151 異世界帰還者の胎動 16
毒だ。
貴透君の手から放たれた時点で大きく広がり壁となって迫って来る。
舞台の端に立っている時点で俺に逃げ場はない。
逃げ場がないなら逃げなきゃいいじゃない。
【大食い紳士】
ドンと隣に召喚。
召喚物は舞台からはみ出ていても問題ないからね。
大食い紳士はなんでも食べちゃうから毒でも問題ないぞ。
「ぐおお」と吸引を開始。広がっていた毒霧が腹の口に吸い込まれていく。
が、それだけで安心はしない。
だってあいつ、技の名前に『刃』を付けているからね。
「ぐあ?」
と訝しげな声を発したのは大食い紳士だ。
霧が晴れたタイミングで前に出る。貴透君はすでに退避。正面から戦う気はないらしい。
次に聞こえのは爆発音。
大食い紳士の腹が裂けて毒霧が溢れ出している。
毒霧はあちこちで三日月状の形を作っている。恐らくあれが刃なのだろう。
吸わないなら切りつけてむりやり押し付けてやるってことか?
とはいえ無駄。
大食い紳士の胃は俺のアイテムボックスに通じている。収まりきる前に脱出できたようだが、すでに一部は俺のアイテムボックスの中。
アイテムボックスで待機している人工精霊の何体かは毒物・呪い・弱化系を感知すると即座に解析して対抗手段を作るように設定されている。
はい、というわけで完成。
【清浄光気】
光り輝く俺。
尊い。
というわけで俺に迫っていた毒はなす術もなく消えていく。どうやら自動追尾機能も備わっているようで、毒霧は最後のひとかけらが消え去るまで俺に近づくことをやめなかった。
ついで腹が裂けたかわいそうな大食い紳士を白魔法で回復。そこには元気に走り回るでぶちんの姿が……いや、こいつら走らないけどね。
貴透君は、俺から距離を取った場所にいる。
姿を消したままだと反則負けになるからね。仕方ない。
視界の外からの攻撃が真骨頂な彼には辛いルールだ。
「いやぁ、暗殺君にはちょっと厳しいルールだったかな?」
俺はへらへらと笑いながら語り掛ける。
「…………」
貴透君は怖い顔で睨みつけるだけで答えない。
「とはいえ暗殺者なのに挑戦して来て、しかもこっちの舞台に付き合ってくれたんだからね。仕方ないよね」
自身のスピードに自信を持ちすぎたな。
俺には対応できないと思ったんだろう。
だが残念。
その程度のスピードには対応したことがあるし、それプラス短距離転移をバンバンこなして攻撃位置を読ませないようにする奴もいた。
フェブリヤーナの部下の方がやっかいだったよ。
「自分が最強だとでも思ったのか?」
俺はニヤニヤ笑いを浮かべながら問いかける。
「残念。お前はせいぜい、弱い者いじめが得意なだけだ」
弱いものとしか戦わないことが卑怯とは言わない。戦場とは常に自分の命が天秤の片方に乗っている世界だ。失敗してそれを失わないようにするには、自分より弱い者と戦う状況を作ることに専念するのも正解の一つだ。
だけど、それで自分が最強になったと勘違いしてたらいけないよなぁ。
「仲間を作る自信がないから、誰よりも先にレベルアップして自分の方が強い状況を作って倒していき、最後の一人になる。それも一つの正解なんだろうさ。で、どうしてその正解をいまになって捨てた?」
「…………さい」
「おれは最強になったぞーって誰かに自慢がしたくなったか?」
「ぅる…………」
「元の世界に戻ってまで影を潜めてこそこそしたくなかったか?」
「うるさいって言ってんだよ!!」
ぱっと消えてぱっと後ろに。
視界からきえてなきゃいけないからこいつの攻撃パターンは非常に読みやすい。
そしてそこに俺はいない。
「人の視線から逃れたがる癖に、自分の視線には無頓着だな」
残念、その俺は残像……じゃなくて幻だ。
そしてたくさんの俺が舞台のあちこちに現れる。
ぜーんぶ、幻だよ。
一応、ルール違反になったら困るから全部舞台の上にいる。もちろん本物の俺も舞台の上。
ついでに影のあるなしやら鏡のように左右反対になったり、角……もといアホ毛のあるなしパターンから金銀妖瞳まで色々用意しているぞ。
「「「さあ、どれが本物かわかるかな?」」」
そして、全部の視線を掻い潜ることができるかな?
