155 実在の人物、団体、宗教、国家とは何の関係もありません。怖いから。
「やだ怖い」
と俺は笑う。
石油王とはまたこの人物らしい名前が出てきた。
新しいエネルギー事業が好調で一番困るのはまさしく彼らだろう。
とはいえ石油の寿命は近いと前々から言われていた。
問題なのは、自分たちが次のエネルギー事業の主役から降ろされたこと、なのかもしれない。
「受けていただけませんか?」
「受けろっていわれてもね。なにをしろと?」
「完膚なきまでに叩きのめす……だといくらです?」
「あの連中が黙るまでって、どれくらい叩けと?」
「ふむ……嫌ですか?」
「あいつらの戦い方がなぁ」
向こうから俺自身に対して仕掛けて来たっていうならいくらだって受けて立つ気ではある。
だが、金でそれをやれと言われると、乗り気にはなれない。
この辺りが、俺なりの大義名分の在り方なのだろう。
大量虐殺をするならするなりに納得できる理由が必要だ。
「あなたでも敵いませんか?」
「はっは、その程度の挑発に乗るほど安い仕事ではないってことだよ、竹葉さん」
「ふむ」
「ダンジョン攻略するのと国やら民族やらを一個攻略するのは話が違うよ竹葉さん。ダンジョンは基本的にありがたがられるが、国や民族だと恨みの方が多い。二つを等価で語るのは間違いだ」
「なるほど」
「それで、だ。竹葉さん。改めて聞くが、あんたは国やら民族やらを根絶やしにする命令を出せるかい? この件に関して俺は依頼者を秘匿することはしないぜ。俺が皆殺しにし、あんたがそれを命令する。その結果にあんたはいくら払える? 悪いが、さっきの取引の代償としちゃ、安すぎるぜ」
俺の脅しに竹葉さんは汗を浮かべ、眼鏡を曇らせた。
「……なにも、根絶やしにしろとは言っていませんが?」
「結果的にそうなる。俺が戦争するってことはそういうことだし、向こうさんのこれまでのやり方を考えれば、後顧の憂いをなくすにはそうするしかない」
「…………」
「さあ、どうする?」
「ふっ、かないませんね」
「やる気になったのか?」
「やりませんよ。そもそも、私は石油王全てを敵に回すとは言っていませんよ」
「おや、そうだったかな?」
「大半の方は青水晶発電に投資していらっしゃるし、サブエネルギーの開発にも余念はない。石油の地位が奪われたことを本心から恨んでいる方は案外少ないのですよ」
「本当に?」
「本当ですよ。彼の国が紛争地帯から兵を退いたのだって、オイルマネーが下落してあの地の価値が落ちたからですから」
「石油の価値を代償に平和を手に入れたって?」
「そういうことですね」
「ほうほう……んで、じゃあ誰が敵なんだ?」
「敵は一家、イブリス家です」
「ほう」
「石油王の中では波に乗り遅れた方ですね。紛争に力を入れすぎまして事業の方で失敗した」
「ああ、そういうの、いそうだな。副業が楽しすぎて本業を忘れるんだ」
「まぁそうですね。聖戦にのめり込み過ぎていました。彼の国の撤退で自分たちの勝利だと喜んでいたのもつかの間、経済の立て直しの柱として考えていた石油事業が低迷しており、手詰まりとなった」
「ありそう。で?」
「再興の手段として得意分野で次の手段を得たいというのはやはり考え方としては安直ながらあることでして。かの地での青水晶発電の支援とかの地限定で特許を譲れと脅してきましてね」
「やくざ商売だなぁ」
「まぁ、この手の話は実はよくあるんですよ。かの地だけではない。ほら、あの国とかそこの国とか」
どこもかしこも名前を聞けば「ああ……」ってなるところばかりだ。
「まっ、異世界技術のいいところは特許だけを握ったところでうまくできないということですよね。適応したスキルを持っているかどうかの方が大事ですから。この点に関しては私は初期からかなり身を入れて世界中で人材探しをしましたから」
「うんうん、それで?」
ガーリックライスを食べながら自慢に移行しそうな話を聞き流す。
竹葉は苦笑して自分の分を俺の前に動かした。
「話はちゃんと繋がっていますから。そうやって集めた人材によるチームがいなければ青水晶発電所は完成しません。彼らは我が社にとって最も大事なチームですからガードも厳重にしているのですが、今回ばかりは危ないかもしれない」
「強そうなのに狙われてるってことか?」
「はい」
「名前は?」
「スペクターと呼ばれる傭兵です」
「敵はそいつ一人?」
「あるいは彼が率いるチームです。政治はすでに動いています。かの地ではイブリス家を排除する動きが他の石油王たちによって起こされています」
「ふむ、残っているのはすでに放たれた銃弾のみ……ってことか」
「その通り。どうです?」
「一気に安い仕事になったな」
「では?」
「いいよ、やる」
最初に処理不可能なでかい話をしてから、処理可能な小さな話に落とし込んで楽な仕事だと思わせる……そういう話術に引っかかった気がしないでもないが……まっ、大丈夫だろう。
そういうわけで、スペクターなる人物の情報をもらって商談は終了した。
ただでもらえるようになるかどうかは、こいつを倒せるかにかかってるわけだ。
「スペクターですか。また、厄介な名前が出てきましたね」
帰りの車でアーロンに電話する。
民間軍事会社の社長は現在、エロ爺の護衛に専念して全社員が日本にいる。
ついでにうちのクラン員に集団戦闘技術の講師をしてもらってもいる。
「強いか?」
「単純な戦闘能力であなたに敵う相手はそういないでしょう。ですから、厄介です」
「どう違う?」
「彼を見つけて殺すのは簡単です。ですが、殺しきることは難しい。誰も成功していない。そして最終的には奴の目的は完遂されてしまう」
「確かに面倒そうだ」
「ええ、だから厄介、ですよ」
「顔は? そう何度も殺されてるなら素顔の情報はないのか?」
竹葉からもらった資料には顔写真がなかった。
遠くから写した写真一枚だけ。
「無意味ですね。奴は死んだら、次は別の姿でやって来る」
「だから亡霊(スペクター)なわけか。おっしゃれー」
なるほど、だからか。
竹葉からもらった写真を元に白魔法で検索しているのだが、死亡という結果しか出てこないのだ。
「憑依して次々と他人を操るのか……本体があるのか、ないのか」
どちらであれ、肉体を重要視している様子はない。
魂の検索か。
物体を探すよりも難易度が高いな。
「意外にやりがいのあるクエストを見つけてしまったかな?」
「今度はスペクターを相手にする気ですか? それなら、タケバエネルギーとなにかありましたか?」
「おや? 事情通?」
「事情通というほどではないですが、スペクターがイブリス家に雇われたという情報は入っていまして。そしてイブリス家は青水晶発電の事業に乗り遅れた家ですのでタケバエネルギーを敵視している。あなたが日本にいながらスペクターの名を口にしたのなら、それはあの会社関連だろうと」
「名探偵だね」
「いえいえ」
その後は、最近ずっと訓練を頼んでいた嘉仁才三とそのチームのことを聞く。あの短期決戦仕様の連中にダンジョン移動中の長期戦を仕込んでもらっていたのだ。二つのやり方をスイッチできるようになればあのチームはかなり強力になる。
ついでに新式の装備を覚えさせてみようと、それも含めてアーロンに頼んでいたのだが、どうやら成果は上々のようだ。
その報告に満足して電話を切る。
「千鳳さん、その先で止めて下さい」
俺の電話が終わるのを待っていたのか、霧が言う。
その顔はなぜか怒っていた。
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