144 異世界帰還者の胎動 09 挑戦者視点
一番手:嘉仁才三(破軍騎士レベル185)
一番槍は戦の花よ。
才三は挑戦者たちが下りていく中、才三は一人残り、戦闘の準備を始める。
【魔甲戦車】から降りた封月織羽はそんな才三を興味深げに眺めている。【鑑定】されたときに付きまとう不快さがない。ならば本当にただ見ているだけなのか。
その余裕に恐ろしさを感じつつ、才三は愛刃を召喚した。
愛馬ではない。『愛刃』だ。
【騎刃召喚】
無数の刃を折り重ねて作り上げられた騎馬が現われ、才三はそれに乗る。
【破軍戦装】
愛刃の威圧に負けない重厚な鎧もまとう。全身に長く鋭い棘のある重装甲だ。
サポーターエリアから補助魔法が飛んでくる。
限界まで補助効果が重ねられていく。筋力が強化され、感覚が研ぎ澄まされる。破壊の力が握るランスに宿る。
重なり合った魔力と才三自身の闘気が混じり、その姿は赤い炎に呑まれているかのようになる。
封月織羽は……変わらない。
サポーターエリアにも誰もいない。
まさしく、一人で受けて立つという姿勢だ。
ではやはり、あの噂は本当なのか?
封月織羽は才三たちとは違う種類の異世界に行ったと公言しているが、実は嘘で、同じ場所に転移した者たち全てを倒して還って来たと。
だから異常に強いのだと。
別にそのことに対して批判的な思いはない。
あちらのことを何も知らなければ批判的な意見の一つぐらいは口にしていたかもしれないが、経験した後ではそんなものはない。
なにより、才三たちもその噂を参考にして異世界を生き残った。
同じ異世界帰還者を倒す以外に強くなる術はない。レベルアップの強化を前にしたら、普通の訓練による肉体強化なんて、ただ体の使い方がうまくなる以上のものはない。
それにしたところで、スキルによる補正が簡単に覆す場合が多い。
強くなる方法は限られていて、そして強くならなければ生き残ることは難しい。
戦略シミュレーション的な世界に来たが、あいにくと才三はそういうものに疎かった。
仲間はできたが皆もほぼ同様。みなで頭を悩ませた結果、ソーシャルゲームをしていた一人が言った言葉が、いまの才三たちのスタイルを決め、そしていまに至る。
「参る!」
【戦の正道】を発動させ、最後のブーストが愛刃の尻を叩く。
【無尽歩兵・外装付き】
駆けだした才三の突貫を前に、突如として無数の影が現れる。
簡素な全身鎧を纏った一団が召喚された。
あの多頭の鉄竜を従えていたりと、やはり封月織羽は召喚士系統の上位クラスを持っているに違いない。
それだと個人の戦闘能力が気になる点ではあるが、強力な補助スキルを持つユニットを従えていると仮定すれば説明が付く。
これだけ多くの異世界帰還者がいながら、彼女だけが別種の異世界から還ってきたというよりは説得力があるはずだ。
「どけい!」
大きく吠えて突き出したランスが螺旋の衝撃波を生み出し、歩兵を薙ぎ払う。
【歩兵変化・骨接ぎ巨人・外装付き】
あっさりと砕けたがやはりそれで終わりではなかった。
宙に舞った破片がすさまじい勢いで才三の眼前を覆うように集まり、新たな姿を作る。
巨人だ。
大盾を構えた巨人が才三の進路を阻む。
「邪魔をするな!」
大盾にランスを真っ向から突き込む。
衝突による余波が衝撃波を生み、それだけで結界が一瞬、虹色に光った。
「おおっと、結界に反応がありました……が、違反判定は出ていません。茶畠さん、これは?」
「スキルそのものではなくスキルが衝突した余波だからですね。とはいえ結界が破壊されていた場合は失格となっていたでしょう。強力なスキルを使う場合は気を付けなければいけませんね」
「なるほど」
実況と解説の会話が続く中、才三のランスは大盾を破り、その持ち主である巨人さえも打ち砕き、進撃を再開する。
目指すは封月織羽のみ。
才三の戦いに止まるという言葉はない。
