146 異世界帰還者の胎動 11 斑鳩サチホ視点


 ふんすふんすと鼻息が荒くなるのを自覚する。

 観客席にいるマネージャーの顔色が青いのがわかる。サチホが異世界帰還者になったとわかってからずっと調子が悪そうだ。

 辞めてしまいそうな雰囲気だが、できればそんなことになって欲しくない。

 仕事のできるできないはよくわからないが、ずっとよくしてくれていた人だ。

 ただ、いま顔色が悪いのはサチホの発言のせいだろう。

 織羽の企画した試合で、織羽ではなく瑞原霧に挑戦する。

 彼女の企画を荒らしているのはわかっている。彼女が怒った場合、サチホの事務所が被る被害を想像すると眩暈がしてくるのもわかる。

 だけど、いまでなくてはならないと思う。

 自分が何者であるのかを表明することも。

 瑞原霧に挑戦するタイミングも。

 一応、このことを仲間にも相談した。

 仲間というのは一緒に異世界で苦労した二人の仲間のことだ。

 寿王の中前田源一と吟遊楽団の斎藤蝶子の二人。

 そう。この三人で、異世界の試練を切り抜けた。

 この世界にしてみればほんの一瞬、誰も気づかないよな時間のこと。

 だけど、あちらでは長い時間のこと。

 その時間が三人の結束を不動のものにしたし、だからこそどんなことだって相談できる。


「全然オッケーだよ!」


 地下アイドル時代から応援してくれている源一は即座にそう言った。


「むしろ、異性とのスキャンダルの可能性がなくなるわけだからファンとしてはまったく問題なしだよね」

「ああ……まぁ、そういう考え方もあるだろうけどね」


 蝶子はうーんと唸る。


「アイドルと仲良くなる自分を妄想する連中にはマイナスかもしれないけどね」


 と懸念事項を指摘する。


「でも、個人的にはサチホを応援するし、あんたの曲は書き続けるよ」

「二人とも、ありがとう」


 この二人が応援してくれているなら、必ず結果は付いて来る。

 いままでがそうだった。

 ならこれからもそうだ。

 そう信じることのできる絆が、三人の間にはあった。


「どちらが織羽さんの隣に相応しいか、勝負です!」


 ドームトーキョーの万人が見守る中でサチホは挑戦状をたたきつける。

 ぽかんとしていた織羽はやがて苦笑めいた表情を浮かべると、パチンと指を鳴らした。

 それだけで【転移】が発動し、舞台の上に瑞原霧が現れる。

 現れた瑞原霧は、いつものような普段着姿ではなかった。

 織羽と似通ったデザインの戦闘衣を着ている。


「すでに準備万端だ。ふーん、へぇ」

「なによ?」

「いやぁ……霧もなかなかの策士だねぇって」

「ふん」

「いいですか?」


 二人だけの会話をしているのにむっとして、言葉を差し込む。


「いいよ、サチホちゃん。霧と戦いたいんだっけ? オーケーオーケー。その願いは聞いてあげるよ。霧もやる気みたいだし」

「…………」


 顔を背ける瑞原霧を見て、織羽はニヤニヤ笑っている。


「でも、俺とやらないんなら、賞金はあげられないよ?」

「それは全然かまいません!」

「ふうん。まっ、さすがに俺の心は景品には出せないが、チャンスはあげるよ。一定期間、クラン本部に出入り自由権っていう感じかな? どう?」

「わかりました」


 サチホだって、この勝負に勝ったからといって織羽の心がすぐに手に入るとは思っていない。

 だが、自分の心にあるものに嘘を吐いたり、我慢したりはしたくなかった。


「んじゃ、霧の準備もいいみたいだし、ちょっと待ってな」


 そう言って、織羽は跳ぶと【魔甲戦車】の玉座に座った。

 錫杖型のマイクを持つと観客に説明を始める。


「ああ、観客の皆さん、段取りがくるってしまって悪いね。実は選手の斑鳩サチホから提案があった。俺とではなく、うちの瑞原霧と試合がしたいそうだ。その代わり賞金はなしだ。

 別に怨恨からとかではないからご心配なく。ただ、個人的な事情であることは確かだ。

 それについて俺がペラペラと喋るのも気恥ずかしいので、ここでやめておく。

 ともあれ、これから行われるのはうちの最強戦力の一角、瑞原霧と、挑戦者斑鳩サチホとの試合だ。楽しんでくれ」


 織羽の説明で観客たちもある程度状況を

理解したようで拍手と歓声が湧く。

 一方で、サチホは面白くない気持ちもあった。

 織羽は瑞原霧を『最強戦力の一角』と呼んだ。

 クラン『王国』のナンバー2は剣聖・佐神亮平だ。

 その彼を差し置くかのように、あるいは彼と同格であるかのように言う。

 サチホはそれを、織羽の依怙贔屓だと感じた。

 表に出ている瑞原霧のクラスは占い師だ。

 占い師が、戦いで強いわけがない。


「絶対に負けない」

「……これだけは譲れないわね」


 燃え滾る戦意を静かな瞳で受け止められ、ゴングと共に二人の戦いが始まる。


「レディ・バーニング・ソウル♪」


 サチホは首にかけていたヘッドホンを装着し、歌を口ずさむ。

 それは彼女のメジャーデビューシングルの曲……ではない。だが、誰のものでもないサチホの曲だ。

 吟遊楽団である蝶子によって作曲された。作詞はサチホだ。

 瞬間、サチホの能力が跳ね上がる。

【偶像の百現聖声】それがサチホのスキルだ。

 歌の内容に沿った人物・能力を聞いた者に降ろすというスキルだ。

 それをヘッドホンで自分の耳に流す。

 燃える女、強い女、戦う女……自分の目的のために躊躇わない女。魂を燃やして進む女。

 そうまさしくいまこの時のために歌詞を考えた。

 瑞原霧を倒すために。


「SA・CHI・HO!!」


 源一が光る棒……サイリウムを振り回して踊り始める。

 息を合わせるように観客席の一部でも同じことが起こる。サイリウムが振り上げられ、オタ芸と呼ばれるダンスが始まる。

 見える者には見える。

 織羽にはそれが見えていた。

 オタ芸を始めた観客……ファンたちから立ち上る不可視のなにか……魔力が源一に集約し、そして倍加してサチホに注がれていく。

 サチホの能力を引き上げる。

【心意統率】それが寿王・中前田源一の特殊スキルだった。自身に戦闘能力の一切がない代わりに、自らが信奉する存在に対する心を統率し、それを現実の強化能力に変換して捧げるという能力。

 最強の信者。それが中前田源一の目指したものだ。

 そして斎藤蝶子。

 吟遊楽団である彼女の特殊スキルは【曲幻】。完成された歌詞には物語があり、音楽はその物語を完遂させる力があるという蝶子の信念の下、彼女の作る曲、演奏する曲には運命に干渉する力がある。

 彼女の背後に現れた楽団が「バーニング・ソウル」の演奏を始め、サチホの歌とシンクロする。

 音の力が、信じる心が、夢へとひた走るアイドルに力を与える。


「覚悟!」


 サチホは霧へと向かった。


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