147 異世界帰還者の胎動 12


 さてさて……解説役である。

 どうしてこうなったと思わないでもない。

 だが、リアルJCに好かれて悪い気はしない。

 ……お、俺はロリコンじゃねぇ!

 いや、どうでもいいか。


 試合である。


 バフ増し増しなサチホちゃんが霧に向かっていく。

 霧の魔眼術は強力だが、体術的なことはそこらのエクササイズでボクシングしてる女子とそう変わりない。

 なのでバウンバウン言わせて空気の壁を突き破って来るサチホちゃんの突進を避けられるわけがない。

 スキルの補正がかからない状況で常人が音速に対応するのは不可能だ。

 普通なら。

 あいにくと普通ではないのが霧である。


「え?」


 全力パンチを繰り出したサチホちゃんが驚いた声を上げる。

 霧の姿がそこになかったのだ。


「どこに?」

「サチホちゃん、後ろだ!」


 慌てるサチホちゃんはサポーターエリアからの声で驚いて振り返る。

 だがそこに、霧の姿はない。

 振り返る動きに合わせて背後をキープしているからだ。

 気配察知がもう少しうまければ視界に惑わされないのにね。

 とはいえ反復横跳びみたいな動きばかり見ていても面白くないし、霧とサチホちゃんでは、身体能力で圧倒的な差がある。


「ええい!」


 自棄になったサチホちゃんが腕を振り回して衝撃波をばら撒く。

 そう。それをやられたら霧としては退避するしかない。

 というわけで、切れる寸前にすでに距離を開けていた霧は相変わらずノーダメージ。


「くぅ……」


 涼しい顔で立っている霧を見てサチホちゃんは悔しそうだ。

 それからもサチホちゃんの攻撃は続く。

 だが、霧はその全てをのらりくらりとかわしていく。

 俺みたいに見切ってぎりぎりのところでかわすとかではなく、スキルが発動したその瞬間には、すでにその効果範囲からは出て安全圏にいるという具合だ。


「ああ、こわっ」


 見てるだけで背筋が寒くなる。

 何度だって言うが霧の身体能力はほぼ常人だ。レベルが高いので一般人に比べれば高いだろうけれど、それでも常人の域は出ない。

 本来なら常人の域を突破しまくったサチホちゃんの動きに対応できるはずがない。

 この場合の対応は、動きを察知してからの対応、という意味だ。

 で、もうわかっているとは思うが、霧がどうやって回避しているか。

 それは先読みだ。

 しかもおそらく、『相手がこうする未来が見えているからこう動く』……ではなくて、『こう動いたら安全な自分が見えているからこう動く』ということではないかと思う。

 俺からした刃物が飛び交う巨大台風の中を全裸で歩いているようなものだ。

 見ていて怖いったらない。


「もうっ! どうして当たらないの!?」


 サチホちゃんにかかったバフの中には運命に関与するものがあるみたいだが、どうやら霧の未来視の前では無力だったようだ。

 うーん。しかし、これはあれだよな。あれ。

 前からそうだろうなと思ってるけど、霧の未来視は極まってるよな。

 時間に関係するのは【鑑定】のある白魔法だが、それでも未来を見ることはできない。未来は不確定だからだ。

 白魔法の師匠ニースも不可能だと言っていたのだ。

 霧の異常性はこれ以上ないぐらいだ。

 俺の神殺しとかいう魂特有の属性と、もしかしたら同等なんじゃないのか?

 いや……もしかしたら上だったりして?

 うーん……実はやっぱり霧の方が主人公っぽかったりするんだろうか?

 やはり俺はヒロインポジ!?


 いや、そういうことではなく。


 霧の未来視が開花したのは【瞑想】を教えてからだ。

 そして【瞑想】を極めた先にあるのは【昇仙】そして【昇神】。

 以前に霧は一時的とはいえ【昇神】に至り、神と出会っている。

 それといまのこの強さを合わせて考える。


「うーん、やっぱりこれは、なっちゃってるよな」


 だとしたらこれは……。


「うーん……なんか考えとかないとな」


 おっと……そんなことを考えてると決着がついた。

 結界が三度目の虹色の反応をする。

 審判の笛が鳴り失格が告げられる。

 倒す方法がなかったのか、それとも失格を取った方が手っ取り早いと判断したのか……。

 たぶん後者だろうな。

 サチホちゃんも頭に血が昇ってたから


「そ、そんな……」

「ふう……」


 ぺたりとその場に座り込むサチホちゃん。かわいい。

 運動して汗をかいた霧。エロい。

 そんな二人を特等席でにまにまと見つめる俺。変態。


 三者三様はともかくとしてひとしきり拍手をしてからマイクを掴む。


「二人ともお見事。まぁちょっと、うちの霧の戦いは玄人向けかな? 華々しさがないのは御愛嬌ということで。ただ、ご同業にはうちの霧の怖さがとてもよく伝わったと思う。良いことだよね?」


 と、観客席のあちこちにいる高レベルの異世界帰還者たちに視線を飛ばしておく。

 何人かが肩をびくりとさせる。

 俺を見るということは俺に見られるということなのだ。わはは。

 まっ、俺の【鑑定】という熱視線はともかくとして……。

 試合はちょっと盛り上がらなかったかもな。

 仕方ない。うちの霧は盛り上げるような試合をするとかは苦手なんだろうな。

 まっ、そんなことを言う俺も調子乗ってるだけの陰キャなんだけどね。


「というわけで、サチホちゃん。君の失格となってしまった」

「うぅ……」

「とはいえ、君はうちの美容部門の重要な広告塔であることは変わりないんだから、これからもよろしくね」

「うぅ……はい。よろしくお願いします」

「霧もご苦労さん」

「…………」


 黙ってこちらを見上げる。

 なんかちょっと怖いぞ。怒ってる? なぜだ?

 うおおお……なんか今晩恐ろしいことが起こりそうな予感。


「コホン。さて、今日のショーはこれで終わりだ。明日もまたあるからお楽しみに。ああ、そうそう。明日の選手たちの中でこういう例外的な試合を臨んでいる者がいるならちゃんと申告しておくように」


 と、ここにはいないがどこかで見ているだろう選手たちに釘を刺しておく。


「君らが準備をするように、相手にも準備をさせるべきだ。これは戦争じゃなく、試合なんだから。では、また明日」


 で、マイクを置く。

 後は実況席の人たちにお任せだ。


 いやぁ、明日も楽しみだなぁ。


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