「う……うおおおお!」
そこからの貴透君はむちゃくちゃだ。
当たるを幸いに俺の幻を斬りまくる。
彼の武器は手刀なのかと思ったが、斬る寸前になにかが現れて消えている。
【鑑定】してみたら【不見乃刃】と出た。武器ではなくてスキルだ。
「へいへ~い、俺はここだ!」
と、おちょくって攻撃してみたら血霧を纏って姿を消した。
【血遁】だそうだ。自分の血を犠牲にした転移スキルだ。
やれやれだ。
こいつは、とことん一人だったようだ。
武器も防具も作ってくれる者がいなかったからスキルで補った。
レベルをあげて物理で殴るを究極まで先鋭化させた例というにはあまりにも寂しい。
こいつは一人でここまで強くなった。
それは褒めてやるべきことだ。
だが、こいつには共に生き残った仲間がいない。
ともに苦難を乗り越えた仲間がいないから、戻って来て改めて仲間を作ろうにもその方法がわからない。
そしてこいつの生き残った方法を思えば、同種の苦労をした異世界帰還者たちが貴透君を受け入れるとは思えない。
一つの異世界転移で送られる人数はおよそ五百人ほどだという情報はすでに出回っている。
つまりこいつは、一人で五百人を闇討ちしたのだ。
そんな奴を仲間と思える奴は、そうはいないだろう。
すでに『私は異世界で〇〇に殺された』とかいうアホな裁判を起こそうとした奴もいる。異世界での記憶は死んだ時点で失われることは確定しているし、あちらで死んだ者はこちらでは死んでいないのだから殺人の立証なんてしようもないが、自分が死んだと知って気分の良い者も少数派だからこれからもこういうことは起きるだろう。
で、だ。
そんな状況で、こいつのやったことは受け入れられるか?
受け入れられない。
まず、貴透君自身がそう思っている。
だからこいつは、俺の真似をして最強だとほざきたかったのだ。
最強だから許されるという免罪符が欲しかったのだ。
最強だからもっと愛してくれと言いたいわけだ。
「寂しいなぁ」
斬っても減らない幻に精神が疲弊し、立ち尽くしている。
俺はそんな貴透君に話しかけた。
魔法を使って他には聞こえないように、彼の耳にだけ言葉を届けるようにする。
ここから先の会話は、ただの観客にはちょっと刺激が強すぎる。
「たかが五百人殺した程度で一人ぼっちを気取らないといけないなんて、こっちの世界は平和すぎるよな」
「その言い方……やっぱり、お前も僕と同じことをしたんだな!?」
僕? オレじゃなかったっけ?
そうか、がんばっていたんだな。
だけど悪役RPじゃ人はもっと離れていく。
こいつはとことん失敗してるなぁ。
「まさかまさか……お前みたいなしょぼい戦果を誇るようなしょぼい真似はしていない」
「なんだと!?」
「何度でも言ってやるが俺はお前らとは違う異世界にいた。そこで戦争をしたのはまぁお前らと一緒かもしれないが、相手は同じ異世界転移者じゃない」
そこで勇者となって魔王と戦った。
物語の中じゃ陳腐な部類だ。
「その陳腐な物語の中で、俺は魔王とその一党を根絶やしにした。わかるか? 根絶やしだ」
まぁ、魔王の眷族に利用されたゴブリンとかの亜人なんかは生き残っているが、魔神王に創造された連中は皆殺した。
その数は?
五百で済むはずがない。
そんな数じゃ世界を敵に回せるはずもないのだから。
「魔王とその一党……三三三三万三三三三人。全て俺が殺した」
そしてその骨と肉と魂を俺は戦力として利用した。
その全てが俺のアイテムボックスの中に入っている。魔王も、その上の魔神王も、全てだ。
「たかが五百人殺した程度でふわふわするような奴が俺の敵になれると思うなよ? 小僧」
「う、嘘だ……」
「嘘かどうか……俺の本気で確かめてみるか?」
「うっ……」
完全に呑まれてる。
とはいえ今回は脅して泣かして終了にしたくてこんな脅しをしているわけじゃない。
俺は貴透君に手を伸ばした。
「どうだ? うちのクランに入らないか?」
「…………」
「どこにも行くとこがないなら、うちに来ればいい。お前を恐れない奴がここにいるぞ」
別に優しさとか仏心とかをだしたわけじゃない。
どうあれ貴透君は彼らの異世界転移における稀有な例であることは間違いない。
研究する価値はある。
他にくれてやる必要はない。
「う、うるさい! お前の言葉なんか信じない。俺が最強だ!」
だが、貴透君は俺の手を振り払う。
そして自身のアイテムボックスからなにかを取り出す。
それは液体の入った小瓶だった。
俺の【鑑定】がすぐにそれが何かを調べる。
そして口に出た。
「あちゃあ……」
「俺は最強だ。それは絶対なんだ」
「おい、やめとけ」
と言っても無駄なんだろうな。
貴透君は蓋を開けるとそれを一気に飲み干さんと上を向いた。
だけど俺は知ってる。
そいつの適量は一日リポDの蓋一杯分だ。
「ぐっ!」
変化はすぐに訪れる。
それはそういうものだからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。