156 趣味と睡眠の時間は削れるとキレる


 とても怖い。

 まだ会っていないが間違いなくスペクターより怖い。


「ど、どったの霧ちゃん?」

「…………」


 わざと軽めに聞いてみたらすごく睨まれた。


「私、最近、とても忙しいの」

「あっ、はい」


 なんだかスマホを弄っている時間が長いのは承知しています。

 霧がスマホを弄っているときは、たいていインスタントダンジョンの情報をクラン員に流してるときだと思っていたのだが……。


「違うの?」

「違うわ」

「え? じゃあなにしてたの?」

「トラブル回避よ」


 眼鏡をはずして疲れた目をほぐしながらため息。


「か、肩でもお揉みしましょうか?」

「けっこう」

「お、おう」

「だから、あなたには早期に根本を解決して欲しいの」

「解決って……なにの?」

「いまの状況」

「状況? 日本の?」

「そう。この二番煎じ幕末みたいな状況」

「解決っていってもなぁ」


 霧がこっそり回避していたトラブルの招待は他のクランだ。

 日本が幕末程度の騒乱で収まっているのは、俺たちの存在が大きい。

 C国でブイブイ言わせたり、五百億円の賞金で異世界帰還者を集めて張り倒したりと、俺としては楽しく過ごしていたのだが、野望を抱えている者にとっては目の上のたんこぶ的な存在となっていた。

 で、そういう連中はやはりどうにかして俺を倒したい。

 でも、正面からやっても勝てる気がしない。

 そういうわけで闇討ちしよう、奇襲しよう、人質取ろうという工作を色々企む。

 だが、ここで俺の運命の女神である瑞原霧大明神が立ちはだかる。

 スマホをポチポチするだけで標的にしたクラン員が待ち受けている場所から離れていく。

 こうしてどの作戦も一度も成功しないまま数ヶ月が過ぎてしまった。

 いい加減、それぐらい時間があれば何らかの作為を疑ったり、こりゃ無理だとあきらめそうなものだが、なかなかそうはならない。

 そういうわけで霧がスマホを弄る時間が増えていき、イライラが募ってしまってついにいま爆発している、というわけだ。

 ああ、そうか。

 どうりでここ最近、あっちの方の激しさがヒートマックスだと思った。

 ドSプレイが多かったんだ。

 完全にストレス解消に使われてたな。

 ああ、道具にされてたとか思うとゾクゾクする。

 いかんね、霧に調教され過ぎてる気がするぞ。


「それなのにあなたは私の苦労も知らないで、まぁ楽しそうに遊んでばかりで……」

「はいすいません! そいつらすぐにやっつけます!」


 なんだかんだで霧は根が真面目な優等生、委員長タイプなんだよな。

 そういえば、キレてたから本をあんなに音を立てて閉じてたのか。

 霧は本を大事にする系の読書家だから変だとは思ったんだよ。

 ジト目の霧から逃げるために千鳳の運転する車から出る。


「さてさて……どこに隠れて……ああいた」


 ぶっちゃけ、俺を奇襲するなんてほぼ無理だけどね。

 俺の気配読みは自慢じゃないがすごいし、そもそも来るとわかってるならこの辺りの記憶を検索すれば怪しい動きを見つけるのなんて簡単だし。

 とはいえ今回は騙されておびき寄せるつもりなんで気付かない振りして、コンビニに入る。

 この中に敵がいる。

 本当は別のクラン員を攫うつもりだったみたいだが、そいつはきっとすでに霧によって誘導されていてここにはいない。


「あっ、織羽さん」

「いたよ」

「え?」

「いやなんでも」


 霧は逃がしていなかった!

 これは、俺がへそ曲がりして行かないなんて言ってたらこの子がピンチになってたってことじゃないか?

 やばい。やばいよ霧さん。本気でキレてるよ。

 しかもサチホちゃんって。

 え? 霧さん、ちょっと作為ばりばり込めてないっすか?


