163 焦れた奴らの介入


 スペクターの本体が隠れているのは都内にある病院だ。

 病院の主だったスタッフに寄生して個室を確保させて自身の体が長期間動かなくても万全に管理されるようにしている。

 魔銃騎士団は空中で待機していた。

 狙撃用の銃を持たせた一体に構えさせ、本体の額に照準を当てる。

 ドン、それで終わり。

 確保してどこぞの覇王みたいに活用するのもありかと思ったが、精神憑依体というのは扱いが面倒そうなのでやめておく。研究素材としても面白そうだけどな。


 ん?


 やったという感触がない。

 魔銃騎士団の目を通して状況を確認して、俺は思わず「あちゃあ」と声を漏らした。

 スペクターの眠るベッドの前に人影がある。

 いまの俺と少し雰囲気の似た、パンツスーツの似合う女。

 その手には鞘に入った剣が握られている。


「アンヴァルウ……」


 俺の師匠の一人。

 ガチにマジな剣聖だ。


「ああ、くそっ、そう来たか」


 俺がヨーロッパに行かないものだから業を煮やしたか。

 退避退避。

 魔銃騎士団は補充が難しいんだ。

 勝てない戦で消費したくない。

 アンヴァルウも追撃する気はないらしい。あるいは俺が伏兵を用意していることに警戒しているのか?

 追って来ないってことは、あいつの目的はスペクターの確保ってことか?

 まったく、嫌になるね。



††スペクター視点††


「はっ!」


 スキルを解除し、自分の体に戻る。

 急に世界が元に戻る感触は、ひどい船酔いのような気持ちの悪さを起こさせる。


「い、ない?」


 本体を安置していた病院の個室。

 誰かの気配はない。

 本体の健康を保つための機器が単調な電子音を発し、静寂を強調するのみだ。

 封月織羽の言はただの脅しだったのか?


「いいや、脅しではない」

「っ!」

「私がいるから織羽は諦めた。運が良かったな」

「だ、誰だ?」


 体が思うように動かない。

 くそっ。

 他人の体を使い続けている弊害だ。

 病院に安置し続けた結果、私の体は衰弱するばかり。

 佐神亮平という、間違いなく世界でも屈指の強者の肉体にいただけに、落差の激しさが体をうまく操れない。


「他者の力に頼るばかりに自らを錬磨することを怠るか。哀れだな」


 窓を背に立つ女は軽蔑の視線を向けて来る。


「うる……さい」


 女から殺意は感じない。

 だが、その身から放たれる圧倒的な存在感に打ちのめされそうになる。

 この感覚には覚えがある。

 まるで、さっきからの続きのよう。

 そう……封月織羽によく似ているのだ。


「お前は、なんだ?」

「なんだとは失礼な言い方だ。だが、そうだな……この世界流に言うならサンタだな」

「なに?」

「お前にプレゼントを持って来た」

「プレゼント……だと?」

「そうだ。この世界の誰よりも素晴らしい肉体だ。もう、その脆弱な肉体に悩まされることもない。その肉体を捨てることができる」

「そんなことができるはず……」

「できるのさ、ほら」


 そう言った女が指さした先にはいつのまにか複数の人影があった。

 その中の一人、一番の長身の、ただ一人の男。


「おお……」


 思わず、声を放っていた。

 肌の色、髪の色、瞳の色……全てが気に入らない。

 だがだというのに、目を離すことができない。

 認めることを拒めない。

 これこそが完璧な人だ。


「まさか、こんな……」


 これが、私の物になる?


「どうだ? 脆弱なる身を捨てるに足る肉体だと思わないか?」


 女たちは笑っていた。

 誘いの笑み。

 女たちはどれも姿かたちが違うというのに、その笑みの形だけは一緒だった。

 それはまるで封月織羽のような笑みだった。



†††††


 やられたねぇ。

 まぁ、それはともかく後始末だ。

 我に返る前に亮平と一緒にガールズのところに転移して亜良たちを拘束する。


「うっ……」


 亮平たちが目を覚ました。

 できればもう二時間ぐらい意識を失ってくれていたら『鉤爪騎士団』は日本からいなくなって魔銃騎士団の増員ができたんだけどな。

 残念。


「これは?」

「お疲れ」

「織羽ちゃん? どうしてここに?」

「ちょっとイレギュラーなことがあったんだけどな。それは一段落した」

「そうか……任務は失敗かな?」

「いや、成功だよ成功」


 う~ん、ちょっと落ち込んでいる。

 かっこよく終わらせたかったんだろうな。


「なんでここに織羽がいるの? 最悪」


 そうそう。

 綺羅ぐらいにぶうぶう言ってくれた方がわかりやすい。


「まぁまぁ、ちょっとイレギュラーがあったけど任務は無事に成功。イレギュラーについては後で説明するって」


 スペクターの件を聞いたらもっと落ち込みそうな気がするけどな。

 だけどそれは後にするとして。


「こいつらの始末をどうつけようか? サブマスター、どう思う?」


 状況を見守っていた亜良たちがびくりと震える。


「そう……ですね」


 亮平も歴戦なんだからいつまでも動揺してはいない。


「ダンジョンではなにが起きても問題はない」

「ふっふー♪」


 亮平が嬉しいことを言ってくれる。


「亮平に一票」

「は~い」

「異議なし」


 ガールズも同意してくれた。

 となれば、さっきの通りにやるとしようか。


「さて、じゃあ……亜良っち。残りのクラン員もここに呼んでくれるかな?」


 なにしろこれから後、激しめの戦争が待ってるんだ。

 慈悲よりも戦力の強化を優先すべきだよな。




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