。
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