一度戦いを始めると目的に向かって駆け切るまで止まることはなく、スキルの補助が尽きることもない。
そういう制約を設けることでスキルを強化できると知り、才三はそれを実行した。
それは『王』や一部の上位クラスが持つ特殊スキルなのだが、才三が手に入れたスキルの名は【不惜身命】という。
一度目的を定めたらそれを倒すまで止まることは許されない。
その代わり、自身にかかったバフ効果も同様に効果時間が延長され、消えることは決してない。
才三の仲間たちは彼を覗いて全員がバッファーになった。それは早い段階で才三がこの特殊スキルを身に着けることができたからだ。
そして身に着けることができたのは才三の覚悟もある。
「おおおおお!」
巨人を突き抜けた才三はその先に立つ封月織羽を見る。
だが、すぐにそれが偽物であることを見破った。
幻影だ。
視線は自分の意思とは別の力が働いて移動し、本物の彼女が立つ場所を向く。
「へぇ?」
彼女はまだ笑っていた。
「狂戦士が如き執念という奴だな。なら、それでどこまでやれるのか見せてもらおうか」
そう言った封月織羽の前に新たな【無尽歩兵・外装付き】が召喚される。
「どこまでも行けるぞ!」
それが挑発だろうがなんだろうがもはや才三は止まらない。
何度も立ちはだかる【無尽歩兵・外装付き】を粉砕し、幻影に惑わされることなく突き進む。
途中でいくら槍で突かれようとも、巨人の大盾に吹き飛ばされようとも止まらない。
そしてついに本物の封月織羽に辿り着く。
「素晴らしい! 素晴らしいの一言に尽きます。
いま、私は確かに感動しています!
これほどに愚直な、これほどにまっすぐな攻撃がはたしてあるのでしょうか⁉
自らの身を厭わぬこの突進! この一撃! 最強女王に届くのか!?」
実況の声は奇しくもその結果を目の当たりにする瞬間に放たれた。
「おおおおおおお!」
咆哮と共にランスを放つ。
この戦法を開発してこれまで、一度として失敗したことはない。
血反吐を吐こうが、骨がむき出しになるほど身を切られようが決して止まることのないこの一撃。
さあ、どうする?
「……逃げられないなら」
それでも封月織羽から余裕の笑みはなくならない。
「受け止めるしかないよね?」
ガッ!
「っ!」
その光景に才三は目を見張った。
「ああっと! なんと……なんと! 信じられません! 最強女王! 封月織羽! なんと嘉仁才三選手の一撃を、愚直なる一撃を左手で掴んだぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それだけではない。
「よっと……」
手の中で弾けた衝撃などものともせず、なんとそのまま愛刃に騎乗した才三ごと片手で持ち上げたのだ。
「次は俺の番だよな?」
「ぐっ!」
目標に届いた以上、【不惜身命】の効果は終わった。
才三にかかっていた全てのバフ効果は消滅している。
「っ! だが」
まだ、才三にこの鎧がある。
攻撃偏重な補正ばかりの鎧だが、それでも鎧は鎧。防御力もある。
いや、それよりも……ランスを捨てればよかった。
手を放せば、次にやるであろう織羽の攻撃を受けることはなかった。
だが、放せなかった。
異世界を生き残ったのは、偏にこの戦法、この鎧、この愛刃、そしてこのランスがあったからだ。
どれか一つでも失えば才三にはもう、戦う術は残されていない。
だから、放せない。
衝撃が、来た。
「っ!」
ランスを持って、地面に振り下ろす。
ただそれだけのはずだ。だが、受けた衝撃はそれだけではなかった。バフが抜けたからだけではない力に襲い掛かられた。
その証拠に、愛刃が砕け、鎧が弾けた。
「……参った」
ついにランスから手を放して舞台の上を二転三転した後、才三はなんとかそう言って気を失ったのだった。
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