157 剣聖は出番が欲しい
二時間ほどして本部に帰還。
休憩室に向かっているとまだ残っていた受付ちゃんに呼び止められて電話を渡された。
「はいよー。どちらさん?」
「用件はわかっているな?」
苦虫を十匹単位で口に入れたみたいな声が聞こえて来た。
「ワカラナーイ、ドチラサーマ?」
「ふざけるな」
「わからないよ。本気でね。あなたが誰で、何の目的でこんな電話をしてきたのか、俺にはまるで分らない」
電話は記録が残るかもだからね。
迂闊なことは喋らないよ。
「まずはそちらが誰か、名乗るのが普通ではないかな?」
「…………」
「名乗りたくもないならそちらの内容に俺は興味ない。さようならだ」
「話がある」
「名乗れ」
「……『鉤爪騎士団』の亜良だ」
「おや、クランマスターだとは思わなかった。はじめまして『王国』のクランマスター封月織羽だ」
「それで、要件だが、そちらが捕まえているうちのクラン員についてだ」
「おやおや、物騒な言いがかりをしてくれるな。うちがいつそんなことをしたと?」
「…………」
「証拠はあるのかな?」
「…………」
あるわけがない。
あるとすればコンビニの防犯カメラぐらいだが、あったとしても俺が襲撃されたという事実があるだけだ。
その後に襲撃者が消えていたとしても、それを俺がやったという因果関係は立証できない。
いまだ、日本の法律は異世界帰還者のやることに対応しきれてはいない。俺があからさまに「【転移】!」とか叫んでいたり、それらしいアクションをしていればなんとかギリで立証できるかも、というレベルだ。
その前の【妖燃糸】での捕獲は自衛行動と認められるだろう。
だが、見ているだけで消えてしまった連中を俺が転移させたかどうかは無理だ。
襲撃者が自身のスキルで逃げたという可能性も否定できないのだから。
なので、こういう記録を取ることのできる場での発言というのは危険になる。
自白と受け取られかねないからだ。
「とある件で直接会って話がしたい。いいだろうか?」
「俺も予定が詰まっているからな。今夜中なら」
「わかった」
「では……」
と、俺は時間と住所を告げて電話を切る。
残業状態だった受付ちゃんに帰っていいよと告げて休憩室に向かう。
「あ、来た!」
赤城綺羅の声が響く。
お菓子パーティ中の休憩室にはなぜか亮平&ガールズがいた。
いや、もうレディースか?
「おかえりなさい、マスター」
「なんで亮平らがいるんだ?」
「いやぁ、本部に戻ってきたところで霧ちゃんたちと出くわして、そしたらなにやら面白いことをしてるって言うから」
「ん~?」
霧から聞いた?
と、話題の霧を見てみると休憩室の端で一人の世界に浸っている。
ハードカバーを飢えた野良犬のように読む姿からは声をかければ死ぬという予感がしたので見なかったことにした。
「織羽さ~ん。なんだか霧さんが怖いです」
「はいはい」
またも腕に絡みついてくるサチホちゃんをいなし、亮平に話しかける。
「で、どこまで聞いた?」
「ほとんど聞いていないよ。ただ、どこかのクランと揉めるだろうってだけ」
「なるほど」
「で、どこだい?」
「鉤爪騎士団ってとこ」
「ああ……あそこか」
「なにか知ってるか?」
「結成当初から国盗り目当ての過激派だよ。最近よくニュースに名前が出てただろ?」
「出てたかなぁ?」
ニュースはタイトルだけ確認したら聞き流すのが基本だから。
どこで誰かがぶつかってみたいなのは記憶に残るけど、クラン名までは覚えてないな。
「まぁいいや。そいつがうちのクラン員を狙ってあれこれしようとしてたのを霧が事前に防いでいたんだけど、あっちが諦めなさ過ぎてぶちギレ。俺に速攻解決を求めて来たってわけ」
「なるほど。うちの運命の女神様を怒らせるとは恐れ知らずにもほどがあるね」
「まっ、向こうのクラン員はあらかたとっ捕まえたから、クランマスター様は現在裸の王様状態。話し合いがしたいだとか言ってたけど電話越しでもわかるぐらい殺気がばりばりだったからダンジョンに誘導しといた」
「どこにだい?」
「ほら……港の」
「ああ、あそこか」
「そそ。後はそこで煮るなり焼くなり、まな板の上の鯉ってこと」
「ふうん」
後は出来上がりをお楽しみに状態ってわけだ。
霧もこんな簡単に片が付くんだから、さっさと俺に言えばよかったのに。
「ねぇ、マスター。お願いがあるんだけど?」
「おや?」
「向こうのクランマスターとの交渉。僕に任せる気はないかい?」
「どったの亮平っち?」
「いやさ、どうも最近、他のクランで僕のことが軽んじられているような気がしてさ」
「ははぁ……」
そういえばダンジョン攻略以外で活躍してなかったっけ?
「ここらで一つ、『王国』の剣聖がどれほどのものか、見せておく必要があるかなって」
「まぁ、やりたいってならいいけど。別に対人戦なんてしなくてもいいんだけど?」
「いやいや、これはクランの問題だよ。君が一人で片づけた方が話が早いのはわかるけど、クラン員を使わないこともまた問題じゃないかな?」
「俺は別に戦争がしたくてここにいるわけじゃないんだがなぁ」
「まっ、そこは時勢ってことだよね」
「へいへい。わかったよ。やりたいならやればいいよ」
「ありがとう。さすがは我らの女王様」
「褒めたってなんにも出ないぞ」
「出番が出てきたよ」
「座布団やるから帰るか?」
「いやいやいや」
そんな感じで剣聖&レディースは出撃した。
勝利は疑ってなかった。
亮平は【瞑想】によるブーストがうまく働いて、いまやレベルは300。
レディースも全員100を超えた。
四人の連携はサチホちゃんたちのような特化型に負けないぐらいに強いし、ダンジョンでの戦闘経験も豊富だ。
『鉤爪騎士団』のクランマスター、亜良良亜(あらよしあ)のレベルは180。手下の数は俺が減らした。
油断さえしなければ負ける要素はない。
実際、亮平は負けなかった。
だが……。
まさかこんな絡み方をしてくるとは思わなかったね。
まったく。
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