「こんなところでなにしてるんですか?」

「それはこっちの台詞じゃね?」


 嬉しそうに腕を絡めてくるサチホちゃん。

 騒ぐものだから他の客の視線がこっちに集まる。帽子で顔を隠していたのに関係ない客までアイドルのサチホがいるのに気付いた。

 店内が少しざわつく。

 うぬぼれじゃないが俺もそれなりに有名になったしな(ドヤァ)。


「わたしはトレーニングの帰りですよ」

「そっか」

「織羽さんは?」

「俺は……まぁちょっと、品定めに?」

「お菓子ですか?」

「そんなとこ」

「やったぁ、じゃあ一緒に見ましょう」


 ということでサチホちゃんと一緒にお菓子コーナーを見て回る。

 そしたら聞こえてくる聞こえてくる。


「おい、どうする?」

「まさか、封月まで来るなんて」

「やるのか? やらないのか?」

「やるに決まってる。これまでずっとチャンスがこなかったんだぞ? こんなチャンスあるものか!?」

「そ、そうだよな」


 場所はジュースが入った冷蔵庫の方、裏にある商品倉庫だろうな。


「成功したらアイドル犯しまくりだぞ。こんなチャンス逃せるかよ」


 うん、馬鹿の会話だ。

 そんな理由でサチホちゃんを付け回してたのか?

 感付かせないために【鑑定】はしてないが、気配の残し方からレベルがそんなにたかくないのはわかる。

 ああ、でも、サチホちゃんの強さは段取りがいるからな。

 闇討ちでその前に戦えばなんとか……とか期待しちゃったか? 夢見ちゃったか?

 ううん、でもやっぱ無理じゃないかなぁ。


「サチホちゃん、明日の予定は?」

「休みです」

「んじゃ、このままお菓子パーティだな」

「やった!」


 と、サチホちゃんが飛びあがらんばかりに喜んだ瞬間……。


 バンっ!


 と、コンビニの明かりが消えた。


「え?」

「はいはい、離れないようにね」

「織羽さん?」


 なにも知らない他の客から悲鳴が上がる。

 ここ最近、血なまぐさい事件が多いから怯えながらもちゃんと安全な場所を求めてしゃがんで移動する。


「出られない!」


 誰かが叫んだ。

 結界を張ったようだ。

 奴らは混乱する店内の騒動に紛れてバックヤードから出てくると天井ギリギリを跳躍して襲いかかって来る。

 押さえ込めればこっちのものとでも思ったのだろう。

 甘い。


「スパ〇ダーマっ♪」


 鼻歌交じりに捕まえられるぐらいに甘い。


【妖燃糸】


 手から発射された糸弾を受けてそいつらは天井に張り付く。


「「「ぐげあっ」」」

「そいつは俺の合図一つで燃えるからな。ちなみに温度は……人間がチュンッって感じで燃え尽きるぐらいの温度だ」

「「「ひあ……」」」

「じゃ、おとなしくしていろよ」


 天井に張り付いた連中にそう声をかけ、【転移】で飛ばす。

 どこに?

 それは後のお楽しみ。

 暗いままの店内に【照明】の魔法を飛ばし、サチホちゃんを連れてレジに向かう。


「ひっ」

「消したのは照明だけだからレジは生きてるよね?」

「は、はい……」

「じゃっ、これお会計よろ」

「はい」


 そんな感じで会計を済ませて商品はアイテムボックスにぽい。


「じゃ、行こうかサチホちゃん」


 サチホちゃんを引き連れてコンビニ前に移動していた車に入る。


「いいんですか? 織羽さん」

「なにが?」

「あのレジの人も共犯じゃないですか?」

「そりゃそうだ」


 照明を消したのはレジにいた男だ。

 ここまで来るとサチホちゃんも色々と察している。


「いいんですか? 逃がして」

「いいのいいの。……これで、誰が反撃を開始したか相手にちゃんとわかるでしょ?」


 楽しそうに笑う俺をサチホちゃんがちょっと引いた顔で見る。


「そんなわけだから、二人は本部の休憩室でだらだら待ってて」

「え? 織羽さんは?」

「交渉材料は多い方がいいでしょ?」


 そう言い残し、【転移】で車から消えた。



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